第8話「陣太刀とロングソード」
一歩踏み込み、右上から袈裟に斬りつけられた切っ先は、無駄な稼働範囲には出ず、すぐさま切り上げに転じて横へと抜ける。一連の動作は腕の返しだけで行われており、男はロングソードを見事に制御していた。
なるほど、できる。と、俺は間合いを外して下がりながら、兵士の実力を推し量っていた。打ち合いは危険だな。
「ほらどうした、逃げるだけか!?」
鎖帷子に丈夫な皮を貼った鎧でも数十キロの重さのはずだ。それを身に着けてなお、最小限で逃げる俺を追うのだから、相当体力に自信があるのだろう。
鎖帷子は断ち切れない。あれは爺様も言ってたが太刀殺しだ。ただ身に着けさせるだけでも太刀の意味はあるし、大味の斬撃は通らないにしても、部位を見極めた突きなら通る。
ロングソードの挙動を視ていた俺は、三手の呼吸ですり寄った。上体は動かさず、その勢いを乗せて突きを放つ。手にした陣太刀は少々でかかったが、それでも俺の意図した通り、すんなりと虚をつき、兵士の胸へと滑り込んだ。
「なっ……!?」
鈍い金属音がした。手応えは硬い。胸部には金属板が仕込まれていたようだ。
男は目を見開いて必要以上の間合いを取った。
「なんだ、今のは。珍妙な」
ロングソードは重量を活かした打ち合いにこそ真価を発揮するのだろうが、こちらは歩法で煙にまかせてもらおう。あの返しと無駄のなさを見るに、一合ごとの斬り返し速度と威力は向こうが上だろうから。
男はこちらの前後の動きを警戒したのか、俺の周囲を回るように横の動きで間合いを詰め始めた。いいねぇぞくぞくする。男の目が先ほどのからかい半分のものから、真剣なものへと変わっている。そうでなくちゃな。
「せぁあああ!」
男は気合を一つ距離を詰め、横薙ぎに払いつけてきた。俺は刀を倒し、それをやり過ごす。間合いの、身体の目の前に置かれた刀は、さぞ斬りつけるには邪魔なのだろう。返してきた切っ先も刀を狙っていた。
「ひょろひょろと!」
剣を合わせ、その押し合い引き合いの駆け引きをしたいのだろうが御免被る。真正面からの殴り合いに、鎧もつけていない俺が参加しても負けは見えている。俺は避け、躱し、ちょいとできた隙を、ただ突いた。
相手の踏み込みへ、こちらが前へ出る形で。刀はほぼ動かしていない。まるで相手の前進にあわせて置いておくかのように、刀を前へと出した。
それは糸で引かれたかの如く真っ直ぐに、男の脇、腕の付け根へと滑り込んでいた。すっと入ったそれに、男の意識が向く。
突き入った刀の溝から、赤い血がたっぷりと飛び出した。手ごたえは硬かったが、鎖帷子も可動部の縫い付けは甘いのか、うまく刺し貫いたようだった。
俺は刀を抜き、固まってしまっている男の首筋へと――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます