魔女の額縁 ~気まぐれの女神のイタズラ~
雪ノ音
第1話 種子
ガランガランガラン~
「おめでとうございま~~~す! 出ました出ましたよ、お客様! なんと魔術キャパ魔神クラスの当選! 大当たりです! やりましたね! これで貴方の人生は成功したも同然! ほら、一緒に万歳しましょう! ばんざーいばんざーい!!」
異常とも終えるハイテンションで両の手に持った2つのベルを鳴らしながら、こちらの背中を押す声を上げているのは、アイテールと名乗る自称女神である。
……一体何を考えているのだろうか。この腹黒残念”ダ女神”は。
出会って僅かな時間で、ダ女神認定されているような神がいてもいいのだろうか。
とりあえず、こんな状況が何故生まれたのかについては時間を少し巻き戻して見てもらいたいと思う。
それは天気が良い日だった。梅雨の季節なのに珍しく晴れている。
そんな空の下で”坂月 マリオ”は天気とは真逆の憂鬱な気分でとぼとぼと歩いていた。
その様子は周辺から浮いていると言っていいだろう。
もしかするとマリオの容姿も関係しているかもしれない。
先日まで通っていた中学校では常に朝礼で最前列だった。
いちいち他人と身長を比べる必要もないくらいに。
そこにやや中性的な顔立ちだった事もあって、女の子も間違われる事もしばしばあったからだ。
ただ憂鬱な気分についてはそれが原因になっているわけではない。
「今日もやることがねぇな……」
言葉通りである。
平日の太陽が高くなる時間だと言うのにマリオは行く当ても予定もなく、街中をブラブラと歩いていた。
それだけなら大した問題ではないが、マリオはまだ15歳だ。
だがこんな時間なのに高校に行っていない。
別に停学になったわけでも仮病で休んだわけでもない。
ただ高校に入学すらしていないだけだ。
もちろん高校入試は受けた。
中学の成績は特に勉強をしなくても中の上くらいには何時もいた。
だから、そこそこの高校にはすんなりと入学できるつもりでいたのだが、それが甘かった。
「まさか、面接で落ちるとはな……」
原因はハッキリとしている。
面接で「親のどういう所を尊敬していますか?」と聞かれて「あんな奴らはクソくらえだ!」と応えてしまったのだ。
だって仕方がないではないか。
父親はギャンブルで借金を作って行方をくらまし、母親は別の男に入れ込んで殆ど家に居なかった。
そんな親どものどこを尊敬しろというのだろうか。
つまりはマリオにとって親の話題は禁句と言っていい話題だったのだが、それが心の導火線に火をつけてしまったのだった。
咄嗟の事とはいえ、情けない話である。
当然、この事は面接官に重く取られたのだろう。
結局、その場で退室を命じられたのだった。
「やっちまったよな……」
実際、15歳ではアルバイトすら簡単には見つからない。
別に身長や容姿が問題だったわけではない……と思いたい。
恐らく最大の原因は在学中ならまだしも中卒である事。
それでは煙たがられるだけで書類審査すら通らないのが今の社会なのだろう。
しかし今更、下を向いていたところで何もないのも事実である。
なら上を向くしかないが、晴れ渡った青い空には同じように何もない。
「いえいえ、ありますよ?」
突然耳に届いた、ハープの旋律のような美しい声にマリオは周囲を見渡す。
ここが都会と呼ばれるような町ではない事と、丁度昼前の時間という事もあって人気は少ない。
そして当然囁かれるような距離には誰も居なかった。
「空耳か?」
青空を眺めていて空耳とは笑える経験である。
人間暇すぎると妄想に走る人間も居ると言うが、マリオ場合は幻聴が聞こえるようになったのだろうか。
「待って待って! 幻聴なんかじゃないですよ! う~ん。面倒だからこちらに来て貰っちゃえばいっか」
「は? どういう……」
突然の呼び寄せの宣言に対して、マリオは質問を続けられなかった。
言葉が終わるよりも早く突然視界がブレたかと思ったら闇に視界は支配されていた。
いや、よくよく見れば闇ではなく、ある意味で見慣れた光景がそこには広がっている。
「これは……夜空???」
「ぶっぶー、あー残念! おしい! 半分正解で半分不正解でーす」
「えっ?」
先ほどと同じ声が聞こえて、マリオは驚き、声が聞こえてきた背後へと振り返る。
そこに存在したのは秋の小麦畑を思わせる金色の瞳と、背中まで伸びた星々の輝きを思わせる銀の髪、そして宇宙を宿したかのような瞳を持つ幻想的な女性だった。
マリオは目を奪われた。
理由はそれらを台無しにする、安っぽいバニーガール姿と怪しさたっぷりの「いらっしゃいませ」と書かれた右手に持つ案内板が、せっかくの容姿を台無しにして残念ガールを演出してしまっていたからだ。
更に更に追加として気になったのはマリオよりも身長が高い事。
もちろんこれもマリオにとっては大きな問題の一つである。
……くそ
「本日は来店ありがとうございます」
「いや、俺が来たわけじゃなくて、気づいたらここに居ただけだから。そもそもアンタは誰で、ここはどこなんだ?」
「あ、そこ大事ですよね。私とした事が失礼しました。私はアイテールと申します。現在無職の貴方と違って、現在女神として活躍中です。で、ここがどこかについては聞くよりも見た方が理解が早いと思いますよ」
現在進行形で心に痛い余計な言葉を混ぜてきた、自称女神を名乗る少女アイテールはそう言った後に自分の足元を指さした。
「はぁ?」
マリオは間抜けな声を漏らしながらも、その方向へと視線を落とす。
そこにあったのは丸くて青い球……いや、何処かで見た事がある。
そうだ。地球だ。
つまり夜空だと思っていたのは正確には空などではなく、宇宙空間だという事。
「てっ、やばい! 酸素は!?」
「普通にお話している時点で問題がないと気づきそうなものですけど、あわてんぼさんですねっ」
「……確かに息は出来ている。でも目の前の状況をいきなり信じろと言われても無理があるぞ。夢じゃないんだよな?」
「はい。もちろんです。宜しければ現実だと確認するために腕を一本千切ってあげましょうか?」
そう言うと何処から取り出したのか、左手のノコギリをマリオの方へと向けてきた。
「ちょっと待った! 色々聞きたい事はあるけど、ノコギリはしまって貰いたい!」
「あら、せっかく出したのに残念ですね。千切れても直ぐにくっつけてあげるのに……」
まるで人の腕を粘度扱いするかのような言葉である。
見た目は兎も角、かなり物騒な女神だと認識を改める。
「ちなみに俺をここに呼び出したのはアンタって事でいいんだよな?」
「はいっ! 私は説明が苦手なので理解が早いと助かります!」
話の流れからして、それしか想像はつかないから当然である。
逆に他にもそんな事が出来る奴がゴロゴロと居るなら、世界はなんと広いのだろうか。
「で、なんで俺をこんなところに呼び出したんだ?」
「そこは説明しないとダメですよね。でもやっぱり面倒ですから結末から言いますね。ドキドキしますね……えっと、その、あれです。ズバリ言ってしまうと私の実験に付き合ってもらいたいのです」
今の一言にドキドキするような部分があっただろうか。
そもそも実験の内容も理由も分からない。
「なあ、アイテールだったか。アンタが女神だとしても、俺がその実験とやらに付き合う理由がどこにある?」
その言葉を聞いた女神は手に持っていた、ノコギリと看板を落とすとポーンと手を打つ。
「確かにその通りです。でもほら、貴方の星にも神の気まぐれなんて言葉もあるようですし、女神である私もそれで納得して頂けないですか~?」
「それで納得するのは熱烈な宗教家だけだろうな。ただ貴方の星にもっていう事は、アンタこの星の女神じゃないのか?」
「あらっ、なかなか鋭いですね。その通りです。貴方達の星の神は随分と昔に居なくなっているみたいですよ。現在では気配が微塵も感じられないですもの」
なかなか面白い話である。
本当だとすると各星毎か銀河毎にでも神か女神が居るという事になる。
ただそれはいいとしても――
「へぇ~だけど、別の星の女神とやらが何でこの星の人間を実験につき合わそうとしているんだ?」
「やっぱりそう思いますよね~。隠す必要もないから言っちゃいますけど、私の星が現在停滞期に入っちゃったんですよね。そこに一滴の異物が混ざる事で何かの起爆剤にならないかな~なんて思いまして」
「つまりはその異物である俺にアンタの星で起爆剤になれって言うわけか。でもなんで俺なんだ?」
確かに地球でも過去に異文化や異民族が混ざる事で大きな変化が生まれた。
それをこの女神アイテールは星単位でやろうというわけである。
しかしそんな大きな話にマリオが選ばれた謎が残る。
「簡単です。若くて、ある程度の知識や知能もあって、何よりも今この瞬間に居なくなっても誰も詮索もしない存在からですっ!」
「くっ……」
先ほどつついてきた痛いところを更にえぐるような言葉。
優しさなど微塵も感じられない女神である。
しかし確かにマリオは社会との繋がりがほとんどなく、家族も崩壊状態だ。
つまりは行方不明でも困らない人間である事は間違いない。
それを把握されてしまっているのも、相手が女神だからという事なのだろうか。
「でも俺が嫌だと言ったらどうするんだ?」
「他を当たるだけですよ。貴方のここでの記憶を消してね。ただそうならないと確信していますよ。それにどの星でも良くある話です。ですから貴方は選ばれた言うよりも順番が回ってきただけというのが正しいかもですね」
言われてみれば確かに世界中で人が攫われただの、神隠しにあっただのと眉唾物の話は世界中に転がっている。
それらは他の星の神が行っていた行為だったという事らしい。
もちろん全てがというわけではないだろうが。
何よりもこの女神の言う通り、マリオが地球にこのまま残ったところで居場所があるとは言えない。
来年、再度高校受験を受けて受かった所でそれは変わりがない現実だろう。
拒否をするよりも目の前の女神の前髪を掴んででもついて行くだけの理由には十分だった。
「……一ついいか? 確認しておくが、まさかアンタの星に行ってみたら化け物だらけで、人間が俺だけですなんて事はないんだろうな?」
「大丈夫、大丈夫! 環境はこの星とほとんど変わりませんよ。人間も居ますし、言葉も大体同じように通じますよ」
その言葉にマリオは、そういうものかと理解する。
以前に環境が変わらなければ、生物の進化や種類も似てくると聞いた事がある。
例え別の星だとしても、そこに神の手が加われば文化や言葉ですら近い星が出来上がるという事なのかもしれない。
「ふうぅ……、まあいいか。わかったよ。いいだろう。騙されたと思ってついて行ってやろうじゃないか。その宇宙旅行を体験してやるよ!」
「ハイ! 了承頂きました。お1人様ごあんな~い! でも旅行じゃなくて引っ越しですよー。あ、そういえば魔術について伝え忘れていたかも……?」
まるでドラマで見かける、客引きにあった酔っ払いのような扱いである。
まあ、それはいいだろう。
もはや目の前の女神アイテールに大きな期待は禁物だと認識しているからだ。
ただ最後の”魔術”という言葉に反応しない15歳はいない。
それはマリオも同じように含まれる。
「おい! 魔術ついての話は聞いてないぞ!」
「それも大丈夫ですよ~。移動しながらルーレット方式で決めていきますから~。当たるも八卦、当たらぬも八卦。まずは出発です!」
「まて、ことわざの使い方が間違っているぞ! 本当に大丈夫なんだろうな!? クーリングオフはきくんだよな!?」
「残念ながら、そういう法律は私の星にはございませんっ!」
「俺、もしかして騙されていないか?」
マリオの迷いの言葉に、ダ女神は口元だけで笑顔を作る。ニヤリと。
その様子にマリオは背中に冷たい物が流れた気がした。
しかし気づけば後方へと流れ始めた星々が、もう逆流が許されない事を強調するかのように物語のスタートを伝えてきている。
それはいつでも初体験は突然なのだと思い知った15歳の旅立ちだった。
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