第2話「ここは俺の部屋だ」
「だりぃな、ったく」
口に出してみたが状況は変わらない。自身の不甲斐なさを突き付けられて、自己嫌悪に陥るだけだった。
「先につっかかってきたのは向こうだろうが。……いや、俺だったか?」
学校から帰って来て鞄を放り出した俺は、自室で不貞腐れていた。まったくままならないものだ。厄介なことになったとは思うものの、若干それを楽しんでいる自分もいるのがおかしかった。
そう、そんなありきたりな日常というものを謳歌している最中に、それは現れたのだ。なんの前触れもなく、唐突に。
目の前が、正確には眼前の空間とでも言うのだろうか。そのあたりの景色が、見慣れた自室の様子が、歪んで見えたのだ。視線の先、タンスに寄りかかっていた俺は自分のベッドが曲がって見えているのに気が付いた。
疲れているのか、見間違いか、と目を瞬いているうちに、ばちんという空気の破裂音のようなものが響き。そして――。
アッシュブロンド。灰色と金が混ざったような、それでいて透き通るような。そんな髪が、くせ毛なのかふわっと広がりながら背中まで伸びた、小柄で現実味のない女の子が立っていた。
線が抜かれ、ふとんを外された炬燵の上に。ローブを着込み、開いた前からは下に身に着けた濃い藍色に金の刺繍が入った軍服のようなものが見え、下は同じ基調でしつらえられたスカートが見えていた。
驚きと、状況についていけない頭で見上げていた俺には、スカートから見える脚とその根元がしっかりと見えていて、色々な意味で釘付けとなっていた。
やがて、目を開いた女は口を開く。
「……どこここ?」
「いやお前が誰だよ」
思わずつっこんでいた。だってそうだろう。ここは俺の部屋なのだから。
「なんだお前、どこから来たんだ。いきなり現れやがって」
だから続けて訊いたのだ。この異常事態において、何者なのかと。色々頭は追いつかないが、相手が同じ人間で、さっきの台詞から察するに言葉が通じるのだから。まずはコミュニケーションだろう。
「なんて、ことなの……。どうしようどうしよう。落ち着け、落ち着け」
女はこちらの問いには答えず、眉を寄せ、涙目になって屈みこんでしまった。だから、机の上でスカートのまま屈みこむんじゃない。こちらは机の下で座っているんだ。
仕方がないので俺は立ち上がり、どうしたものかと逡巡してから再び声をかけた。事情はよくわからないが、この子は困っているようだ。とりあえず落ち着かせなければなるまい。
「あー、大丈夫か? 事情はよくわからんが。ここは俺の部屋だ。わかるか?」
「……はい。ここは、あなたの部屋。はい、わかりました。外は、どうなってますか?」
「外? いや至って平和な昼下がりってところだな。あんた名前は?」
「私はルニエ・ツェルニク。ルニでいいです。あの、この世界の名前は?」
「は? 世界の名前……? いや、そんなのないけど。ええっと、地球?」
「そんな。どうやって還りの指標を得れば。ああ、そうか。ここはこれまで他の世界と接点がなかったんですね。だから名前をつける必要もなかったと。他がなければ区別の必要も。って、そんなことはどうでもいいですけど」
「なぁ、あんた。大丈夫か?」
蹲ったままぶつぶつとよくわからないことを呟く女に、俺はおそるおそる三度の質問を投げかけた。登場の仕方があれでなければ、俺はただの頭のおかしな女としてスルーしているところだ。
ともかく、弱っている女はどうにも。対処の仕方に困る。
「ええ、ええダイジョウブデス。私はルニエ・ツェルニクです。そうだ。とりあえず還る方法を見つけないと、おじいちゃんたちが。あ、えっと。君のお名前は?」
大丈夫じゃなさそうな音程でそう言った女は、ようやく顔をあげ、こちらを観察し始めた。立ち上がる様子はなかったが。というか立ち上がらなくてもいいから炬燵から降りて欲しかったが。いくらなんでも小柄な女の子一人の体重でいかれないとは思うものの、色々と不安である。
「俺は
これが、なんだかよくわからないうちに巻き込まれた冒険の、その記念すべきスタートだった。ルニは涙目で、ちょっと鼻水も出ている酷い有様だったが、とにかくこれが俺とルニエ・ツェルニクという召喚士との出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます