恐怖

「あのアホ姉!!」


 そう言って俺は飛び出した、後ろからイロリさんの声が聞こえるが何を言っているのか理解が追いつかない、焦っているのだ、俺は。


 姉がヤンキーに連れていかれた、その事実だけが現在俺を突き動かしている、恐らくは先程買った本にあるワンシーンが嫌なことを想像させるのだろう、


「……何焦ってんだ、俺」


 あてもなく走りながら冷静さを取り戻していく、しかし冷静になればなるほど最悪の事態が頭の中を過ぎる、


 最悪の事態? それはなんだ、


「俺は……」


 なにかを思い出そうとするも大事な何かが出てこない、出てくるのは焦燥感だけだ。


 そんな時だった。


「や、やめて下さい!!」


 モール内にそんな声が響く、その声の発信源は、


「一階中央広場……」


 現在地は三階、エスカレーター、あるいはエレベーターでは時間がかかり過ぎる、


「クソが!!」


 俺は汚い言葉を吐きながらも一階中央広場を見下ろせる場所に移動する、現在の姉の状況を確認するために、


「よ、寄らないで!!」


「ウルセェアマだな?」

「コイツやっちまうか?」


 男二人に姉一人、その周りには数人の野次馬が集まっている、姉を見ると、まだ最悪な状況にはなって居ないようだ、


「こ、この……」


 そんな姉の言葉の後、モール内に乾いた音が鳴り響いた。

 姉がチンピラの一人を打った音だ、


「て、テメェ!!」


 そしてもう一発、これはチンピラの一人が姉をぶった音、


 その瞬間、俺の頭の中で何かが弾けた。


『オメェら!! 俺の姉になにしてんじゃボケぇ!!!!』


 そんなドスの効いた声にチンピラが、そして周りに集まって居た野次馬さえも怯む、


 そして少しの浮遊感、それから両足にかなりの衝撃。ここまで言えばわかるだろう。


「な、なんだお前、つか今飛び降り……」

『黙れよ』

「ひ、ヒィィィィ!!」


 少し俺が睨んでやるとチンピラAは俺の顔を見て怯え始めた。どうやら俺の怒った顔は余ほど怖いらしいのだ、だから隣にいるチンピラBにもひと睨み、


「わ、悪かったって……お前の姉ちゃんは返す、だから」

『さっさと消えろ』


 それだけ言うとチンピラ二人組は尻尾を巻いて逃げて行った、俺は胸をなでおろす、そして姉を見ると、


「…………」

『姉ちゃん?』


 姉は泣いていた、ボロボロと、あろうことにも、



 俺を見つめながら。


『あぁ、そうか』


 俺はそれだけ呟くと意識を手放した。



 ********



 幼き日の記憶、あれは俺が小学四年生で、姉が五年生だった頃の記憶、その時の姉は今のような人望溢れる生徒会長なんかではなく、根暗な女の子だった。


 しかし幼い頃から姉の顔は整っており、そのせいか男子からはすこぶるモテた、そして逆に、同じ学年の女子からは疎まれていた。


 放課後、一人教室で儚げに座っている姿を見て、俺は胸を締め付けられる、そして湧いてきたのは憎悪。


 ある日の事だった、放課後姉が公園に呼び出された。クラスの男子に話があるといわれ、なんの疑いもなく公園に行った姉を待っていたのは、複数の男子と女子だった。


 なんで俺がここまで知っているのか、それは俺がドが付くほどのシスコンだったからだ


 その日までは。


 その後どうなったか。


 それから数分後、公園に残っていたのは、泣きじゃくる姉と、ボロボロの俺だった。

 俺は泣きじゃくる姉に駆け寄り慰める、でも姉の涙は止まらなかった、それどころか、


『ち、近寄らないで……」


 拒絶までされる始末、そこで俺は悟ったのだ。


 姉の涙は恐怖による涙で、その原因はいじめっ子では無く、まさについさっき助けた俺への恐怖、つまり、姉を泣かせているのは、


 ……俺なのだと。



 ********



 目がさめるとそこは知らないベットの上だった、あたりは静かで、胸のあたりに重みを感じる、その正体を確認しようと俺は顎を引いて確認する、その人物は案の定、


「姉ちゃん……」


 眠っているのか、姉はスヤスヤと寝息を立てている。俺はその頭に何となく触れてみる、すると姉の表情は少し和らいだ。

 そのまま頭を撫でてみる、銀色の髪はサラサラで枝毛一つない、微かに揺れるまつ毛すら輝いて見え、その下の瞼の下に眠る青色の瞳を思うだけで心臓が飛び跳ねる、


 だが、


「また俺は泣かせたのか……」


 ため息をついて、俺は姉の頭から手を離す、もう少し触れていたい、と言う思いを押し殺して歯ぎしりをする。

 ふと視線を姉から逸らすと。枕元に先程モールで購入した一冊の本があることに気がつく。


 何となく手に取りページを開く、そこは映画で例えるとクライマックス近くのシーンで、血の繋がらない姉と主人公が互いの気持ちを伝え合う、と言うシーンだ。


「確か……」


 ページを二、三枚捲って、映画の中の気に入ったシーンを探す。


「あった……」


 血の繋がらない姉、雪が主人公にこう言うのだ、

『今は……姉ではなく、私は一人の女の子。和也が好きな、普通の』

 主人公である和也は、

『姉さん……俺は……』

 迷う和也に雪は、少し背伸びしてキスをした。

『これでおしまい、私は和也のお姉ちゃん』


 そして最後は幼馴染と結ばれる、と言う映画なのだが、深くは言わないが、血の繋がらない姉である雪は、最初から悪者扱いなのだ、幼馴染と主人公の恋路を邪魔すると言う、しかし物語中盤あたりで雪の壮絶な過去が明かされる、それを知った主人公は姉の気持ちに気づくのだが、……ゴホン。


 結局今のシーンがなぜ好きなのか、それは雪の気持ちが痛いほどわかってしまうからだ、男である俺がなぜ雪の気持ちがわかるのか、それは作者様の腕がいいからに違いない。


「はぁ、切ない……」


 ヤンキー顔でそんな事呟くシーンなどカオスでしかないな、なんて、苦笑いをした後、ばたりと倒れ込んで眠りに着いた。


 因みに後になってここが病院で、俺が両足捻挫と言う結構ヤバげな状態であると知るのだが、それは別の話である、なのでカット。




  

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俺の姉は.....。 田城潤 @ainex

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