第5話「魔導です」

「で、だいたいこの世界の感じってのはわかったのか?」

「あ、うん。だいたいの造りや、マナやアドの法則は変わらないみたいだから、召喚術を応用すれば何とかなるかも」


 そうなのだ。法則性や世界の造りはそう変わらなかった。違うのは、文明の発展具合。今まで様々な異界を研究してきたけれど、ここまで足並みの違う世界と繋がったことはなかった。


 今いる公園、という憩いの場は草木が多く安心できるが、通ってきた道や建造物を見る限り、ここは紛れもなく異界だった。それも相当毛色の違う。


「ねぇひいらぎ。この世界には、魔導とかマナとかそういうものが本当にないの?」

「ねぇな。空想や御伽噺、昔の伝説やらにはあるけど、夢物語。と、俺もさっきまでは思ってたというか。見るまではないことが当たり前だったな」


「世界の可能性は開けている。それなのに、文明の軸となる技術がここまで違うというのは、それだけこの世界と私のいた世界が遠いということ。とんでもないところだわ……」


 私は足元の草を弄りながら呟くように言っていた。方向や指針のない状態で、こんなに遠い世界から、私の世界を見つけ出すことはできるのだろうか。


「そう暗くなんなよ。一歩前進したんだろ?」

「そう、かな」

「そうだろ。それに、お前以外誰も召喚術なんてわかんねぇんだ。てめぇでどうにかするしかねぇだろ」

「そう、よね。……柄にもなく沈んでいたみたい。ありがとう、ひいらぎ」


 そう、感謝の言葉を述べて立ち上がった時だった。べちゃりと、泥の塊が私のローブに飛んできたのは。


「え?」

「チッ」


 続けて飛んできた泥の塊は、柊が受け止めていた。何事かと顔をあげた先に、さっきのごろつきがにやにやしながら立っている。一人じゃない、何人もがこちらを囲み、その手に泥団子を持っているのが見えた。


「ひーらーぎーくーん。てめぇさ、むかつくんだよね。逃げてれば諦めると思ったん? 確かにてめぇは強いみたいだけどよ。別に、喧嘩で下すだけじゃねぇのよ。お前を惨めな姿にする方法はさぁ。そこの小綺麗なコスプレ彼女と一緒に、泥まみれで這いつくばってくんね?」


「あんたら良い趣味してんな。小物っぽさがすげぇけど。その泥、お友達と一緒に集めたわけ?」


「強がんなよ柊ちゃん。この人数相手に、お前が立ち回れるのは知ってんだけどさぁ。その間、小綺麗な彼女を誰が守んの? 喧嘩に勝ったところで、泥まみれでぐちゃぐちゃになって泣きじゃくる彼女と帰んの? それとも、ここで俺らに無抵抗でぼこぼこにされる代わりに彼女は無事なぱたーん? どっちにしろデートは台無しだけどさ。どっちがいい?」


「……てめぇら、そんなことして無事で済むと思ってんのか?」

「あーらら、まだ自分の立場ってもんがわかってない?」


 状況が呑み込めない。私、あのごろつきに何かしたっけ。いやでも、警邏が取り締まるところではないのだろうか。というか、柊とごろつきはどういう関係なのだろうか。


「……なめてんじゃねぇぞ柊」

 顔の中心に白い布をつけたごろつきは声を張り上げ、筒状のよくわからない頑丈そうな籠を蹴り倒していた。あれは何を入れるものだろう。近くに他の所有者が見られないということは彼らが持ってきたもの? ごろつきではなく物売りだったのだろうか。


「交渉やめたわ。決定な。お前はボコで、彼女も泣きながら俺らの相手。警察いけないようカメラも用意してきたからよ。ま、楽しもうや」


「お話終わり? なら私そろそろ帰りたいんだけど」

「おいルニ、状況わかってんのか? あいつら俺らを無事に帰す気ねぇぞ」


「そうなの? 私は平和主義だから、いつもは警邏に任せるけれど。なら、仕方ないよね」


 私は腰に吊るしてあった魔導具、杖を取り出して展開した。手にするのは白き古木と術式を刻み込んだ貴金属を組み合わせたもの。組み合わさっていたそれが互い違いに伸び、1本の古木に、3本の円管が浮き出した形状になった。


 金属制の円管にはびっしりと幾何学模様が刻まれ、所々に魔石が埋め込まれている。私はそのうちのひとつ、濃い蒼の魔石にアドを込める。


 これでも国一番の召喚士なのだから、ごろつき程度にやられはしない。がんばれ私。召喚成功例はドルテだけだけれど、失敗例なら大量にあるのだ。私はそれらを全て保管してある。こういう時のために。


「来たれ。幾世の理と帷を超えて。我が手に在りし縁は個。我が秘術において顕現し、その大いなる力を示すが良い。幻界を造りしはルニエ・ツェルニク!」


 呆気にとられたごろつきと、柊の顔が見ものではあったが私は召喚に集中する。今回は低位中の低位、一時的な顕現である。

 ぱちん、という小さな破裂音のあとにそれは現れた。


 真っ白な霧と、そこに浮かぶ目玉のような器官。それが、私の目の前、丁度ごろつきたちが固まっているところに湧き出ていた。


「なん、だこれ。霧? 急になんだ」

「あー、ルニ。あれは一体……」


「あれは隣世のそこそこ上位な存在で、まだ名前もつけられていない、私が新発見したものです! その生態というか、構造はまだまだ謎なのだけれど、驚くべきことに集団で狩りをして、音で意思疎通を」


「いや、能書きは良い。どういう効果をもたらすんだ?」

「え……これから面白くなるのに。食事をします。霧状の身体で包んで、酸を分泌するから、スライムの亜種なのではないかと研究所では」


「え、それあいつらどうなんだ」

「安心してひいらぎ。骨も残らないから」

「安心できねぇよすぐ消せ!!」

「えぇ?! なんで」


「ひ、ひえぇ!」

「なんだこれ、服が。お、おい嘘だろお前、髪が!」


 霧に包まれてしまってこちらからはわからないけれど、どうやら効果がうまく出ているようだった。良かった。

 本気を出せば一瞬で溶かすほど強力な存在なのだけれど、言語構築がうまくいかず指示を聞いてくれないし、契約が結べないから、失敗とされてしまったのだ。これからもっと餌を与えて研究していかなければならない召喚例のひとつ。


 どういう趣向かわからないけれど、それだけの力を持つのに、まず不純物である衣服や装備品を潰して、それから目を焼いて逃げられなくするのも大きな特徴。

 おそらく食料の長期保存のための行動だと思われるが、おじいちゃんから研究続行を止められてしまったのでわからない。


「あ、ちなみにあの目玉みたいなのは音を反響させて発声するための器官だから目じゃないよ。内部構造が霧の密度で変化して、出す音を変えてるみたい。それでね……」


「いいから消してくれ。この世界じゃ魔法は一般的じゃないって話をしたろう!?」

「魔導だよ。法じゃなく、私たちは魔力を導くものだから、魔導」

「いいから消せ!」

「わかったよ仕方ない」


 研究続行のまたとない機会だったというのに。まぁ、この世界の常識を私はまだまだ知らないから、柊の言うことを聞かなければ。


 呼び出したものを還し、霧が消えると、その場には一人しか残っていなかった。時間的に消化はしきれなかったはずなので、おそらく逃げて行ったのだと思う。

 逃げる対象を単体では保持しきれないのも欠点のひとつ。術としての有効性が低いので失敗作なのだ。


「て、てめぇ柊。いや、女。何しやがったんだ……」

「あんた、先輩、か?」

「そうだよこの野郎……!」


 初めにあった、あの顔の中心に白い布をつけていたごろつきらしい。首領だったのか、最後まで逃げずに残っていたようだ。上位存在に捕食されかけたという本能的恐怖に屈しなかったのは素直にすごい。

 けれど――、震えて涙目な彼の衣類と毛は、完全になくなってしまっていた。

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