第36話 六花舞う
「だって、そのロケットを預かっているの、私ですから♪」
そう言った
「あっ、でも私は預かってるだけですよ? というかこれが
ただ、『ちょっと預かっててほしい』って頼まれてお預かりしてたんですよねぇ。う~ん、あの子らしくない物を買ったなぁなんて思ってましたけど、何で自分の物みたいに言ってたんだか、不思議ですけどね……」
他人事みたいに言う遠島さんに何を言えばいいのか少し迷う。
だけど、本当に彼女はそれ以上の事情を知らないらしい。首を傾げながら、持って来ていたバッグから小さな箱を取り出して、僕に手渡そうとして、躊躇するように手を止めた。
「この中に、預かり物のロケットを入れてあるんですけど……。ごめんなさい、やっぱり一応確認してからでいいですか? あの子の物だって思っている
遠島さんの言うあの子というのが何者なのか、気になった。
何というか、遠島さんはそのあの子が怒ることをひどく恐れているように見えたのだ。だから、本人にとっては持ち続けている意味なんてないとわかっているらしい
「えっと、もしよかったら僕が直接、」
「それだけはやめてください!」
困っているような――ともすれば泣き出してしまいそうな――顔で狼狽えている彼女の気をどうにか楽にしようとした提案は、言い終わるよりも前に拒絶されてしまった。
それは、まるで困っている素振りをしたという事実すら知られたくないという何よりも明確なサインみたいに思えて、僕からはそれ以上何も言えなかった。その一連の会話をきっかけに少しずつ場は気まずくなっていって、あれだけ軽口を続けていた遠島さんからも、それまでの明るい――というより掴みどころのないような雰囲気は消えてしまっていた。
そうして、僕たちの時間は最悪の空気で終わり。
「えっと、先程はすみませんでした。何か、失礼なことをしてしまったみたいで」
言ってから、言葉に
「いいえ、こちらこそ失礼しました。私たちの都合で、しかもあなたたちの物を勝手に持ってしまっているというのに……。もし返してしまって構わないとあの子が言ったら、必ず伺いますので」
そう、深々と頭を下げる遠島さんに、僕はただ頷くことしかできなくて。
別れてからも、その姿が頭に残って。
結局、その日のうちには遠島さんから連絡が来ることはなかった。
連絡が来たのは、その次の日。冬の冷たい空気が体を冷やしていく、鈍色の空が寒々しい昼間のことだった。
『あっ、もしもし? お仕事中でしたか?』
「いいえ、今は休憩中ですので」
『すみません、今ちょっとお時間よろしいでしょうか』
「? えぇ」
昨日別れたときみたいな、硬い口調。どうやら昨日のやり取りは、本当に彼女の、というより彼女たちの琴線に触れてしまっていたようだった。
その後、屋上の休憩所で通話して知ったのは、やっぱりあのロケットを返すのは無理そうだということだった。少なくとも、遠島さんから例のあの子への説得は難しい、ということらしい。
『もし、よかったらなんですけど……。直接会ってもらえませんか?』
その声には、できればその選択肢は採ってほしくない、という思いがありありと滲み出ていた。だけど、僕だってそういうわけにはいかない。
「お会いさせていただけるんですか?」
尋ねた言葉に返ってきたのは、ぐっ、という詰まったような声と、ややあって聞こえた『……えぇ、よろしくお願いします』という言葉だった。
一旦通話が切れて、その数分後にかかってきた電話で、約束が取り付けられた。
時間は、今夜9時。
場所は、遠島さんと会ったホテル。
随分急な話ではあったけど、それくらいなら間違いなく退社できて着けていると思う。午後の仕事の量を考えて、返事をする。
『そうですか……。よろしくお願いします』
最後まで沈んだ声のまま、通話は切れた。戻ったところで先輩から「最近寒いのに、よく屋上出れるね~」と冷やかし半分に笑われたりしながら、僕は考えていた。
一体、どんな人なのだろう?
飄々とした雰囲気のある遠島さんがあそこまで頑なになる人なのだろうか?
あの子は、きっと卯月さんとそういうことをした相手なのだろう。もしかして、相当若いのだろうか? 色々頭を巡って、関係のないはずのことまで考えてしまう。
それで嫉妬して苦しむのは、僕なのに。
そして、そもそも。
そこまでして手放したくないと思わせる何かが、卯月さんのロケットにはあるのだろうか? 改めて、
『一緒に何か入ってたりして?』
改めて、その言葉が胸をざわつかせる。一体、そのロケットに何があるというのだろう?
もしかすると、この先には彼女の1番深い部分があるのかも知れない。今夜、僕はそこに触れることになるのか……?
雪も降ろうかという、鈍色の空。
震えるほど寒い日なのに、手には薄っすら汗が滲んでいた。
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