第21話 幕間は鬼雨を聞きながら

 休日。

 慌てて布団から飛び起きて、「あっ、今日は休みだった」と思う人は少なくないのではないだろうか。少し不規則だった生活を勤務に慣らし終えたばかりなら、特に。

 

「…………」


 そして、今は午前8時ちょっと過ぎ。

 駅から近いとはいっても、遊んだりすることのできる店とかはまだ開いていない――というより、夜通し営業して、ついさっき閉まったばかりくらいの時間だ。普段電車に乗らない生活に慣れていると、電車に乗ってどこかに出かける……というのも少し腰が重くなってしまう。

 たぶん、これが学生時代だったらもっと違ったんだろうけど。

 あの頃は、暇ができれば友達を募ってどこか遠くに遊びに行ったりしていた。それこそ、首都圏を離れた場所にある山に行ったり、海で泳いだり、フェスに行ったり、それなりに色々遊んでいたはずだったけど、今ではもうそんな気力はない。


 せっかくの休みなのだから、できるだけゆっくりしていたい。


 そんな風に僕の気持ちが変わったのを成長とは到底呼べないとしても、学生時代に笑ってみていた「つまらない大人」への変化であると認めたくはない。

 だって仕方ないじゃないか、疲れているんだから。

 毎日仕事詰めなんだ、休日くらいゆっくりもしたいさ……そう思いながら窓を開けると、平日ほとんど雨続きだったのが嘘みたいな晴天で。何か理由をつけてでも外に出たくなった辺り、まだそこまで枯れたやつになっていないだろ?なんていう誰にも届かないアピールはただ虚しいだけだった。



 外に出てみると、開いている場所は本当に限られていて、特に遊ぶ場所とかになると、わかりきってはいたけれどまだどこも開いていなかった。かといって、せっかく外に出たのをまた戻るのも嫌だったから、モーニングサービスをやっている喫茶店に行くことにした。

 よくドラマであるような、カランコロンとベルが鳴るような押しドアではなくて、スッと静かに開く自動ドアで、出迎えてくれるのは「あっしゃいやせ~」という、ロマンスグレー要素の欠片もないアルバイトくんの気怠い声で。

  ただでさえ気怠い休日の朝がますます気怠くなりそうな雰囲気の中で、流行りの楽曲がオルゴールやピアノなどでアレンジされたものが流れる有線放送を聞きながら、僕はカフェオレとキャラメル味のついたブリオッシュを頼んだ。

「どうぞ~」

 程なくしてトレーに乗せられたトレーがきて、適当に席を選ぶ。

 時間があるときは、僕はできるだけ窓向きの席をとるようにしている。そうすると、込み合っていく店内をあまり見なくて済むし、外の景色を見たりするのを楽しめるからだ。

 それが楽しいのってどうなんだろう……そんなことをふと思いながら、温かいカフェオレを口に運ぶ。

 じんわりと熱が喉に染みていくような感じがして、思わず声が出る。

 色々と何かが惜しい……と思ってしまうのはきっと僕が喫茶店というものについついドラマに出てくるイメージを求めてしまうからだ。正直、出てきたカフェオレとブリオッシュは、店に入ったときに感じたような残念さを吹き飛ばしてくれる程度にはおいしい。

 心の中で盛大に舌鼓を打ってから、これから出かける行先の下調べをすることにした。

 なるべく近辺で、なるべく安めの、それでいて楽しんだという充足感を得られる場所というと……。


「その四季ひととせ園って、ほんとに季節ごとに綺麗なお庭見れていいよ?」

「へぇ……なるほどね。ここから近いし、ちょっと……ん?」


 今見ているおでかけ情報サイトでもイチオシの四季園。よし、チェック……とそこまで思ってから、ようやく振り返る。

 振り返った先にいたのは、イタズラっぽい笑顔を浮かべた、懐かしい顔。

「あっ……。あれ、えっと、あの…………、なおちゃん?」

「久しぶりだね、こうちゃん♪」


 数年ぶりに会ったにしては馴れ馴れしい呼び方をして、人懐っこい笑みを浮かべてくるのは、百合埼ゆりさき 菜桜なお。高校時代、親友の彼女だった人で、最後に会ったのは高校の卒業式くらいだから……、そろそろ10年くらい前になる。

 しばらく会っていなかったし、彼女と付き合っていた親友が遠くへ越していってしまってほとんど接点がなくなってしまったから、本当に久しぶりだ。

「久しぶり~。えっと、なおちゃん今この辺なの?」

「ううん、ちょっと仕事の都合でこっち来てるだけでさ、いまは住所不定ですなー」

「うわ、ホームレス?」

「違いますー、ちゃんと当てはありますー」

 どこか拗ねたような語尾の伸ばし方は、昔から変わらない。

「ほんとに前のまんまだね、なおちゃんは」

 懐かしくなって笑っていると、なおちゃんは心外だと言わんばかりに、眼鏡越しにじろりと僕を見て、頼んでいたらしいカルツォーネとホットココアの乗ったトレイをテーブルに置きながら言い返してくる。

「そういうこうちゃんだって、何か昔と変わんなそうだよー? 何か、恋する少年オーラすっごいし」

「はー?」

 う、さすがに鋭い……。

 思わずたじろいでしまいそうなのをどうにかこらえて、「そういうなおちゃんはー?」と訊いてみたところ、「もうちょいで結婚します!」とエンゲージリングをドヤ顔で見せられた。く、リア充爆発しろ。

 それから、しばらく近況報告のしあいが続く。

 どうやらこっちに住む当てというのはさっき見せてきたエンゲージリングのお相手らしく、うっかり「そういえば、こっちで住む当てって誰? もしかして他にも誰かこっち出てきてるの?」と訊いたばかりに、また散々のろけられてしまった。

 うぅ、人ののろけ話ほどつまらないものはない……。

 そんなことを思っていたら、「あっ、そうだ」といいことを思い付いたと言わんばかりの声を上げる。


「この後暇ならさ、ちょっと一緒に行ってみる? 行ったことないならさ、色々教えてあげるから」


 それは、突然の提案だった。

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