第2話 種植え
マリオは引っ越し先の星を見下ろせる場所に到着していた。
宇宙から見下ろした引っ越し先の星は、とても青かった。そして綺麗だ。
だがちょっと見ただけでも地球とは大陸の形状が違う事は一目で理解出来た。
しかしそれ以外は確かに地球そっくりである。
兎に角、引っ越しはこれで終了ということだろう。
星間引っ越しの感想はと言うと思った以上にあっけなかったというところだろうか。
ただ引っ越しは間違いなく体験したものの、時間の経過を感じなかったからだ。
もしかすると騙されているのではないかと疑念がわくほどである。
マリオにとってはどちらかというと魔術ルーレットの結果の方が気になった。
あれは随分と細かい文字の書かれた、リビングルームほどありそうな巨大なルーレットだったのだが、見た目と大きさの割には回る姿も止まる時もとても普通だった。
ただ停止した場所にはマリオに読めない文字で長々と何かが書かれていたわけだが、その結果が魔神クラスの魔力の当選だったわけである。
そしてルーレットが停止した時点で結果の魔力が、マリオの体内では産まれているらしいが、あまり実感はない。
ちなみにこれは神に戦いを挑んだというドラゴン族すらも超えるキャパらしい。
……どんなチートだよ!
これなら女神の言う通り、あちらの星での未来は明るいと言えるかもしれない。
ただ……
「えっと、さっき出た、魔人とかドラゴンってキーワードがとても気になるんですけど?」
「気にしないでくださいっ」
「いやいや、気になるに決まってるでしょ」
「気にしないでくださいっ」
「さっき怪物とかいないって言ってたよな?」
「言ってませんよ。環境が近い事と人間が居る事、言葉が通じるって事しかねっ」
そう口にした、ダ女神アイテールがニコリと笑みを浮かべた。
とても嘘くさい詐欺師のような笑みである。
「人間は絶滅しそうなほど危機に瀕しているじゃないだろうな」
「いえいえ、普通に暮らしていますよ。たまに遭遇して被害が出ますけど、貴方の星でも災害はあるんでしょ。ならそれと同じですよ」
魔神やドラゴンを災害と一緒にしていいのだろうか。
否!
と言いたいが、それがこの星の常識なのだろう。
もはや地球には戻れない状況で何を言っても無駄な話かもしれない。
そう諦めかけた時だった。
「そうそう、貴方が言っておったクーリングオフですけど、宜しければ今なら考えてもいいですよ」
アイテールが「そんな法律はない」と言っていたはずのクリーングオフを認める発言をした。
流石にイキナリ反転した状況に耳を疑いたくなる。
「どうせ何かあるんだろ?」
当然何かあると思うのが普通だろう。
目の前のアイテールは一見、ダ女神に見えるが一癖も二癖もある奴だという事は、短い付き合いながらマリオは理解し始めている。
頭からウサ耳を生やしたバニーガール姿に騙されて油断をしてはいけない相手なのだ。
「いやですね~。女神を疑うなんて。私なりのシロップ入りの優しさを伝えようとしているだけですよ」
「シロップ入りの優しさ? それだけじゃないんだろ。他にも何か混ぜているんじゃないのか?」
「いえいえ、何も変なものは混ぜていませんよ。貴方の星にも”混ぜるな危険”って言葉があるんでしょ」
明らかに間違った認識である。
優しさとどこぞの洗剤を一緒にしないでもらいたいものだ。
「色々と間違っている気がするけど、本当で純粋にクーリングオフを認めるのか?」
「ええ、構いませんよ。ただし、戻っても元の生活に戻れるかは保証できませんけどね」
「どういうことだ」
「今から戻っても、恐らくお知り合いの方は居ないという事です」
「へ……意味が分からないんだけど、どういうことだ」
「貴方は気づいていないかもしれないけど、地球を出発してから42年経過していますから。これから戻ると更に42年経過した地球に戻る事になりますね」
「ちょっと待て! 42年!? ここまであっと言う間についただろ!?」
そうである。
マリオの感覚では1日どころか1時間ほども経過した感覚がなかった。
42年経過している言われて信じる方がどうかしている。
「超高速移動しましたから当然ですっ」
そういうと「凄いでしょ!」と言わんばかりにガッツポーズを作り上げて、マリオに褒めてほしそうな視線を向けてくるアイテール。
もちろん褒めるはずがない。
「相対性理論ってやつか? 俺は一種の一方通行のタイムマシンに乗ってしまったわけだ」
「理解が早くて助かります! それでどうしますか。84年経過した貴方の星に帰りますか?」
とんでもない話である。
クーリングオフを申し出た所で、今戻っても84年近く経過した地球に降り立つ事になるという事だ。
一体、目の前にある星はどれほど地球と離れているというのだろうか。
ここでクーリングオフを申し出た所で家族はおろか、マリオの同級生ですらこちらを覚えていない可能性の方が大きい。
当然、そんな地球に自身の居場所なんてあるわけがない。
もはやそれは別の星と言っても間違いではないだろう。
ハッキリ言って目の前にある引っ越し先の星と何が違うと言うのだろうか。
「そんなもん選択肢なんてないようなもんじゃねーか」
「ですよね~」
……ですよね~じゃねーよ!
まるで他人事のような言葉を吐いたアイテールに、怒り半分呆れ半分の気持ちがあふれ出しそうになる。
これでは神の気まぐれどころか、神のイタズラである。
最初から意味のない選択肢を与えて遊んでいるようにしか見えない。
「分かったよ。もう好きにしてくれ」
マリオは諦めたように怒りの部分を捨て去り、呆れの言葉を吐きだした。
元々決めたのは自分であり、未練を綺麗に断ち切られただけと思えば仕方がない事なのである。
今更、自分の選択を他人に擦り付けるのは情けない。
「ご理解して頂けて何よりです。では早速地上に降りてもらいますが、私の知り合いに近い場所を手配しますから後はその方に聞いてくださいな」
「知り合い? 地上にも神様がいるっていうのか」
「いえいえ神ではないですよ。ただ古い知り合いです。たぶん……生きているはず?」
「おいおい、随分不確定要素がありすぎるんじゃねーか?」
そりゃそうである。
往復で84年ほどかかる旅行に出掛けていたのに神でもない知り合いとやらが生きている方がおかしい。
それは今ありえないと切り捨てたマリオにとっての現実である。
だがアイテールは相手が生きている事に、ある程度の自信があるようだ。
もしかすると地球とは時間軸がズレていて、経過時間が全く違うとでもいうのだろうか。
「とりあえずその人に会ったら、私が例の物を渡す事と500年と伝えれば色々助けてくれるはずですよ」
「例の物? 500年??」
マリオの質問に返答なく、もう伝える事は伝えたとばかりにアイテールがさっさと行動を開始していた。
もう好きにしてくれという感じである。
そして何やら自分の管理している星に向かって掌をかざす。
掌の先にあるのは星の空。
そこへドンドンと厚い雲が集積されていく。
発言は女神らしくないが、星間移動や気候を操る所を見ると女神なのだと認めるしかない。
そしてそれは完成した。
まるで天気予報で見るハリケーンのような雲の塊。
「では大きな変化を期待してますね~」
そう口にするとアイテールは、まるでゴミをゴミ箱に投げ入れるかのように腕を星に向けて振った。
その瞬間、マリオはその腕と連動するように大地へと落ちていく。
扱いがあんまりである。
マリオは今までに感じ事もない”本当の理不尽”と言うものを味わった気がした。
まだそれが”本当の理不尽”だとは気づかずに。
そしてマリオは新たな星へと足を踏み入れる事になるのだった。
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