第6話「揺れ戻し」

 あの後、泣き喚く憐れな男を警察に託した俺たちは、ひとまず俺の家へと帰って来ていた。幸い、男たちの証言は意味不明で、俺たちは通りすがりの野次馬のふりをして現場を去った。


 そして今、ルニは俺の部屋を徘徊し、何やら呟いている。


「おいルニ」

「となるとここで陣を構築して」


「おいってば」

「うん? ひいらぎ、なに?」

「とりあえず、その泥落としてシャワーでも浴びてこいよ」


 ルニのローブについた塊は払ったが、直撃を防いだ分も飛沫は跡となっていたし、それは頬にも少しついていた。


「しゃわー?」

「あー、湯浴び? 汚れを落とせってこと」

「ああ。それを言うならひいらぎ、君も私を守って泥がついてるじゃない」


「俺は男だからいい」

「よくわからない理屈。まぁ、そう。こちらの湯浴びがどういうものか、興味はある」


 俺はそう言うルニを風呂場へと案内し、簡単な使い方を教えた。少々手狭で古臭いが、それでもルニからすれば画期的だったらしい。


「なるほど、中に火打ち石が? それにしても途切れなくよくこんな大量のろ過水を。ああ、嘘でしょう? これで? ……浴び続けられるの!?」


 湯船の脇、湯沸の装置をぺたぺたと触りながら色んな角度から眺め、ルニはえらいはしゃぎようだった。先程といい、こいつは研究のこととなると見境がなくなる気がする。


「いいから浴びちまえ。タオルはこれな」

「うん。うんうん。あっちにも召喚術を利用して、水棲生物の特性からこういうものを使う人は居たけど、これは恒久的に術者じゃなくても使えるんだ? いいなぁ」



 しばらくして、ドタドタと階段を上がってくる音が響き、勢いよく扉が開かれた。昼から色々なことがありすぎて半分寝ていた俺は、その音に顔をあげ驚いた。いや驚いた。何に驚いたかって。


「服を着ろばか!!」


 ルニの裸にだ。いや、正確にはろくに拭いてもいない素肌に、そのままローブをかぶっている。だというのに、隠そうと思って着込んでいるとは思えないくらい、前を気にすることなく、仁王立ちで扉を開け放ってきていたのだ。色々思考が追い付かない。お前いくつだ。


「なにやってんだおま」

「ダメダメ。ひいらぎ、机に立って。台座みたいな、部屋の真ん中。そこ魔法陣あるから!」

「あ? どういうことだよ」

「いいから早く!!」


 そう急かすルニの顔は真剣だった。その勢いに押され、俺はわけもわからず炬燵に立ってしまう。一体なんだというのか。

 と思ったら、ルニの奴もその恰好のまま、俺の正面に立ってきた。狭い炬燵の上で、二人で向かい合っている。正直近い。近いうえに、服を着ろ。せめて前を隠せ。


「おまえ服は?」

「手にある。良い? ひいらぎ。今から揺れ戻しが来る。召喚の失敗でよくあるんだけど、召喚したものが安定しないで、あちらとこちらを行ったり来たりする現象。その前触れを感じた」


「え、じゃぁお前帰れるんじゃ」

「そう。でもだめ。私だけじゃなかった。私が召喚しようとしたのは多分君だった。だから、私と君の糸は絡んでいて、揺れ戻しは二人ともに来る。だからこれから、二人で私の世界へ」


 目と鼻の先で、一気に言われた内容を理解するのに時間がかかった。どういうことだ。とりあえず顔を近づけすぎなんだお前は。

 とにかく、最初に召喚されるはずだったものは、俺だったってことか? それで。それでどうなる?


 その答えは、すぐにやってきた。ばちんという、大きな炸裂音と共に。俺は。

 俺とルニは、全く違う空間に放り出されていた。

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