映画1

 地獄のような朝を乗り越えて今は午前十時を少し過ぎた時間帯。約束はどうやら健在のようで、普段あまり使うことのないメッセージアプリには姉からの催促のメッセージが送られて来ている。


 俺は手早く外出用の服に着替え、姉に『今行く』と言うメッセージを送った。返事は秒で帰ってきて、『タッくん早く!』とのことだった。


 実を言うと姉と二人で外出するのはこれが初めてだったりする、それもそのはずで、つい先日まで俺たちは仲が悪かったのだ。

 まぁ、それもどうやら俺だけが勝手に思っていただけだった様だが。


 俺は込み上げてくる劣等感とスマホ、それと財布をポケットにしまい込み、自室の扉を開けて玄関で待つであろう姉の元へと急ぐのであった。



 ********



 住宅街を並んで歩いていること数分後、


「んで、一体どこに向かう訳?」


 とは朝の件もあって些か気まずい俺、因みに俺の服装は下ジーパン、そして上はカーキのセーターの上に灰色のカーディガンを羽織ると言った面白みの無い格好。


「デートと言ったら映画でしょ?」


 とは先程から頬を仄かに赤く染めている姉、服装は黒のストッキングの上にホットパンツ、そして上は黒を基調としたお洒落なセーター、そしてその上からはレザージャケットを羽織り、輝く銀色の髪の上には浅く、よく画家の人が被っていそうな黒いベレー帽を被る、と言った、所謂ボーイッシュな服装だ。


 今日は銀色の髪にゆるいウェーブをかけており、いつもと雰囲気が違う、正直これが実の姉で無かったら一瞬にして惚れていただろう。


「これってデートなのか……」

「何よ、文句あるの?」


 実の姉弟二人で出歩くことを世間一般ではデートとは呼ばないのでは? とは口が裂けても言えないポンコツの俺だった。


 家からほど近いバス停近くに着くと、タイミングよくバスが前方から姿を表す、俺と姉はそのバスに乗り込んで後ろの席に並んで座った。


「ねえタッくん」


 異様に甘い声で距離を縮めてくる姉は上目遣いで俺を見つめて来る。


 はっきり言ってパナイ、


「さ、流石に外でその呼び方は……」

「えー、いいじゃない。別に誰が見てる訳じゃないし」

「あ、あのさ、普通に知り合いに合った時はどうするんだよ?」


「…………」


 姉の顔が硬直する、その時俺は思った、

『あ、コイツ自分が生徒会長である事を忘れてやがったな』と。


「だ、大丈夫よ」


 そう言って姉はカバンからサングラスを取り出す、


「いつの間にそんな物を……」

「こ、こんなこともあろうかとね!!」


 目をそらしてサングラスをかける姉、俺よりもはるかに大人っぽい姉はサングラスと言う大人アイテムを難なく物にしていた。


「そうしてるとなんか何処かの芸能人見たいだな」


 東京の表参道付近をブラついていそうである、


「そ、そう……かしら……」


 芸能人見たいと褒められたことがよっぽど嬉しかったのか、姉はモジモジしながら俯いてしまった、


 ……何この可愛い生物。



 ********



 バスを降りてついた先は、ここらでは人気の大型ショッピングモールであり、その周辺にはボーリング場、カラオケ、映画館などがズラりと並んでいる、飲食店も豊富であり、ここにいれば大体暇を潰せる。


 かく言う俺もここでラノベを大量購入して近くの喫茶店に一日中いたりすることが大分ある、勿論一人で。


 寂しいとか言うな。


「そうね、上映までは少し時間があるから先にチケットを買ってから早めの昼食にしましょうか」

「了解、てか、姉ちゃんでもここらには詳しいんだな?」


 学校がない日は宿題や勉強をし、ひたすら自己鍛錬していそうなイメージを持っていた俺は意外に思う。


「そりゃ私だって乙女だもの、友達と遊んだりするわよ。休日に一人喫茶に勤しんでいる何処かの誰かと違ってね?」

「どこでそれを!?」

「タッくん、人脈って便利よね?」


 サングラス奥に隠れている青色の瞳がギラリと光った、気がした。

 それ以上何も聞けなかった、というか聞く気すら無かった。


「それと、今日一日は私を姉ちゃん、と呼ぶのは禁止」


 俺の顔の前に人差し指を差し、姉はそう告げる。


「じゃ、じゃあ何て呼べば?」

「……そうね、カザネ、と呼び捨てでいいわ」

「わ、わかった、ねえ……か、カザネ」

「宜しい」


 危うく姉ちゃんと呼びそうになった時姉の指がV字になり俺の両目の前に突き出され、ちびりそうになったのはここだけの話である。


 その後映画の券を買い、最近の映画館のチケット購入は機械になっていることに軽く衝撃を受けた後、近くのイタリアンレストランで昼食を食べた、俺はカルボナーラ、姉はミートソーススパゲティ。

 因みに姉はミートソーススパゲティに粉チーズを大量に掛けていた。


 窓際の席に座って昼食を食べている際にふと窓の外を春日井らしき人物が通った気がしたのだが、なにかの間違いであると信じたい。


「なぁ、ねえ、……カザネ、楽しいか?」

「ええ、私はとても楽しいわよ」


 そう言って姉は満面の笑みで笑った、俺の眼前に突き出されたフォークを戻しながら。

 身震いしながら、姉のこんな風に笑う姿を久しく見ていなかったな、と、ふと思ったのだった。


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