映画2

 上映時間五分前に映画館に着いた俺と姉は、中に入る前に飲み物、それと映画館でしか余り食べないポップコーン(キャラメル味)と、俺の壮絶なプッシュによって購入が決まったナチョスを持ち、いざ館内へと足を踏み入れる。


 映画館で映画を見る、というのは凡そ三年ぶりで、俺は謎の緊張感と共に、スクリーンから離れた入り口近く、通路側の席へと腰を落ち着け、その左隣に姉が座る。

 何故通路側なのかと言うと、尿意を催した時に即座に立てれるからである。


 因みに今回俺と姉が見る映画は恋愛物である。最近テレビのCMにたびたび出てくる、イケメン男優と美人女優二人が繰り広げるラブストーリー。

上映時刻になり、ビデオカメラの頭で愉快なダンスを踊る忠告などが入っていよいよ、


上映は開始された。



 ********



 結論だけ述べると、映画はとても面白かった。しっかりと伏線が貼られ、それを一番ベストなタイミングで回収する、そしてクライマックス、『これは泣くしか無いぜ……』と、見た目ヤンキーである俺がボロボロと涙をこぼしてしまう程、感動的な映画だった。


 でも、それよりも印象的だったのが、映画の内容では無く、姉の流す涙だった。エンディング間際でそれを見た俺は、何故だか席を立ち、トイレへと向かった。


「……何だよ」


 鏡に映った俺の顔は酷く青ざめていた、まるで良くない物を見た、そんな風な表情だ。顔を軽く洗う、すると心なしか少し落ち着いた。


「何で俺はこんなにも動揺している、ただ姉ちゃんの涙を見ただけじゃないか」


自分に言い聞かせるようにそう告げる。


 心臓が早鐘を打つ、まるで何かを俺に思い出させようとしているかの如く。


数分後、ようやく顔色も戻り、心臓の鼓動も平常に戻った俺はトイレから出る。

 トイレの入り口付近には、心配そうな表情で俺を見つめる姉がいた。


「具合でも悪いの……?」

「……いや、腹痛いの我慢してただけ、特に具合が悪かったりはしてない」


 その場を誤魔化すための薄っぺらい嘘だったが、特に姉は問い詰めて来たりはしなかった。


「そう、じゃあもうちょっと付き合ってくれる?」

「うん、了解」


 あくまで平然を装って、俺と姉は映画館を後にした。



 ********



 その次に俺と姉が向かったのは、モール内のアクセサリーショップ、何でも、姉の友達がそこでバイトしてるらしく、そこに顔を出したかったらしい。

 当然俺はその間姉とは別行動、付き合ってと言ったくせに最終的には別行動とか意味不明であるが、そこは仕方ない、


「この際友達の前に顔だして姉が極度のブラコンであるとバラしてもいいんだど……」


 でも結局そこまでする勇気がないポンコツヤンキーである。

 なんて事を思いながらモール内をブラついていると、


「これ、あの映画の原作か……」


 よくお世話になっている、馴染みの書店店頭に並べられたオススメコーナー前にて立ち止まる、そこには先程見た映画の原作が所狭しと並べられていた。


 ここで、映画の大まかな内容を説明すると、要するにこの物語は、幼馴染と主人公、そして血の繋がらない姉。

そんな三人の男女が繰り広げる恋愛劇である。


 少し俺の状況と似ているかも知れない、そうふと思ったが、映画の主人公のように俺はイケメンではないし、幼馴染は美少女だが異常だし、姉に限ってはキッチリカッチリ血は繋がっている。

 まるで似ていないし、恋愛映画のように上手くもいっていない、


「俺も主人公になれればな……」


 そんな下らない愚痴をこぼして、俺は原作を手に取りパラパラと適当にめくる、丁度半分程めくった所のページを読んで見ると、


「あれ、こんなシーン映画に有ったっけ?」


 疑問に思ったそのシーンは、まだ主人公と姉が家族では無い、要するに他人だった時期の、過去のシーン、おそらく映画の尺の問題で映像化されずにカットされたのだろう。


「つかなんかこのシーンどっかで……」


 問題のシーン、それは幼少期の頃、公園で複数の男女にいじめられていた女の子を主人公が助ける、と言うもの。

 そんなベタなシーンに、俺はどこか見覚えがあった。


「……とりあえず買って見るか」


 謎の既視感に心惹かれた俺は、その本を一冊手に取りレジへと持っていく、店員さんは俺が持ってきた本と俺の顔を見比べて意外そうな顔をした、ぶっちゃけこの反応は慣れつつある。


 無事購入に成功した俺は先ほどのアクセサリーショップ近くを通り過ぎる、しかし店内を確認しても姉の姿は見当たらなかった。


 ジックリ見すぎて若めの女店員さんに不審がられたが、この反応にも慣れつつある。

 別に悲しくもなんとも無い。


「あの、……もしかしてカザネの弟くん?」

「え?」


 俺を不審がって居た若めの女店員さんが俺に声をかける、この反応は全く初めてだったので俺は戸惑ってしまった。


「あ、姉が居たんですか?」


 偶然ですねー、的な感じで惚ける俺に、


「もう、惚けなくていいから、カザネから話は聞いてるしね」


 そう言って若めの女店員さんは呆れ顔で笑った、


「し、知ってるって、どこまで……」

「勿論全部、カザネはみんなの前では認めないけど、話聞いてればブラコンだって分かるしね、あ、私はカザネのクラスメートの山田

イロリ、気軽にイロリでいいよ」


 そう言ってイロリさんはニカッと人懐っこい笑みを見せる、


「わ、分かりました、イロリ……さん」


 べ、べつに女子に話しかけられて、そして名前で呼ぶことに照れてるわけじゃ無いんだからね!!


「てか、カザネと一緒じゃ無いんだね?

……あんな美人お姉ちゃんほっといたら攫われちゃうよー?」


 イロリさんは冗談めかしてそう告げる、悪戯っぽく微笑むイロリさんに俺は目を逸らして、


「べ、別に姉がどうなろうと俺には関係無いっすよ……」

「あちゃー、ここにもツンデレさんが居たとは……」

「だ、誰がツンデレ……」


 ですか、と告げる前に、イロリさんは俺の顔の前に人差し指を置いて、俺の言葉を遮る。


「これは忠告、ツンデレキャラはリアルだと損しかしないよ?」


 ヤケに真面目な顔で俺にそう告げる、


「……俺はツンデレじゃ無いっすよ」


 どちらかと言えばデレキャラである、素直になれずに後悔するのは金輪際勘弁だ。

 とは一年前の俺のセリフ。


「そ、……あ、言うの忘れてたけど、さっきカザネ、ヤンキーみたいな人にナンパされてどっか行っちゃったよ?」

「……はい?」


 唐突な会話の方向転換についていけず、思わず聞き返す俺、


「だから、さっきカザネがヤンキーにナンパされて……」

「あのアホ姉!!」


 気がつけば俺はその場から駆け出していた、

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