第3話 発芽

 マリオは一筋の雷となり大地に落ちた。

 とてつもない勢いで叩きつけられた事によることからだろうか。

 体中がバラバラになったのではないだろうかというほどの痛みが脳を支配する。

 しかし痛みがあるという事は実際にバラバラになっている事はないだろう。

 本当にバラバラになっていたら痛みすら感じないからだ。

 宇宙から落ちきて痛みだけで済んだ事の方が奇跡と言える。

 もしかするとこれは女神の加護なのだろうか。

 どうせなら痛みも消してほしいものだが、文句を言うべき相手はもう居ない。


 ……残念だ。


 少しづつだが痛みが時間と共に引いて行く。

 ただ痛みに変わる様に体には痺れが残り、マリオに自由を許してくれない。

 雷と一緒に落ちた事で電流によるものだろうか。

 どれくらい経てば回復するかも分からないが待つ以外の方法はない。

 となれば周辺の状況確認くらいはしておくべきだろう。

 立ち上がる事も出来ない為、視線だけで確認を行っていく。

 どうやら今は夜らしい。恐らく森の中。人気は感じられない。

 後はマリオが落ちた場所だけが家一軒分程のクレーターになっているようだ。

 それの原因となったマリオ自身が生きているだけで奇跡と思えるような状況。

 人の住んでいる場所に落とされていたらと思うとゾッとする光景である。


「次にあのダ女神に会ったら文句の一つでも言ってやる」


 そもそもアイテールの奴が、なぜこんなところに落としたのかが分からない。

 確か知り合いの近くに手配するとかなんとか言っていたはずである。

 最も今の状態を”手配”と判断するべきかは謎ではあるが。


 その時だった。

 

「がるぅ……」


 マリオ以外の声、いや唸り声が聞こえてきたのは。

 その方向へと無理やりに首を傾け、視線を向ける。


「ウソだろ……?」


 明らかに友好など求めていない瞳を持つ黒い獣がそこに居た。

 大きさは馬ほどある犬のように見えるが、舌を垂らしながら大きく開かれた口は人間程度の頭なら一飲みに出来そうなくらいにデカい。

 凶暴なドーベルマンを思わせるような顔だが、首から背中、そして尻尾まで続く立派な鬣(たてがみ)が熱を帯びたように赤く光って見える。

 地球では存在しなかった化け物である事は、これ以上確認する必要もなかった。


 化け物の方というと、こちらの驚きを気にした様子もなく、一歩、また一歩と獲物であるマリオの心を削り取る様に距離を縮めてくる。

 アイテールの奴は「化け物だらけの星ではない」と言っていたが、現実は化け物としか会っても居ないのに人生の終焉に向かっているような状況でしかない。

 これでは嘘をつかれたも同然である。

 折角、地球から42年もかけて移住してきたと言うのに、結果は1年どころか1日すら過ごす事さえ出来なかったとは腹立たしい。


 ……死んだら化けて出てやるっ!


 もちろん相手はダ女神である。

 マリオがそうやって死後の行動を決めかけていた時だった。


「なんじゃ、雷と一緒にとんでもない魔力の塊が落ちてきたと思えば、餌にされかけているではないか」


 聞えてきたのは日本語だ。間違いなく、日本語だ。

 その声のする方に視線を走らせる。

 居たのは年寄り臭い話し方と違って、ダ女神アイテールにも劣らない美しさを持った女性だった。

 長めの真っ白な髪とは対照的に、南国の空の下で焼けた様な肌が健康美を感じさせる。

 そして鋭い視線を放つ緑色の瞳が夜空の下で怪しく光っていた。


「危ないですっ。逃げてくださいっ!」


 マリオとしても本当は「助けてくれ」と叫びたかったが、現実的にはそう口にするしかない。

 目の前のスラリと伸びたモデルような体系の美女に、とても化け物を退けるような力があるようには見えなかったからだ。

 ならばマリオ自身がこのまま餌として食べられているうちに逃げてもらう方が判断としては正しい。


「ほう……助けを求めず我に逃げよと言うか。そのような扱いをされたのは何時以来か。だが無駄だな」


 無駄。

 つまりはマリオがオトリになったところで、この化け物からは逃げ切る事など出来ないという事だろうか。

 どうやら移住と同時にとんでもない化け物に出くわしたようだ。

 ただ目の前の女性を巻き込んでしまったようで申し訳ないが、化け物以外と出会えたことだけは、マリオにとって幸運だったのかもしれない。

 死んだ後は一緒にダ女神に文句を言いに行くとしよう。


「何を諦めた顔をしておる。無駄だと言ったのは貴様の心配事についてじゃ。まあ、見ておれ」

「えっ?」


 マリオの呆けた声を無視するかのように女性が何やら口ずさみ始めた。


「すべての力の源となりし泉よ、今この場に発現し、浄化の力となりて目の前の敵を射抜かん……」


 それは歌のようだった。

 静かな夜の森を活性化させるかのような躍動的な歌。

 けれども聞く者の心さえも揺さぶる、まるで精霊の歌。

 しかし――


「行くが良い! ウォータスピア!」


 明らかにそれまで歌とは変化した声と共に、女性が化け物へと付きだした右手から物凄い勢いで何かが飛び出た。

 マリオは何が起きたか直ぐには認識できなかった。

 認識できたのは化け物が居たはずの場所から、ズドンッと重みのある何かが大地に落ちた音を聞いてからだった。


 音の方向にあったのは化け物だったモノ。

 そう、化け物だったモノだ。

 化け物の額には大きな穴が空いていた。槍に貫かれたかのように。

 当人には何が起きたのかも理解できていなかったのだろう。

 マリオを餌として見つめていた時の視線はそのままに地面に伏していた。


「というわけじゃ。ワシの心配など必要なかっただろうに」

「すげー……、今のが魔法ってやつか」

「魔法を見るのは初めてか。お主の年にしては珍しい。いや、雷と一緒に落ちてきた男を普通の人間として扱う事は間違いか?」

 

 何やら勝手な解釈をされそうである。

 そもそも雷と一緒に落ちてきたのはマリオの意志ではない。


「雷と一緒に落としたのは女神のせいで、俺は普通の人間だ!」

「うん? お主、いま女神と言ったか。まさかその女神というのは……」

「知っているのか? アイテールの奴を」

「女神を呼び捨てにするという事のは実際にあった事がある奴くらいじゃな」


 目の前の魔女……でいいのだろうか、この流れから行くと”ダ女神”アイテールを知っているようだ。

 そしてどうやら評価についてもマリオと近い評価をしているようである。


「もしかしてアンタがアイテールが言っていた、古い知り合いなのか?」

「100年ほど会っておらんが、まあ確かに知り合いじゃ。しかしその名前を聞くと嫌な予感しかせん」


 当たりだったようだ。

 しかし100年ほど会っていないとはどういう事だろうか。

 話の流れからするとアイテールと同じ女神だとは思えないが、ただの人間とも思えないような発言である。

 魔女というのは長生きできるのかもしれない。

 そうだとしても随分と若さを保っているように思える。

 マリオの目にはどう見ても20代半ばくらいにか見えない。

 もしかすると魔女というのは年齢すらも停止させる力があるのだろうか。

 現状は情報が少なすぎて、どれも推測でしかない。

 ただ一つ、間違いがないのは


 ――今後のマリオの人生は、目の前の魔女が握っているという事。

 だから体の痺れが残り起き上がれない状態にも関わらず、マリオは体の回復を待つよりも先にアイテールからの伝言を優先にした。


「アイテールからの伝言だ。例の物を渡す事と500年ってな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

 魔女の額縁 ~気まぐれの女神のイタズラ~ 雪ノ音 @yukinone

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ