非日常は日常に

「いやいや、お疲れ様です。お手数をおかけして申し訳ありません。お二人とも土まみれですね。お風呂の用意ができてますのでどうぞお入りください。」


 再び家に帰って来た俺たちを出迎えるコロナ。出発した時とは異なり、何故かエプロンを身に着けている。


「賢者から先に入って。私は持って帰って来たマナストーンをどこに置いておくか相談して移動させてからにするから。それが終わるまでに出てきてほしいけど。」

「わかった。」


 先ほど掘り出したマナストーンは見た目よりは軽かったものの、一人で持ち上げるのは疲れる程度の重さをしていたので、向こうの世界で台車を購入して載せて持って帰ってきて、とりあえず玄関前に置いてある。


「置く場所はもう決めていますし、管理局の許可も得てます。できれば、その作業は健司さんにやっていただきたいのですが。」

「そういうことなら、私は先に風呂入らせてもらうね。」


 靴と靴下を脱ぎ、玄関に用意されていたタオルで足を拭いて家に上がるリラ。そのまま風呂の方へと行ってしまう。


「なんで俺なんだ?別に構わないけどさ。」

「場所に案内してもらいたいからです。」

「もしかして、この世界にこれを置いておくのか?」

「この世界というか、この休憩所に置いておきたいなと思っています。そうすれば、『旅人』の方々にも色々と恩恵がありますから。」


 エプロンを外し、靴を履きながら話を進める。


「なるほど。ということは、もう建物の建設予定地まで決まってるってことか。」


 一日で話が進み過ぎている気もするが、こっちに来るまでに四日間あったことを考えるとあらかじめ管理局とやらで相談して大部分を決めてきたのだろう。


「はい。思っていたよりも岸副家の方々が協力的でしたので、予定よりも順調に進んでいます。休憩所に関しても土地を提供していただけることになりました。」

「土地ってもしかして裏の森のことか?」

「そうです。ご両親からはタダでもいいと言われましたが、こちらの都合がありますので借地契約を結ばせていただき、毎月借地料を払うことにしました。」


 神社の裏手には我が家の所有する森が広がっているが、そこまで手を入れて管理をしているわけでもない。我が家としても、動物が神社や街に降りてこないようにもう少し手入れをしようという話になっていたところだ。そこの一部を貸して管理してもらえるというならこちらにとっても良い話なのだろう。


「それで、今からそこにあの石を置きに行くというわけか。」

「そうですね。正しく言えば、埋めるんですけどね。」


 微笑みながら彼女はそう言った。



「遅かったじゃん。どこまで行ってたの?というか賢者更に汚れてない?」

「健司さんが頑張ってくださった証ですよ。」


 向こうの世界でやっとことよりもしんどかった。疲れた状態から1mくらいの深さを掘り、埋めるという作業はなかなかに重労働で、コロナが持ってきた謎の機械の力を借りても三十分ほどかかってしまった。


「疲れたから風呂入ってくる。」


 今日はいろんなことがありすぎた。


「脱衣カゴに私の下着が置いてあるけど見ないでよね。」


 見られたくないなら回収すればいいのにと思いながら返事もせずに風呂に向かう。脱衣カゴから明らかにはみ出た下着は押し込んでおいた。



 いろいろありすぎた一日だったが、風呂に入ったことでようやく落ち着けた気がする。

 風呂から上がり、用意されていた服に着替えリビングに向かう。


「ご飯できてるけど、もう食べれる?」

「かなりお腹空いたから今すぐにでも食べたいくらい。」

「もうみんな席についてるから健司も座って。」


 母親とのこういう会話が非現実的な一日だったことを忘れさせてくれる。


「みんな待ってるから早く。」

「そんなに急かさないであげてくださいよ。」


 そんな心の平穏も異世界から来た二人とともに食卓を囲むということにより乱される。こっちが現実で、これからの日常になるのかもしれない。

 いや、リラもコロナも一仕事片づけたのだ。ここを去るのかもしれない。

 普段は三人でしか囲まないテーブルを五人で囲む。それも悪くないと思いながら席に着く。


「今日は健司も頑張ったみたいだし、コロナちゃんも来てくれたことだし、お疲れ様。乾杯と行きますか。」


 父の音頭に合わせて乾杯をする。全員、持っているのはビールだがコロナはいいのだろうか。

 まあ、異世界のこととか、いろいろとわからないけど父親も楽しそうだし、それでいいのかもしれない。


「二人はこの後どうするつもりなの?我が家としてはまだまだ居てもらいたいくらいなんだけど。すぐに他の子たちは来ないんでしょ?それなら、まだここに居てほしいわ。」

「健司も今は暇だから手伝いに使っていいからさ。」


 我が家にしては豪華な肉を食べ進めていると母がそう切り出し、父親が乗っかる。


「私はまだここでの作業がたくさん残ってますから、居させていただけるならありがたいですが。」


 真っ先に帰ると思っていたコロナがそんなことを言い出す。


「私も仕事に便利だからしばらくここを拠点にしたいなって考えてるけど、休憩所の設営を手伝うって仕事も請け負ってしまってるし。」


 リラまでそう言いだしたからには決定だ。


「これからもお世話になります。」

「賢者もよろしく。」


 非現実に片足を突っ込みながら過ごす日々が始まる予感がした。いや、予感というよりも確信だ。


「まあ、ここで二人の面倒くらいは見るよ。」

「何言ってるのさ。賢者も仕事してもらうんだよ。まだ、誰がマナストーンを埋めたかもわかってないでしょ。仕事は途中で投げ出さないこと。」

「いや、あれはリラが強制的に連れてっただけだろ。それに管理局的には急に誰ともわからない人が世界移動していいの?」


 助け舟が来ることをきたして常識人に話を振る


「その点は問題ありません。健司さんを正式に『旅人』として登録させていただきましたから。職種は賢者ではなく魔法士扱いですけどね。」


 この世界の常識を求めてはいけなかった。


「よかったな。手伝う事で来て暇じゃなくなって。」

「いや、元々休みなだけで暇ってわけでは。」

「まあ、いいじゃない。勇者の手伝いができるなんてなかなかできない経験が学生のうちにできて。」


 そんな面接で話せそうもない経験を望んではいないのだが俺に拒否権はなさそうだし、どこかでそれもありかなと感じている俺もいる。


「なら、さっそく、ご飯食べ終わったら魔法理論教えるから。」


 こうやって振り回されることが非日常から日常へと変わる音がした。



 世界を救うわけでもない勇者と共に過ごす日々。

 異世界から帰ってこれないわけじゃない。大した危険があるわけじゃない。そんな冒険じみた日々。

 そういうものが始まることを受け入れる準備ができていた。

 まずは、あの説明書を読み込むところからか。

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我が家は中継地点 中野あお @aoinakayosa

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