第10話「”断頭台の竜”」
「安請け合いするんじゃなかった……!!」
「右から来ます、同胞!」
俺は今、空を飛んでいた。よくわからん大規模な術で飛ばされた先は険しく、黒々とした岩肌が目立つ場所であり、いきなりそこに巣食う竜と戦うことになったのだ。
流石に生身では無理ということでドルテさんに憑依してもらってはいるのだが、いやこれは無理だろう。
右後方から矢のように絞られた火炎が何発か飛んできた。俺は、というかドルテさんはそれを翼を畳み、ロールすることで回避する。急激なGと回転運動で内蔵がひっくり返っているが、そんなことを気にしている場合じゃない。
火炎をただ吐くだけでなく、明らかに創意工夫を持って飛ばして、いや当てようとしてくるのだ。これは、ただの獣の術じゃない。正直、異界のドラゴンとやらを舐めていた。
吐き出された炎は黒々とした岩肌を舐め、着弾し、岩ごと消え失せた。訂正、岩は溶け、新たな山肌として塗りたくられていく。
後方の竜は大きく、黒々とした鱗なのか厳めしい表皮に覆われており、体長が数十メートルはあった。正直止まってくれないし比較対象がないので正確な数値はわからない。わかりたくもないが。それがこちらに追いつけないまでも結構な速度で飛んでいるのだから敵わない。
「ドルテさん、あれ何とかならねぇ!?」
「無理です。竜ですよ同胞。私がいくら異界において貴族と称される魔族であっても、正面から単独戦闘であれを下すのは不可能です。王は正気なのでしょうか」
「というと?」
「あれは国境に陣取り、こちらの軍が迂回せざるを得ない要因。それも立ち向かい、峠を越そうとするものを絶対に逃さず殺すことからついた字名が”
「突破を想定していない難題ってわけか」
「そうなりますが、同胞は何か勝算があってあんなことをマスターに言ったのでは?」
「いや。まさかこんな怪物とは思ってなかった」
「無責任な。マスターは確実にあの台詞にやられていたというのに」
ドルテさんの台詞は次の回避運動で後方へと抜けて行ってしまった。黒き竜は速度を緩めることを知らず、こちらは乱立する岩の棘を盾に、縫うようにして飛んでいる。正直三半規管がやばい。
「なんか言ったか? しっかしなんだってこんなところに建国したんだ!」
「それは言っても始まらないでしょう」
「せめて別の場所にだな……。ん? ドルテさん、あの竜は移動とかしねぇの?」
「聞いたことはないですね。それよりどうします? このまま逃げ回っていても揺れ戻しが来てしまうのでは?」
「それはそうなんだが」
ふと、後ろからの圧迫感が薄れたことに気が付いた。回避に専念していた俺たちは旋回しながら竜の動向を確認する。
その巨体で滞空する竜は、胸元がうっすらと赤く染まっていた。ああ、炎を撃ってくる。そう思ったのだが、その竜の顔はこちらを見ていなかった。鋭く、触れれば切れてしまいそうなくらい凶悪な頭部は、明後日の方向を向いており――。
その先には、ルニが隠れていた。
ここに三人で放りだされた時、安全な場所なんてなかった。だから、ルニには隠れているように言ってあったのだ。
竜が目だけでこちらを見ているのがわかった。そして、そう錯覚かもしれないが、口角が。ぎっしりと鋭い歯で覆われた口元が、慌てる俺たちを見て、笑みを作ったように見えた。
こいつ、わかってやがる。
「そんな。間に合わない……!」
ドルテさんも気づいてすぐ最大速力で飛んでいたが、あまりに距離が遠かった。
逡巡する間もなく放たれる炎。駆け付け、彼女を別の場所に避難させる暇は到底ない。間に合って二人揃って岩陰に倒れ込むくらいか。
だが、あの火炎は岩ごと溶かしてしまう。ルニが生身で至近弾をくらえば、たとえ避けられたとしてもただでは済まない。
俺はすぐさま覚悟を決めた。
「つっこめドルテ」
「ですがそれは」
「いけ!」
ドルテさんは、戸惑いながらも俺の狙いを実行してくれた。
中空に衝撃が響き渡り、炎が散る。
避けることが間に合わない。だったら、先に当たってしまえばいい。それだけの話だ。
横合いからの体当たり。炎の正体が何であれ燃焼物が飛んでいるのだから、物理法則上、ある程度の速度で突っ込めば散らせる。
目論見通り炎を散らした俺たちは、まだ飛べていた。
熱が全身を、特に肺と目を焼く。熱いというレベルではない、強烈な痛みが全身を覆う。直接触れたのは右腕だけだというのに。
「……全力で防御しましたが、すみません同胞」
「いいさ。腕一本くらい、安いもんだろ。ああ、ぞくぞくしてきた。いくぞドルテさん。もう二度とルニは狙わせない。細かい飛行は任せるぜ」
アドレナリンが大量に出ているのがわかる。だから痛みも無視できる。嫌な汗が噴き出ていたが、問題ない。
ドルテさんの保護がなければ、近づいただけで肺が崩れそうな熱気に、右腕一本炭にする程度で済んだのなら安いもんだ。
「いいでしょう同胞。何か考えがおありなんですね。我がマスターのために腕を捧げた覚悟、受け取りました。私も努めさせて頂きます」
そこから、逃げ回るだけだった俺たちは反撃へと打って出た。どれも、たいしたダメージにはならないだろう。それでも、目や口内など、相手の嫌がることを執拗に狙ってやっていった。
目を斬りつけ、舌を突き、歯茎を裂いた。竜の逆鱗のようなものがあればよかったが、そんなものこの高速戦闘中には判別がつかない。
案の定、黒き竜は怒りの咆哮をあげ、血走った目でこちらを追うようになった。ここまでは狙い通り。
「あとは、逃げる!」
俺たちは大きくはばたき、黒い岩肌に覆われた一帯から飛び出した。あの竜のことだ、ここでルニを狙われたらと一瞬よぎったが、散々怒らせたのだ。奴は迷いなく、俺たちのあとを付いて来た。わき目もふらずに。
「このあとどうするおつもりですか?」
「このまま連れて行く。隣国ってのは敵対国なんだろ? さっき軍の移動がどうとかいってたやつだ」
「そうですが、まさか」
「ああ、このまま、敵国にぶつけてとんずらだよ」
「同胞、あなたは本当に命知らずという奴ですね。ええ、そんな方法を考え付いてもやろうなんていう方は今まで在りませんでした。少なくとも、近隣を焼き払うまではここに戻ることはないでしょう」
「敵国の奴には悪いけどな」
「しかし、それで討伐になるのでしょうか」
「いいさ。王にはこう言ってやる。倒すのは何時でもできるが、せっかくのドラゴン。どうせなら敵への戦力として使ってやったってな」
「ふふ、あなたはなかなかに気持ちのいい性格ですね同胞。共にマスターのためにいきますか」
「ああ……っ、気がちょっと緩んだせいか。すげぇ痛くなってきたわ。ドルテさん、何とかならねぇ?」
最後の最後で情けない声が出てしまったが、こうして。黒き竜を退けた俺たちは、無事召喚陣へと戻ることが出来たのだった。
そして、俺の短くも慌ただしい異世界冒険は幕を閉じた――。
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