第35話 友待雪じみた…
いつもは来ない、立派な雰囲気のホテル。周りの人はみんなどこか浮かれていて、そして垢ぬけた風貌の人も多かった。僕がいるなんて場違いなんじゃないか――思わず気後れしていたから、喫茶店で時間を潰せるのはありがたい。
クリスマスがすぐそこまで迫っている冬の日。
街中には人が溢れて、思い思いの時間を過ごしているようだ。楽しげなその姿をぼんやり眺めながら、僕は温めのカフェオレと、一緒に注文したクレームブリュレを味わう。
紅茶の葉が使われているのか、一口食べるごとにトロトロとした甘い味と一緒に香りも口の中に広がるような感じがした。暖房がついていても少し肌寒さを感じる店内で食べると、その温かさも感じられて幸せすら感じる。
食べ終わって、まだ余裕のある店内を見てから、本を広げる。
ずっと昔に知り合いから薦められたショートショートを読みながら、僕は時計を見る。時刻は12時37分。さっき見てからまだ6分しか経っていない。
時間、持つかな……。
窓の外では、まだ煮え切らない
僕はこれから、人に会う。
話は数日前――
僕は卯月さんから貰っていた代用品――こういうロケットを落としたのだと言って僕に渡してくれたものだ――の写真を撮って、ネットに上げることにした。大手SNSで時々趣味に関する記事を投稿しているので、そこでロケットの写真を載せたのだ。
写真を掲載してすぐに、思っていたよりも多くの返信が来た。
といっても、大半はただの冷やかしめいたもので、これなら掲載しなくても一緒だったか……と肩を落としながら返信をチェックしていたときに、1件だけ見つかったのだ。
『その日、その公園に変な人がいるのを見たかも知れません』
まさかとは思った。
もしかしたら、この返信も他の冷やかしと同じようなもので、僕は何か担がれているんじゃないか? そんなこともよぎった。それでも、他の全く関係のない返信であったり、明らかに嘘だとわかる情報よりは。
それくらいに、僕は何もわからずにいた。
約束の時間は、今日の13時。このホテルのロビーで待ち合わせということに決まった。
一応同じ都内とはいえ、僕が住んでいる場所に比べると地価も高いこの地域。町全体から漂う高級感に酔いそうになりながら、やっとのことで辿り着いたホテルの中で、この喫茶スペースは落ち着ける場所だった。
シーリングファンがゆったりと店内の空気をかき混ぜていて、ゆったりとしたオルゴールアレンジの曲がかかっている。クリスマスシーズンとあって――それとも普段からこの店はそうなのか――普段行く喫茶店よりはガヤガヤした感じだったけど、それでも内装の配色だったり照明のしぼり具合だったりのお蔭か、特に騒がしい印象もない店だった。
といっても、それは時間を潰せるか否かとイコールの問題ではない。
風刺じみた結末の多いショートショートは、読むタイミングを選ぶかも知れない。主人公の気が振れていた……というオチだったその話を読み終えて本を閉じ、また窓の外を眺める。
街はクリスマスを目前にした幸福感が伝播したような盛り上がりに満ちていて、何となく見ている僕まで頬が綻んでしまいそうな光景だった。
そういえば、去年は残業しながらクリスマスを迎えたっけ……。
今年はもうちょっと早めに帰れるように頑張らないといけないな――そんな関係のない決意までしながら腕時計を見ると、そろそろ13時。
待っていると思うと長かったけど、待ち合わせの時間が迫ると途端に「もっとこういうこともできた」だとかそういう後悔が付きまとうのは、僕の要領が悪いからなのか、それともどうやってもそうなるものなのか。
トレーを戻して、店外の混雑に少し戸惑いながら向かったロビーには、やはり人が多くて。どこにいるんだろう……そう思いながら辺りを見回していたところに、連絡が来た。
『ちょっと人が多そうだったので、先にお部屋とりました。509号室にいらしてください』
少しだけ、躊躇した。
卯月さんのロケットについてやり取りこそしていたものの、顔も名前も知らない相手だ。少しだけ身構えてしまう。
効率がいいのは、わかっている。
だけど、どんな相手かもわからない。
それでも、躊躇するわけにはいかないんだ。やっと見つけた手がかりなのだから。このロケットを探す為に、僕は卯月さんに協力しているのだから。そこで何もせずに貴重な手がかりを失ってしまったら、たぶん僕に彼女とともにいる資格なんてなくなってしまう。
エレベーターで5階に上がり、指定されていた509号室の扉をノックする。
ドアの向こうから聞こえた「はーい」という高い声に、少し指先が震えたけれど。どうにか気持ちを奮い立たせて「あの、探し物の件でお会いしに来た
「あー、ロケットの人ですか? ちょっと待ってくださいねー」
ピッ♪
ロックを外す音とともにドアの向こうから現れたのは、ニコニコとした笑顔がトレードマークと言わんばかりに張り付いているような女性だった。
「へぇ、こういう人だったんですね……。ふ~ん」
全体的に黒い色使いの服を身にまとった彼女――
その視線に、僕は緊張よりもむしろ嫌悪感を覚えてしまった。
何だろう、遠島さんの視線には、どこか悪意を秘めた感情が透けているような気がしたから。
「ふふふっ、失礼しました」
僕の視線を察したのか、またにこやかな笑顔を浮かべて頭を下げる遠島さん。
「こんなにしわを寄せて……、嫌なら嫌って言ってくださってよかったんですよ? たぶん私、あなたにはもう関わらないでしょうし」
「え?」
「だって、そのロケットを預かってるの、私ですから♪」
その笑顔は、まるで種明かしするマジシャンのように晴れやかに見えた。
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