臀子伝
@a4b5
一 符里結、臀子に入門するのこと
趙の平原君の食客、符里結は、邯鄲の隠者、臀子を辱めようとその居所を訪れた。臀子という似非仙人が、妖邪の術を使い趙室を私し、高禄を貪っていると噂だったからである。
「我こそは平原君が客、符里結。妖邪の術で趙室をたぶらかす臀賊を懲らしめに参った!」
するとみすぼらしい庵の中から
「またか。まあ入られよ」
符里結、まなじりを決して庵に飛び込む!完全に頭に血がのぼっており、臀子の庵の貧たるや甚だしいことも目に入らぬ。
「臀賊!」
赫怒する符里結の前には、簡素な木机と石に薄板を渡した長椅子、座る痩せこけた老人が、朝餉の最中であった。
「すまぬが食事の最中じゃ。少し間、待ってくれんか」
「なにを!」
新たに怒を発した符里結、傍らの石を掴み投擲!臀子、箸を振り飛石を掴む!
「食事の邪魔をするものではないぞ」
石を捨て平然と食事を続ける臀子に符里結、またまた大いに怒を発し、今度は木机を覆そうと挑む!すると臀子、にわかに机に手をついて浮き上がった。その臀部には、長椅子だと思われた薄板が張り付いている!
「こ、これは」
叫声の間もなく、符里結は地面に叩きつけられる。臀子の逆立ちひねり薄板殴打を側頭部に受けていたのだ。
なんとか身を起こす符里結に臀子、竹箸を差し出して曰わく、
「一緒に食べるかね」
ここにおいて符里結は完全に害意を取り去られ、言われるがまま席に着いた。冷静になって見渡すと、臀子の庵にはおよそ贅沢を思わせる物は何もなく、どうみても赤貧の老人が暮らすわびしい住まいそのものであった。符里結は、噂が事実とは異なっていたことを知った。
しばしの沈黙の後に符里結、
「臀ぞ、いえ臀子。先の技はいったい何だったのですか?」
「妖邪の術よ」
臀子が言うには、臀箸杖術という武芸であるという。尻に水平に大箸を差し渡し、杖を振るうように使う。
先代武霊王のみぎり、香具師であった臀子が宴会の余興に招かれ、その場で王に襲いかかった刺客を打ち据え倒したことがあった。武霊王は大いに感心し、臀子を士大夫に取り立てようとしたが、断り、以後勝手に送られてくる俸禄を近所にばらまきながら、このボロ庵に住んでいるのだという。
「なぜ士大夫にならなかったのですか?」
符里結、完全に師に対する礼を取りつつ聞くと臀子曰わく、
「見世物の技で高位につけば、必ずや災いが降りかかるじゃろう。人間の嫉妬ややっかみほど恐ろしい物はない。お前もその類で来たのじゃろう?」
「そ、それは」
「あともう一つ大事な理由がある」
「なんです?」
「箸という物は、元来飯を食べるための物じゃ。尻につけて人を殴る物ではない。このような使い方、妖邪の術と言わずしてなんと言おうか」
そこまで言うと臀子、自分の言葉におかしみを感じたのか、はたまた恐縮しきりの若者をほぐそうとしたのか、急に呵々大笑、符里結の肩をポンポンと叩いた。
「ただ、こうしてわしを退治しにきた若者が話を聞いてくれる、またうれしからずや」
「先生、私が間違っていました!」こうして符里結は臀子の弟子となった。
臀子伝 @a4b5
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