第5話とうそう
柊木神楽の執事の一条さんという老人と別れた後、俺は家の居間の畳の上でごろんと寝転がっていた。
夕飯作るのにはまだ早すぎるし、やることもない。テレビのチャンネルを回しても面白い番組は何一つやっていない。
今頃、柊木はあの執事さんに捕まったのだろうか。相当な捜索網を張られているような感じだったし、さすがに見つかって家に送り返されているだろうか。
まぁ、俺には関係ないか。
柊木が捕まろうと捕まらなかろうと俺には一切の関係はない。
ただのクラスメイトというだけで、それ以上もそれ以下もない。
なんだか少し眠いな、そう思った俺は時間を確認する。午後6時か、1時間くらい寝たら夜ごはん作ろうかな。
そして、俺は座布団を枕にして眠った。
ふと、目が覚めると外はすでに真っ暗になり、月明かりが部屋に差し込んでいた。
静寂に包まれた部屋の中で、時計の秒針の音だけが聞こえる。
時間を見ると、9時を回っていた。
少し、寝すぎてしまった。夜ごはんをちゃちゃっと作って食べて今日は寝よう。そう思って部屋の明かりをつけると、ばんばん!、と玄関の扉の方から音がなる。
ばんばん、と激しく扉を叩く音が。
べつに借金取りにせがまれるようなことをした覚えもないし、こんな時間に人が来ること自体とても珍しい。
一体、こんな時間に誰だろうと、不思議に思いながら、扉を開けると、そこには見覚えのある小さい奴がいた。
「何してんのよ!早く開けなさいよ」
「柊木!?どうしてお前がここに」
「そんなことはどうでもいいから早く中に入れて!ジジィが来ちゃうでしょうが」
俺は仕方なく、再び柊木を家に入れた。
柊木は不機嫌そうな顔をして座布団の上に座ってからピクリとも動かない。
話しかけたいが、話しかけづらい。
なんとも言えない緊張感と、張りつめられた空気が家中に漂っている。
こんなときに、北条がいたらこの張りつめられた空気も吹き飛ばしてくれるのだろうか。
俺は勇気を振り絞って口を開いた。
「あのさ、さっきお前が言ってたジジィって、もしかして執事の一条さんのことか?」
柊木は、驚いた様子で俺を見た。そして、舌打ちをした。
「来たの?あいつがこの家に」
「いや、直接この家には来てない。下であっただけだ」
柊木はまた黙り込む。
「聞いた話だと、うちのクラスメイト全員に電話したりこの辺を執事さんが探してるらしいぞ。下手に外に出たら確実に捕まると思うぞ」
「あっそ」
こいつ、人がわざわざ心配してやってるのに、なんでこんな態度取るんだよ。
柊木はなにか決心したかなように俺を見た。
「悪いんだけど、今日もここで泊まっていくから」
「はぁ?まじで言ってんのか!?」
「だって、それ以外ないでしょうが。外に行ったら危ないんでしょう?だったらこの家に泊めさせなさいよ」
まぁ、たしかに。俺は納得してしまった。
「わかった」
「じゃあ、決まりね」
ぎゅるるるるるるる、と大きな音が居間に響き渡る。
柊木は顔を真っ赤にして、すぐに俺から視線を逸らした。
「腹減ってんのか?」
柊木は首を縦に振らない。ただ、腹は返事をするようにまた鳴った。
「とりあえず飯にするか」
夕飯用に買った一人分のカレーを二人分に増やし、ご飯もいつもより多めに炊いた。
そして、カレーライスを机の上に出すと、柊木は目を輝かせてカレーを見ていた。そして、すぐさまスプーンでカレーを食べた。
「どうだ?美味いか?」
「普通」
そう言いつつも、食べるスピードは半端じゃなかった。
夕飯を終えると、柊木は先に風呂に入ると言って風呂に行った。
俺はテレビを見ながら、柊木が風呂から上がるまで待っていた。
そう言えば、あいつバスタオル持ってたっけ?
俺はバスタオルを持って、恐る恐る脱衣所の扉を開けて、確認する。
やはり、ない。バスタオルだけ置いてすぐに出て行こう。
しかし、その瞬間俺の視界にみてはいけないものが見えてしまった。
男子なら、いや、男なら皆全てが見たいと、そしてそれを視界に入れたら戸惑ってしまうもの。
色は白、脱ぎ捨てられたそれはおそらくまだ体温の温もりがまだ感じられるかもしれない。
人はそれをブラジャーとパンティと名付けた。
俺は、見なかったことにしようと、いますぐここから逃げようと、草食動物が肉食動物から逃げるように考える前に体が動いていた。バスタオルをすっと下着の入った籠の上に置こうとするとがちゃりと、風呂の扉が開いた。
「あっ、どうも」
俺は、一体どんな風に見られただろうか。
柊木は思いっきり俺の顔面を殴った。そして、すぐさまバスタオルを手に取り上半身に巻きつける。
「なんであんたこんなところにあるのよ!…もしかして、私の下着に何かしてた?最低!変態!死ね!」
「ちげーよ!お前がバスタオル忘れてたから届けに来ただけだよ。そ、そんなやましいことなんてしてもないし考えてもない」
「うるさいうるさいうるさい!とにかく死ね!」
そして、また殴られるのであった。
柊木に殴られたあと、俺は柊木からの殺気を感じつつも無事に風呂にも入り終え、俺は自分の部屋の布団で寝転がっていた。柊木は誰が変態の布団で眠りますかと言って、居間の座布団で眠っている。
時刻はもう夜の11時。俺は静かに目を閉じて眠った。
ばちん!と、頰を強く叩かれた。目を開けると、俺の上をまたがって真剣な表情をした柊木がいた。
「…お前っ、なにやってーー」
「静かにして、いい?大人しくして」
柊木の顔が近い、それもとても。今までの人生で夜に布団で寝ているときに腹の上を跨がれてこんなに顔を近づかれたのは初めてだ。
少しすると、柊木は俺から離れて上着を投げられた。
「どうしたんだよ、いきなり。コンビニでも行きたいのか?」
「そんなジョーク言える状況じゃないわよ。今、玄関のドアの前にいるわ」
「いるって、なにが?」
「私のことを追いかけてくる悪者よ、それもたくさん」
「まじで言ってんのか?どうするんだよ」
「逃げるに決まってるじゃない。だから、あんたも行くのよ」
「はぁ?なんで俺まで」
「ここにいたらあんたも確実に捕まる」
「俺は関係ないだろ」
「関係あるの!あんたが私の家出しているときに家で匿っている時点であんたはもう関わってんの」
「だからって、俺を捕まえてどうするんだよ」
「私をおびき寄せるエサにするか、あるいは情報を聞き出すに決まってるわ。言っとくけど、これはあんたのためを思って言ってるのよ」
柊木は、窓の外を見て、扉をからから、と静かに開けた。
その時とほぼ同時に開くはずのない玄関のドアが開く音がした。
「ほら!早く逃げるわよ」
「逃げるたってここ2階だぞ?」
「そんなの知らない」
柊木は勢いよくベランダから飛び降りた。そして、無事に着地をしたら、周りを確認して、俺を見る。
「早く!」
俺は柊木に言われるがまま、ベランダから飛び降りた。着地を失敗して、身体を打ったが、さほどの高さではないから、そこまで痛くはない。
そして、柊木と俺は夜の街へと走り出した。
はるこい @10071999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。はるこいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます