羞恥

 なんて事無い週末の朝、いつもなら即座に二度寝して大好きな妹ラブ世界へと旅立つのであるが、今日はそんなことはできない。

 何せ今日はあの姉とのデートであるのだから、


「……眠い」


 そんなことをぼやく俺であるが、俺は朝に滅法弱い、しかし、ここで勘違いして欲しく無いのが、別に俺が何処かの最強変態真祖では無い、ということだ、髪の色とか何処と無く共通点があったりするが、興奮して鼻血は出さないし、メチャクチャ可愛い黒髪後輩やゴスロリを着たロリババアなんて奴も俺には居ない。


 ただ一人、俺にいるのは、


「タッくーん、朝ごはんできたから降りてきてー」


 十河高校生徒会長、そんでもってブラコンである姉だけだ。

 ……ついでに春日井、


「ん、今起きる……」


 大きな欠伸を漏らしながら眠たい目を擦り上体を起こす、しかし部屋のドアを開ける気配を察知した俺は即座に後頭部を枕にぶつけて布団を首まで掛ける。


「ふふふ、しょうがないから、私が着替えから何から全部面倒見てあげるわ」


 そんなこと言いながら何の躊躇いもなく俺の部屋へと突撃してくる姉であるが、今はヤバイ。


「ね、姉ちゃん、俺は今ヤバイんだ」


 首だけ姉の方を向きながら、マジな目で姉の青色の瞳を見つめる、目と目で通じ合う、そんな関係だと俺は信じている。


「何がよ、……ま、まさか、噂に聞く男の子の生理現象、朝勃ち?」


 勿論それもある、が。それも合わせて俺は今全裸である。全裸で眠るのが一番解放的で眠りやすいんです、疑うのならやってみてほしい。


 そんなこんなで、このまま姉に部屋に居座られるとマズイ、


「そ、そうだ、だから、な? 察してくれ」


 焦りながらまたもや目で訴えかける、が、


「……わ、私が、処理してあげるわ……」


 はて、この姉は今なんと?


「この私がタッくんのち、ちち、……」

「ま、待て、それは流石にヤバイんじゃ……」


 ふと昨日春日井に言われた、近親相姦と言う言葉が頭を駆け巡る、駆け巡って現在俺の頭の中では箱根駅伝開催中である。

 いや、何言っちゃってるの俺……。


 自分に自分でツッコミを入れるほどどうかしちゃってる俺に、姉は頬を赤く染めながら、そんでもって鼻息荒くこう言った。


「私がタッくんの欲望を解放してあげるって言ってるのよ!? あの私がよ!? 美人で頭良くてそれなりにモテる私がよ!?」


「…………」


 自分で言っちゃうのかよ、とは口には出せなかった。


 しかし、ここまで来たら俺も覚悟を決めるしか無いようだ、姉がここまで言っているのだ、一応男である俺は腹を括らなくてはならない。たとえ何を失っても、ここで退くわけには行かない。


 だから俺は深呼吸して全身に力を入れる、そして高らかに宣言した、


 後にして思えば恐らく俺はどうかしていたのだろう、そうでもなければこんな事しない、と、信じたい。


「い、良いだろう、……そ、そこまでいうなら見せてやるよ、俺のありのままをな!!」

「へ? ま、待ってまだ心の準備が……」


 今更怖気付いても遅い、俺の覚悟はとっくに決まっているのだ。


 ……どこかで名前の出せない有名音楽が流れるている気がした、


「さあ、刮目せよ。我がありのままの姿を!!」


 自らの柔肌を隠す布団を堂々と投げ捨てる、目の前の姉は羞恥で両手で顔を隠しているが、指の隙間からチラチラと覗き込んでいた、どうやら見る気満々の様子である。


 あぁ、ついに……なんて事を思いながら目頭に熱いものを感じながら瞳を閉じる、そして、


「これは今年一のスクープだよね☆」


 そんな聞きなれた声と共に、カシャリ、と。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!」


 そんな断末魔みたいな俺の叫び声、そして、


「ど、どうしたの!!……!?」

「おいタクトうるさ……お、おま!?」

「お、お袋!? 親父!?」


 騒ぎを聞きつけた両親、そんで最後に、


「わ、私のタッくんのオチンチンが……」


 わけのわからないセリフを吐きながら泡を吹いて倒れる姉、


 そんなカオス的状態の中、俺は静かに涙を流したのだった、窓の外から見える枝の上には既に春日井の姿は無かった、恐らく即座に判断して退避したのだろう。


 ……死にたい。



 ********



 時は過ぎて今は朝食の時間。我が家のリビングには静寂という名の死神があぐらを掻きながら居座って居た。


「「「「…………」」」」


 俺はダンマリしている三人の表情を恐る恐る覗き込む、親父は険しい表情をしながら味噌汁を静かに啜る、そしてお袋と姉は何故か顔を赤くしながらウィンナーを見つめていた、深い意味は無いと信じたい。


 そんな痛すぎる沈黙を最初に破ったのは意外にも親父だった。


「なんだ、その……一皮剥けてたんだな、タクト」


 その言葉に何て返せば良いのか、まだ高校生の俺は知る由も無い。

 と言うか、一皮剥けたとか恥ずかしいので言わないで欲しい。


 そんな親父の言葉にお袋が反応する。


「立派に成長したのね……」


 と、儚げな顔でウィンナーを突くお袋、深い意味は無いと信じている。そして最後に姉、


「まさかあんなのになるなんて……でもあれはあれで……」


 と、お袋と同じでウィンナーを突いて転がす姉、深い意味は無いと言ってください。


 そんなまるでお通夜みたいな雰囲気真っ只中である我が家のリビング、そこに様々な反応を示す家族たち。


 そんな中俺が発した言葉はと言うと……。


「……いただきます」


 そんなごく普通の言葉だった。と言うかそれ以外に言えることなど無いに等しい、幸い俺の言葉以降、朝の出来事を誰も口にしようとはしなかった。


 家族の優しさに感謝しながら俺は少ししょっぱく感じる目玉焼きを大胆に口に放り込んだ。


 この日を境に俺は二度と全裸で寝ないと固く心に誓ったのだった。

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