第3話「えい」

「話を整理する。あんたはこちらから誰かを召喚しようとして失敗したんだな? その結果、こちらに来ちまって、還る方法を探したいと」

「はい。概ねその通りです」


 正確には誰かとは限定していないけれど。力あるものが、現象なのか物質なのか、知恵あるものなのか。それは異界のルールによっても違うから。でもそんな召喚士の事情なんて彼、柊颯太ひいらぎ そうたには通じないだろうから話を合わせておこう。


 落ち着いて来た頭でしっかり考える。失敗は仕方がない。命があるだけ運がいいのだから今は前向きに考えよう。そして、やろうとしていた召喚が逆転したのだと仮定すれば状況は結構単純。あとはいくつか確認したいことがあるだけ。


「ひいらぎ、私はいくつか確認したいことがあります。あ、その前にひいらぎはいくつですか?」

「あ? ああ、俺の年齢か。16だよ」


「なんだ。敬語おしまい。さて、ひいらぎ。いくつか確認したいことがあるから協力して欲しい」

「いきなりだなおい。まぁそっちの方が堅苦しくなくて良いけどよ」


「まずこの世界がどういう世界なのかを確認したいと思う。法則性は幸い、私がいた世界とそう変わらなさそうだけれど、どうにも目にするものが違いすぎて」


 この部屋といい、柊が窓と呼んでいたものといい、そこから見える景色といい。あまりにも見慣れない造りをしている。法則や生態が似ているというのに、この差や違和感はなんなのか。


「それはどうすりゃ確認できるんだ?」

「見て回ればある程度。まったく私の及びつかない秘術や法則が跋扈ばっこしている世界なら、まずそれを理解しなければ術の行使ができないし、出来たとしても思った通りの効果が出なかったり、暴発するかもしれないから」


 言語構築がうまく機能しているから、術の行使もそこまで難しくはなさそうだけど。それは柊以外に通じているかをまず見ないといけない。この場に居た彼は、巻き込まれたことで術の影響下にあるのかもしれないから。


 もしそうなら私と彼だけが通じているだけで、この世界で術が通じない可能性もある。しかし、私のその心配はすぐに解消された。


「颯太、あんた何さっきから一人でばたばた……あらやだ。え、彼女?」

「あ、お邪魔しています」

「あらあら。日本語御上手ねぇ」

「ちげぇよバカ。いいから出てってくれ」

 という、急に部屋へと入ってきた、彼の母親と思わしき存在とのやり取りで。


 これで、ひとまず言語構築が通用しているのはわかった。つまり、術の行使や影響は発揮できるということ。

 この事実に私は安心し、何故か挙動不審になっていた柊に「このあたりをまず見て回って、よく知りたい」と申し出た。


 何もかもが変わった造りをしている。家の中でさえ、あれで庶民の家というのだからどうかしているが――変わったものばかりだったのに。外も負けてはいなかった。


 私はどこか安心材料を求めていたんだと思う。だって、失敗して色々心配なのを置いておいても、こんな異界の地にいきなり放り出されて、それも見慣れないものばかりだったのだ。

 外に出さえすれば、山や森、地面などはそう変わらないだろうと思っていたのに。


地面はしなやかでなめらか、いやのっぺりしすぎていて気持ちが悪いくらいの造りをしていて、一体どんな術を用いればこんなに平に均すことができるのか見当もつかない。

 その両脇を固める排水路もびっくりだ。優れた治世がなければこのような灌漑かんがい工事はやれないと思うが、石造りにしては形状が自由すぎる。煉瓦のようなものだろうか。


いずれにしても一定の豊かさがなければ維持できない大がかりなもので、またこの広さを維持するに足るだけの往来の行き来があるのだろうとまで考えた私は身震いしてしまう。

 それだけの馬車が通るにしては、周囲に糞などの汚れは一切なく、衛生管理にも人を割いているようで、なにもかもがそう、常識はずれだった。


「おい!」

 そんな風に、立ち並ぶ家々にいちいち私が驚いていると大きな声がかけられた。それは、私としては好まない、少し前に聞いた兵士のような横柄な怒鳴り声だった。


「柊てめぇ、女連れとはいいご身分だな。こちとらてめぇにやられた鼻が折れたまんまでよ。女どもがびびって逃げちまうんだよ」

「そらまぁ、鼻がいかれてなくても先輩の顔は怖いっすからね。逃げるんじゃないっすか?」


 顔の中央に白い布を貼り付けたごろつきは、どうやら柊の知り合いらしい。ならば、と私は無視して周囲の観察に戻る。この世界の法則を分析するため必要なことであると同時に、研究者として私の知的好奇心をおおいに刺激してくるものばかりだ。


「ひいらぎ、ひいらぎ、この大きな柱は? 見たところ、等間隔のように立っているように見えるけど。んん、わかった。戦の時に使うもの?」


「あんだお嬢ちゃん。へへ、なかなかかわいいじゃんか。日本語わかんの? なぁ、お前の彼氏が俺の鼻折ったんだからさぁ、手当くらいしてくんね?」


「ひいらぎ、すごい。まさかとは思うけど、この蓋の下は下水道では?」

「そうだな。ってかお前凄いな……」


「おい聞いてんのかアマ。調子のってんじゃねぇぞ」


 ごろつきは何故か口調を荒げ、私の服を掴み上げてきた。え、なんで? 私何かしただろうか。ごろつきは何か怒っているようだが、身に覚えがない。というか、唾が飛んだ。私の顔に。


 そう、普段なら私も無駄な争いは好まない平和主義者だ。しかし、今は一刻を争う事態。先ほどの兵士には、召喚前で無駄なアドを消費したくなかったから控えたけれど、今はいいよね。


「えい」


 アドを固めた私は、とりあえずそれをぶつけておいた。術と名前がつくほどですらない、ただの塊である。術者ではない、あるいは兵士ではないごろつき相手ならばこれで大丈夫だろうという、私の苛立ちと八つ当たりを込めた一撃だった。


「げふぅ」

 ごろつきはよくわからないうめき声をあげて飛んで行った。これで良し。

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