第3話  天才科学者 現る!?

 タケルがアオゾラ家の居候になってから最初の休日。

 堅牢獣ショズの襲来以来街に怪獣は現れず、人々はつかの間の平和を享受していた。

 その間タケルはただ休んでいたわけではない。主に昼間に街をパトロールし(ダイキ以外のアオゾラ家の人々には地層研究のフィールドワークであると説明している)いくつかの時空の歪みを異常が発生する前に消滅させていた。もしもタケルがそれらすべてを放っていたとしたら、すでにこの街は怪獣たちの楽園となっていただろう。

 しかしすべての時空異常が少しずつ進行するわけではない。フライガンやショズのように急激に巨大化するケースや、人為的に時空異常が発生させられた場合には、事前に察知できず怪獣の出現を許してしまうことになる。

 タケルは決して油断せず、次なる戦いに静かに備えていた。

 「ねぇ、タケルさん、僕もそのパトロールに連れて行ってよ」

 ダイキがそんなことを言い出したのはその日の朝食の後だった。

 「ダイキ君、一応言っておくけどこれは遊びじゃあないんだよ?」

 タケルはそうたしなめはしたがダイキの性格は一緒に暮らすうちによく分かるようになっていた。決して軽い気持ちで言っているわけではない。真面目にタケルの力になろうと思いこういっているのだ。タケルが折れて、今日のパトロールを二人で行うことになるのも時間の問題だろう。

 一方ダイキの妹カオリは、朝食の後向かいのアカリの家に来ていた。休日にはこうして家にお邪魔してアカリにピアノを教えてもらうのだ。

 とはいえ、お邪魔していきなり練習をするわけではなく、まずは庭を眺めながら二人でおしゃべりすることが多い。

 「カオリちゃん、タケルさんってどんな人?」

 アカリは、突如アオゾラ家に居候することになったタケルのことが妙に気になっていた。顔を合わせたのはタケルが初めてこの街に来た日と、居候が決まった日の二回だけだが、他にもどこかで見ているような気がしていた。

 「タケルさんは、とっても優しい人よ」

 カオリはそう答える。タケルは家にいる間はフユコの家事の手伝いをしたりタカカズの道場の清掃を行ったり、またダイキやカオリの宿題の面倒を見たりと、とにかく世話好きな一面を見せていた。

 アカリがカオリからタケルのことをさらに聞き出そうとしていたその時、向かいのアオゾラ家の庭を覗き込んでいる怪しい人影を見つけた。

 「あら?一体何かしら、あの人……」

 アカリの視線の先には、一人の男がいた。休日の朝早くの住宅街だというのに、だぼだぼの白衣を身に着け、髪はぼさぼさ、身長は高めだが筋肉はついておらずひょろひょろとした印象を受ける。そして怪しいことに、その男は背中に今日日見ないような馬鹿でかいコンピューターを背負いそこからケーブルでつながれたダウジングロッドのようなものをアオゾラ家に向けていた。

 「カオリちゃん、あの人は知っている人?」

 アカリは念のためカオリに尋ねてみるが、カオリもその男は初めて見る。

 「ちょっと……まさか泥棒?」

 アカリがそんな風に思い始めていると、突然その男はアオゾラ家の塀を乗り越えて庭に乗り込もうとし出した。

 「あ、アカリさん!」

 「い、いけない!警察に電話しなきゃ!」

 アカリとカオリは、慌てて家の中の電話へかけて行った。

 一方その頃、タケルとダイキは、突然塀を乗り越えてきた謎の闖入者に驚いていた。

 白衣の男は塀の上に腕を組み仁王だつと、きょろきょろと家の中を見回しながらダウジングロッドを向けた。そしてそれがタケルに向いた時、背中のコンピューターから突然間の抜けたファンファーレが鳴り響いた。

 パンパカパーン!オメデトウ!オメデトウ!

 白衣の男はそれを聞いてにやりと笑うと、

「とぅっ!」

 と、塀の上から勢いよく庭へと飛び降りた。

 が、背中のコンピューターが重すぎたせいか白衣の男は空中でバランスを崩し、頭から地面に突っ込んでしまった。

 「…………」

 「…………」

 タケルとダイキが唖然としていると白衣の男はふらふらと立ち上がりながらタケルを指さし高笑いしながら叫んだ。

 「ハーハッハッハッハ!!見つけたぞ、マントマン!」

 一瞬の沈黙。そして、

 「ええええええーーーーー!?」

 ダイキの驚きの声が爽やかな朝の町に響き渡った。



 同時刻、街の外れの森の中。朝の訪れとともに小鳥たちが元気よくさえずり合っている。

 すると、木々の間の景色が奇妙に歪んだ。鳥たちは不思議に思い、遠巻きにその空間を眺めていた。その歪みは、大きくなったり小さくなったりを繰り返しながら不安定ながらもそこに確かに存在し続けていた。

 すると、一羽の小鳥が好奇心からその歪みに近づいて行った。小鳥がその歪みに触れた途端、小鳥の体に異変が起こった。

 ピィ!ピィィ!

 小鳥は突如自分の中に流れ込んできたエネルギーの感覚に驚きの声を上げた。周りで見ていた他の小鳥たちが驚き戸惑い木々から一斉に飛び立つ。後に残されたのは歪みの中に取り残された小鳥だけ。先ほどまで小鳥たちの声でにぎわっていた森は、今は不気味な静寂に覆われていた。



 「…………」

 「そ、そんな……」

 突然乱入してきた白衣の男に自らの正体を看破され唖然としているのか、タケルは一言も喋らない。ダイキはというとただただ驚くばかりである。

 「ふふふ、驚いて声も出ないようだな!そうだろうな!この天才科学者のセンドウ テルヒコ様にズバリ言い当てられたわけだからな!」

 そういうと白衣の男――センドウ テルヒコは再び高笑いをするのだった。

 「な、何の根拠があってそんなこと!」

 ようやく自分を取り戻したダイキがそう反論する。

 「根拠?根拠だと!ハーッハッハッハ!いいだろう教えてやる!これを見ろ!」

 そういうとテルヒコは背中のコンピューターを取り外し目の前にドンと置いた。

 「これこそがボクの発明した、マントマン探す君壱号だ!」

 そういうと再び高笑いを始めるテルヒコに、ダイキは驚きを通り越してだんだん呆れてきた。

 「な、何なのコイツ……」

 と、それまで無言だったタケルがようやく口を開いた。

 「えーっと……それで?」

 「ん?」

 「他には?」

 「特にないぞ」

 自らの正体に迫る男に対して、何とも気の抜けた会話である。ダイキは一緒に暮らす短い間の中で、タケルにこんな風に妙にのんびりとするときがあるのを知っていたが、しかしこんな時にもこんな風になってしまうとは。ダイキは驚いたものか呆れたものか分からなくなってしまった。

 「特にないが、あってるんだろう?」

 「えーっと……」

 タケルが頭をかいて困ったという表情になる。

 「ふふふ、そうだろう間違いないはずだ!なぜなら!ボクは天才だからな!」

 テルヒコがそういいながら腰に手を当てふんぞり返りながらまた高笑いをする。

 「ダイキー?お客さんなのー?」

 フユコが家事をしながら遠くの方から尋ねる。

 「な、なんでもないから!気にしないでー!」

 ダイキがそう叫んでいると、

 「さぁ!マントマンよ!大人しくボクに研究されるがいい!」

 と、テルヒコがタケルに対して詰め寄ってくる。

 「や、やめろ!」

 「ダイキ君!」

 ダイキはとっさにタケルの前に立ちふさがった。

 「何だボウズ、邪魔だぞ。お前は研究対象じゃない」

 「な、なに勝手なこと言ってるんだよ!タケルさんはマントマンなんかじゃないぞ!」

 「ふふふ、ならばそれが本当かも調べてやろう。さあ、ボウズ!どけ!」

 そういいながらテルヒコがダイキに手を伸ばしたところで、

 「はい、不法侵入の現行犯で逮捕ー」

 そこでアカリの通報によって駆けつけてきた巡査さんによってその手に手錠がかけられた。

 「ん?」

 「あっ」

 ダイキとテルヒコは思わず手錠のかかった手を二人で見つめてしまった。

 「くぅ~、一度やってみたかったんだよね、これ。アカリちゃん、通報してくれてありがとうね。これで僕も大手柄だよ」

 巡査さんは笑顔でそういいながらテルヒコを引きずりながら玄関から出て行った。

 「お、おい待て!ボクが誰かわかっているのか!天才科学者のセンドウ テルヒコ様だぞ!」

 「はいはい、とりあえず話は交番で聞いてやるから、大人しくしてろ」

 巡査さんに引きずられながら、だんだんテルヒコのわめき声が遠くなってゆく。

 あとに残されたのはタケルとダイキと、心配でアオゾラ家に戻ってきたアカリとカオリの四人だった。

 「何だったんだ一体……」

 嵐のように突如やってきた自称天才科学者センドウ テルヒコは、訳も分からないまま嵐のように(強制的に)過ぎ去って行った。

 「あ、あの」

 アカリは久々に会うタケルに、思わず話しかけていた。

 「ん?」

 タケルが振り返る。その顔を見て本当は何か聞きたかったはずなのに、アカリはそれが何か忘れてしまい結局、

 「お、おはようございます」

 「うん、おはよう」

 と、挨拶ぐらいしかすることができなかったのだった。



 「タケルさん……」

 ダイキが心配そうな表情でタケルに呼びかける。

 所は変わり、ここは公園。今日のパトロールで最初に調査することになっていた場所である。

 公園についてさっそく小さな時空の歪みをタケルが発見し対処を終えたところだ。

 「どうしたんだいダイキ君」

 「本当にタケルさんの正体がばれちゃったのかなぁ」

 タケルのとぼけのせいでなんだかよく分からないままうやむやに終わってしまってしまったが、自称天才科学者のテルヒコにタケルの正体を言い当てられたのは事実だ。もしあてずっぽうではなく本当にあの妙な機械で言い当てたのだとしたら……。

 ダイキは横に置いてあるへんてこな機械、マントマン探す君壱号を見る。タケルがパトロールに向かう際に一緒に持ってきたのだ。正直ダイキはこんな変な機械を持ってうろうろしているところを人に見られるのは恥ずかしかったが、タケルとパトロールに出るという誘惑には勝てず、機械を背負うタケルと一緒に公園まで来た。

 今も子供を遊ばせる母親たちが、遠巻きに変なものを見る目で機械を調べるタケルを見ており、ダイキは居心地が悪いのだ。

「うーん、本当かもしれないなぁ」

 タケルは機械をいじりながら答える。

「うん、実際にこの機械は僕に反応している」

 タケルがダウジングロッドを自分に向ける度、コンピューターのモニターにはオメデトウの文字が躍る。(ファンファーレはさすがに恥ずかしすぎるとダイキが切ってしまった)

「本当?」

「うん、すごいなこれは。この世界の材料でこんなにも高度な機械が組めるなんて……大分我流で組んであるから分かりづらいけれど、僕たちの使っている機械と比べても変わらないくらいだ」

 タケルは腕を組み感心した。

 「ねぇ、タケルさん。やっぱり正体がばれるのってよくないことなの?」

 ダイキが疑問に思っていたことを口に出した。

 「うーん、絶対にダメっていう訳じゃないよ。現にダイキ君だって僕の正体を知っているわけだしね」

 「ふーん」

 「でも、あんまり多くの人に知られちゃうと動き辛くなる時もあるから、なるべく秘密にしておいた方がいいっていうのはあるかなぁ」

 「じゃあもしもあいつがみんなに言いふらしちゃったら……」

 ダイキの脳裏に高笑いしながら街中にタケルの正体を言いふらしながら練り歩くテルヒコが想像される。

 ダイキは一人で心配しているが、タケルはそれよりも、テルヒコがこの機械を作ったらしいことが気になっていた。

「本当に天才というだけでこんなものが作れるのだろうか?それとも……」



 一方アカリは交番に向かって走っていた。

 タケル達がへんてこな機械を持って出かけてしまった後、フユコがようやく家事を終えて庭にやってきた。そのフユコにテルヒコのことを話すと、

 「あら、やだわアカリちゃん。それはセンドウ先生のお孫さんよ。あなたのピアノの先生の」

 と、あっさりとその正体が判明した。

 「あたしも昨日初めて会ったんだけどね、この旅この街に引っ越してきたんですって。ほら、この間のおっきな人……何だったかしら、マントマン?あれを調べにきたんですって。なんでも外国の大学を休学してきているらしいわねぇ」

 「うん、そうそう、カオリもアカリちゃんもいないときだったからねぇ……そうなの、タケルさんのことも話したら、また近いうちに伺いますって。それで今日来たのねぇ。ダイキったら呼んでくれないからお茶がだせなかったわ」

 どうやら、自分は早とちりで通報してしまったのかもしれない。いてもたってもいられなくなったアカリは交番に向かっていたのだ。

 「あら?あれは……」

 アカリはそこで異常に気付いた。

 交番から煙が出ている。モクモクと黒い煙が。

 「か、火事!?」

 アカリは慌てて交番の前まで駆けた。交番の前の道路に倒れているのはテルヒコを連行していった巡査さんだ。

 「しっかりして!巡査さん!」

 アカリが呼びかけるが巡査さんは気絶している。交番を見れば、窓が焼け焦げており溶けかかったガラスの破片が交番内に散乱している。

 「も、もしかしてあのテルヒコって人がこんなことを?」

 アカリはひとまず救急車を呼ぶためにスマホを取り出した。



 「いつまでもここにいても仕方ないし、次のパトロール箇所に向かおう」

 タケルはしばらくの間機械をいじっていたが、やがて立ち上がるとそう言った。

 「そうだね、こうしている間にも何かが起こっているかもしれないんだしね」

 ダイキはようやくタケルの興味が機械から離れたことにほっとしていた。正直、傍から見ているとこのまま一日中この機械を調べていそうだった。こんな所をクラスの誰かに見られると変な噂になりかねない。ダイキはタケルを急かした。

 「よいしょっと、じゃあ行こうか」

 そういうとタケルはマントマン探す君壱号を背中に背負い立ち上がった。

 「って、タケルさん!それ、持ってくつもり?」

 「だって、ここに置いていくわけにもいかないだろう」

 「それはそうだけど……」

 しかし、ヒーローにポイ捨てをさせるわけにもいかない。仕方がないので一旦アオゾラ家に持ち帰ることになった。

 公園からの帰路の途中、主婦たちの井戸端会議に遭遇した。かなり声が大きく自然と耳に入ってくる。

 「聞いた?交番が変な奴に放火されたらしいわよ」

 「中にいた巡査さんは救急車で運ばれたって」

 「犯人は今も逃げているらしいわね」

 「警察が探しているんですって、物騒ねぇ」

 タケルとダイキは思わず顔を見合わせた。まさか……

 主婦たちの横を通り抜け路地の角を曲がると、そこにはテルヒコが腕を組み仁王立って待ち構えていた。

 「ハーッハッハッハ、またまた見つけたぞ!マントマンよ!」

 「げっ!テルヒコ!」

 「ふふふ、どうやってこのボクが交番から抜け出したか気になるという表情だな。教えてやろう!ボクの発明したドロンえんまく君の力により愚かな交番巡査の目を欺いてきたのだ!」

 聞かれても無いのにテルヒコが自慢げに説明する。

 「そして、こんなこともあろうかと僕の発明品には発信機が仕掛けてある!ボクの天才的頭脳に興味がわいてマントマンがボクの発明品を持ち出すことなどとっくにお見通しだったのさ!」

 そう言い切るとまたしても高笑いを始める。

 「お前!交番を爆破して逃げてきたのか」

 ダイキが詰め寄る。

 「何だ小僧!人聞きの悪い。ドロンえんまく君に殺傷力はない!人体に無害な煙が出るのだ!ボクは天才だからな!」

 「ウソつけ!巡査さんが救急車で運ばれていったって言ってたぞ!」

 「何ぃ?」

 テルヒコが不機嫌そうに睨む。

 「天才のボクの言うことが信じられないのか!」

 「お前のどこを信じろっていうんだよ!」

 ダイキとテルヒコが火花尾散らして睨みあう。さすがのタケルも間に入り諌めようとしたその時、遠くの方からパトカーのサイレンが近づいてきた。

 「見つけたぞ!交番放火犯!逮捕する!」

 パトカーから数人の警官が下りてくる。あっという間にテルヒコは囲まれてしまった。

 「気をつけろ、爆弾を持っているらしい」

 警官が警棒を構えてテルヒコににじり寄る。タケルとダイキは呆然とその光景を見ているしかなかった。

 「何だ!お前たちもあの巡査と同じくボクの天才さを理解できないらしいな!ならば見せてやろう。ドロンえんまく君!」

 そういうとテルヒコは白衣のポケットから小さなボールを取り出す。警官たちが怯んだ隙を突き、テルヒコは地面にそれを思い切り叩き付けた。

 ボウン

 瞬く間に辺りに煙が充満しあっという間に警官隊はテルヒコの姿を見失ってしまった。

 「ハーッハッハッハ、今回は仕切り直しだ!また会おう!」

 テルヒコは高笑いを残して煙に紛れてどこかへ去って行ってしまった。

 やがて煙が薄れてきて、警官隊は慌ててその後を追って行った。

 「本当に何なんだあいつ」

 ダイキはだんだんテルヒコに対して呆れてきていた。一方タケルは煙の成分をD・サーチャーでスキャンしていた。

 「人体に無害な成分……発火性も無し……か」

 タケルは、一度その交番を調べてみることにした。



 「はぁ、はぁ。天才とはいえ、全力で走ると疲れるな」

 テルヒコは警官隊をまき、身をひそめるために手ごろな林の中に逃げ込んでいた。

 「ふむ、ここは天才らしく、専用の車でも開発することにしよう。機能は、そうだな……」

 テルヒコが考えにふけっていると、林の奥の方で何かが動いた気がした。それに、全力で走ったからだと思っていたが、それだけでは説明できない程に周囲が暑い。

 「ふぅむ」

 テルヒコは確認するために林の奥へと入って行った。



 警官による操作も一段落したためか、交番には一人見張りの警官がいるだけだった。

 「タケルさん、どうするの?さすがに中は見せてくれないんじゃあ」

 「大丈夫、これを使おう」

 そういうとタケルはブレスレットの一部を取り外した。そのパーツから小さな羽が生え、虫のように飛び始めた。

 「よし、行って来いスパイバグ」

 スパイバグと呼ばれた機械は、まるで本物の虫のようにブーンと音を立てて交番へ飛んで行った。

 「へぇ、こんなのもあるんだ。あいつの変な機械よりもよっぽどすごいや」

 ダイキが感心しながらD・サーチャーを覗き込む。スパイバグの視界が画面に映し出されているのだ。

 「さて、焼け焦げた窓だ」

 スパイバグは残された窓枠を観察する。

 「テルヒコってやつ、こんなひどいことを……」

 現場の予想以上の惨状にダイキに怒りがこみ上げる。しかし、タケルは現場の違和感を見逃さなかった。

 「いいや、ダイキ君、よく見てごらん」

 そういうとタケルはスパイバグを交番内に侵入させた。中には焼け焦げた家具やガラスの破片が散らばっている。

 「これがどうしたっていうの?タケルさん」

 「もしも中で爆発が起こったのなら、ガラスは外に散らばっていなきゃおかしいじゃないか。でも交番の中に散乱している」

 「あっ、そうか」

 「ということは、本当にテルヒコは煙幕で脱出した、その後で、何者かが交番に向かって外から火を……っていうことになる」

 タケルがそう推理するとD・サーチャーに異常な値の時空波が検出された。

 「これは……ひょっとすると」

 反応は弱いが後を追うことはできそうだ。タケルとダイキは顔を見合わせ頷きあうと、その反応の後を追い始めた。



 「う、うーん」

 「あ、気が付いたのね」

 巡査さんと一緒に救急車に乗り込んだアカリは、目を覚ますまで心配で看病をしていた。

 「巡査さん、一体何があったの?」

 巡査さんはきょろきょろと病室内を見回し、そして自分に何があったのかをようやく思い出した。

 「そうだ!泥棒野郎が煙幕を使って逃げ出した後、急に窓の外でバサバサと音がしたかと思うと……鬼が飛んでいたんだ」

 「鬼?」

 「そう、鬼だ。そいつが本官に向かって火を吹いてきて……そこから先は覚えていない」

 空を飛ぶ鬼とはいったい……。アカリは、またこの街によくないことが起ころうとしている予感がした。



 「この林の中に反応が続いている……」

 タケルとダイキは交番に残された時空波の痕跡を追って町はずれの林に辿り着いた。

 「ダイキ君、くれぐれも慎重にね」

 「うん、タケルさん」

 二人はゆっくりと林の中に足を踏み入れた。いつもなら小鳥たちのさえずりで満ち溢れているはずのこの林が、今は不自然なまでに静かだ。おかしいことにこの林の中だけ、夏のように暑い。

 不自然さが雪崩のように押し寄せてくる。ダイキは、初めて怪獣と遭遇した時のあの感覚を思い出していた。

 少しばかり奥に入って行くと、木々の陰に隠れて何かを観察しているテルヒコを発見した。

 「あ!あいつ!」

 ダイキの上げた声に気付いたテルヒコが振り返り口に手をあて、静かに、とジェスチャーをした。

 「な、何だ?」

 二人が慎重に近づいてゆくとテルヒコは無言で手招きをし木の陰に誘い込んだ。

 「あれを見ろ、マントマン」

 テルヒコが林の奥を指さす。その先にいたものは――居眠りをする鬼のような鳥だった。

 本来ならば羽毛が生えているべき肌は、焼けただれわずかに羽毛を残すばかりでほとんど地肌である。羽も普通の鳥のものでは無く、空想上のドラキュラや蝙蝠男が持つような悪魔の羽に見える。

 足も鳥類のそれではなく完全に二足歩行となり、鬼の様という印象を加速させる。

 極めつけはその顔。表情のない鉄仮面を貼り付け口からは巨大な牙がいくつも飛び出している。寝息と共にそこから炎がちらちらと躍る。

 林の中で眠っているのは、時空異常により誕生した、火炎怪鳥ヒノエンマだ!

 「こいつが、交番を襲った真犯人……?」

 「おそらくそうだろうね。ただ、その時よりもかなり成長しているんだろうけれど」

 交番を襲った時には大鷲ほどの大きさであったヒノエンマは、現在怪獣と表現して差し支えない大きさに成長していた。

 「ボクも偶然見つけたんだ。どうしたものかと観察していた所に君たちが来たのだ」

 テルヒコも小声でしゃべる。初めて目の前で見る怪獣に、神経が張りつめているのか。

 「とにかく、ここからは僕の仕事みたいだ。二人はここからすぐに離れるんだ」

 タケルが戦士の顔つきになる。ダイキはその表情を見て大人しくここから離れることにした。

 「うん、邪魔になっちゃいけないよね。タケルさん頑張って」

 ダイキはタケルに手を差し出した。タケルもそれに応え握手を交わす。

 が、テルヒコは大人しく引き下がろうとしない。

 「バカを言うな!ボクは間近でマントマンを研究したくてこの街に来たんだぞ!」

 「バカ、テルヒコ!声が大きいって!」

 ヒノエンマが身じろぎをする。ダイキは冷や汗をかいた。もう眠りは浅いようだ。

 「テルヒコ君、危ないから避難するんだ」

 タケルも説得しようとするが聞き分ける様子が無い。 

「ふふふ、分かったぞ」

 急にテルヒコが笑い出した。

「いやあ、やはりボクは天才だ。つまりこういうことだ。マントマン、君はボクたちがいると変身できない、と」

「お前、なに当たり前のこと言ってんだよ」

 だんだんダイキもテルヒコに対してぞんざいになってくる。

「最後まで聞け、ボウズ。だがマントマン、君は襲われている人を見捨てて逃げるような男ではないはずだ」

 テルヒコが不敵に笑う。ダイキは嫌な予感がした。

「ならばボクが間近でマントマンを観察するために取るべき行動は一つだな」

 そういいながらテルヒコは足元に落ちていた手ごろな大きさの石ころを手に取りヒノエンマに向き直った。

「ようし、石なげちゃおっと!!」

 そういうとテルヒコは思い切り腕を振りかぶりヒノエンマの顔面目がけ投げつけた。

「あっ!バカ!」

「バカでは無い、天才だ!」

 ダイキが慌てて止めに入るがもうすでに石はヒノエンマに命中していた。

 一瞬の静寂。

 それがヒノエンマの不機嫌な声にかき消されるのはすぐのことだった。

 キエェェェェ

 ヒノエンマが立ち上がる。自らの眠りを妨げられた腹いせに周囲に向かって火炎を吐いた!

 林が火の海になる。足元の三人にはまだ気づいていないようだが、このままでは暴れまわるだけで踏みつぶされてしまうだろう。

 「チェンジ・ライブフォーム!」

 タケルがブレスレットを掲げる。

「おお!変身するのか!」

「こら、邪魔するな!」

 駆け寄ろうとするテルヒコをダイキが止めているうちに、タケルはマントマンになりヒノエンマへ躍りかかった。

 怒れるヒノエンマは突如現れたマントマンを敵と認識し襲い掛かる。口から吐き出される火炎弾がマントマンを襲う。それらを打ち払いながらマントマンの正拳がヒノエンマに突き刺さった。

 キエエェェ

 甲高い声を上げヒノエンマが苦しむ――が、それと同時に至近距離からの巨大な火炎弾だ!マントマンは真正面から火炎弾を喰らい後ろへと弾き飛ばされた。

 追い打ちをかけるように次々とヒノエンマが火炎弾を繰り出す。マントマンはそれらを態勢を立て直しすべて打ち払う。

「おお!すごい!これが本物のマントマンか!」

 テルヒコが子供のようにはしゃぐ。その横でダイキもすっかり観戦モードに入っていた。

「マントマンー!負けるなー!」

 セヤアッ

 マントマンが火炎弾の隙を突きブレスレットから光弾を――ライトバレットを撃ち出す。命中した光弾はヒノエンマの牙を一本折り火炎弾を一瞬止めた。

 その一瞬があれば十分。再びマントマンは距離を詰めるとヒノエンマの首を持ち背負い投げを決めた!

 キイイィィ

「よし!怯んだ!そのままライブシュートだ!!」

 ダイキが叫ぶ。テルヒコは――いない。

 ダイキがそのことに気付いた時、テルヒコはすでにマントマン達の方へ向かっていた。

「バカ!近づいたら危ないぞ!」

 ダイキも慌てて追いかける。

「ハッハッハ、すごい!すごいぞ!」

 テルヒコは間近でマントマンの戦いを観察するために戦場へと駆け寄って行った。もはや彼の頭の中は自らの研究でいっぱいで、危険を省みるという発想が消し飛んでしまっている。

「バカ、とまれって言ってるだろ!」

 ダイキもテルヒコに追いついた時、マントマンはすでにライブシュートの態勢に入っていた。ヒノエンマは立ち上がるも朦朧とし、仮面のため目線は分からないがただ下を向いてふらふらとしている。

「さぁ!やれマントマン!必殺技を見せてみろ!」

 そう叫んだ声が聞こえたのか、ヒノエンマがちらりと顔をテルヒコへ向けた。ダイキは仮面の奥の見えない目と、視線が合ったような気がした。ヒノエンマは、今聞こえてきた声が自分の眠りを妨げた奴と一緒のものだということに気が付いた。

 キエエエェェェェ

 激しい怒りと共に火炎弾がダイキとテルヒコに向かって放たれる!

「「うわあああああ!!!」」

 二人は思わず腕でかばおうとしたがこの大きさの火炎弾をまともに喰らってしまえば……

 マントマンはライブシュートの構えを解き、ブレスレットに手をかざすと叫んだ。

 チェンジ・セイヴフォーム!!

 マントマンの体が緑色の光に覆われてゆく。体を走るラインが赤から緑に、胸の宝玉が夜のような黒へと。そしてマントが萌えるような緑へと!

 マントマン第三のフォーム、セイヴフォームの誕生である!

 ダイキとテルヒコはいつまでも火炎弾の熱風が襲ってこないことに疑問を抱いた。気付けば周囲がうっすらと緑に光る壁に覆われている。

「これは……時空間のつながりに干渉して不可侵の空間を作り出している!」

 テルヒコが叫ぶ。

「えっと、つまり?」

 ダイキはまだ理解が追いつかない。

「つまりこれはバリアーだ!マントマンの作り出したバリアーだ!」

 マントマンのバリアーがふわりと浮かび上がり二人を安全なところまで離す。

「おお、作り出した空間は自在に動かすこと出来るのか!すごい!」

 ヒノエンマはそれを追おうとするが目の前に出現した巨大な一枚のバリアーにはじかれた。

 マントマンは二人が安全な場所に降りたことを確認すると自分の周囲にいくつもの小さな立方体のバリアーを展開した。くるくると回転するそれらは、マントマンの腕の動きに合わせヒノエンマに向け打ち出される。バリアーミサイルだ!

 キエエエェェェ

 たまらずヒノエンマは飛び立ち空中に逃れる。だがその行く手に緑のバリアー、かわして飛行しようとすればそちらにもバリアー。反撃のために火炎弾を吐こうとすれば、バリアーによって跳ね返される。

 ヒノエンマは、バリアーの鳥かごにかかってしまったのだ!

 ヒノエンマの空中での動きがぎこちなくなる。一瞬、真上のバリアーが解かれた。好機!ヒノエンマが上昇する――そこに待ち構えていたのはマントマン!ヒノエンマの動きを制限し読んでいたのだ。

 マントマンの空中蹴りが炸裂する。撃ち落とされたヒノエンマは立ち上がるだけで精いっぱいだ。

 マントマンはヒノエンマの前に降り立つと精神を集中する。ブレスレットに緑の光が溢れる。

 セイヴシュート!!

 そう叫ぶんだ瞬間マントマンとヒノエンマの間に何十枚ものバリアーが現れる。そしてその一枚一枚がヒノエンマ目がけ射出された!

 キイイイィィィ

 最後の一枚がヒノエンマに命中し砕け散る。ヒノエンマは断末魔の一声を上げるとそのまま仰向けに倒れこみ大爆発したのだった。



「タケルさん、あいつをそのまま返しちゃって良かったの?」

 ここはアオゾラ家の庭。ここに置きっぱなしになっていたマントマン探す君壱号をテルヒコに持って帰らせ、今はいつも通りの空間に戻っている。

「大丈夫だよ、危ないことはもうしないって約束させたし」

「いや、そうじゃなくってさ」

 ダイキはタケルの正体を言いふらされることの方が心配だったのだが。

 しかしタケルはあっけらかんとこう言った。

「大丈夫だと思うよ、テルヒコ君も、ダイキくんと同じだから」

「な、なにが!」

「君と同じ、ヒーロー好きってこと」

 ダイキはテルヒコと一緒にされたことに不満そうだったがタケルはテルヒコは信用してもいい人物だと感じていた。

 テルヒコがマントマン探す君壱号を背負いながら帰って行く。

「ふふふ、ヒリュウ タケルか……面白い奴だ。いつかその正体を研究し尽くしてやるぞ。天才科学者・センドウ テルヒコの名にかけて!」

 ハーッハッハッハッハ

 遠くから聞こえてくるテルヒコの高笑いに、ただただ苦笑いをするしかないダイキなのだった。 



 つづく

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時空戦士 マントマン じょう @jou-jou

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