第2話  憧れのヒーロー

 街に現れた怪獣と巨人――マントマンとの戦いの翌日。アオゾラ ダイキが小学校に登校してみると、クラス中巨人の話で持ちきりだった。

 「ダイキ!昨日の見た?」

 「う、うん」

 「すげーよな!おれの目の前でドカーンって!」

 つい昨日の朝までは幼稚なヒーロー番組なんか見ないぜとバカにしていたはずのクラスメイトのリョウタが、今朝になってみれば手のひらを反して巨人に夢中になっている。それだけのインパクトが、あの巨人にはあったのだ。ダイキは嬉しかった。またこんな風にみんなとヒーローの話で盛り上がれる。

 そしてそのヒーローの正体を自分だけが知っている。――なんだかちょっぴり誇らしい気分だ。

 「おはよう……」

 「お!ケンジ!お前も見たよな!昨日の!」

 リョウタは教室に入ってきたもう一人の友達のケンジを見つけるとさっそく話しかける。しかし、クラス中が昨日の騒ぎで浮足立ったような雰囲気だというのに何故だかケンジは元気が無いように見えた。

 「み、見たってなにが」

 ケンジがどことなくつっけんどんな調子で答える。

 「はぁ?見たってお前、決まってんだろ」

 「ケンジ君見てないの?」

 ダイキとリョウタは鈍いケンジにびっくりした。街中どこからでもあの戦いは見えていたはず、見てないはずがない。

 「ほら、昨日の怪獣と――」

 リョウタが当然だろうといった感じでその言葉を口にした途端、ケンジは怒ったように叫んだ。

「そんなの、知らねーよっ!」




「おらー!もたもたすんな!」

 時は少しさかのぼり、ここは早朝の港。今まさに今日の量の成果を持ち帰り、水揚げ作業に取り掛かっている。何よりも鮮度が命、多少荒々しいがてきぱきと作業は進んでいく。

 「おい、誰だ!こんなところにゴミ捨てた奴は!」

 その時一人の漁師が足元に散らばっていたサザエの貝殻を見つけた。

 「しらねーぞ、後にしろ後に!」

 「ったく、あとで捨てた奴とっちめてやるからな!」

 そう吐き捨てると漁師は排水溝の方向目がけて貝殻を蹴とばした。

 からからと音を立てながら転がって行く貝殻、そのいくつかが排水溝の中に落ちて行った。ポチャリポチャリと音を立てて水の中沈んでいく貝殻。しかしその一つだけが水面から顔を出した〝何か〟の上に乗っかった。

 〝何か〟は貝殻を顔に乗せたまますいすいと水の中を泳いでゆく。

 そのまま排水溝をさかのぼって行くとたくさんの貝殻を積んでできた山のようなものが見えてきた。〝何か〟はその山の頂上目がけて貝殻を投げるとそれに続いて水面から飛び上がり山へと登った。

 〝何か〟はねっとりとした目で貝殻を見回すとその中でも一際大きな貝殻を手に取り品定めするかのように顔を近づけた。

 その貝殻は気に入らなかったのか〝何か〟は別の貝殻に手を伸ばした。薄暗い排水溝の中に届く少ない光を貝殻の品定めする〝何か〟の粘液に覆われた体表が気味悪く反射している。

 やがて満足がいったのか、〝何か〟は今まで背中に乗せていた貝殻を外すと、新たに貝殻を背負った。付け心地に満足したのか〝何か〟は再び水中へと飛び込んだ。

 波紋だけを残し、〝何か〟の姿は見えなくなり、排水溝の中には奇妙に積まれたサザエの貝殻だけが残されたのだった。


 

 「はぁ~、何にも無いのが取り柄みたいなもんだったのに、この街一気に物騒になったな~」

 机の上にうつぶせになり、講義の前から寝る気満々でそう呟いたのはヒナタ アカリの大学の学友、ユズだった。

 「勉強できなくてこんなへんぴなとこまで進学してきたってのにぃ」

 朝でも夜でも、いつ会ってもけだるそうにしている。アカリはユズがシャキッと立っているところを見たことが無い。今も語尾が伸びに伸びている。

 「ユズ……へんぴなって、ここ一応あたしの地元なんだけど」

 「だってぇ、ほんとじゃんよぉ~」

 小学校とは違い、さすがに大学の中では昨日の一件は一部の物好き以外には割と冷静に受け止められていた。せいぜいユズのように世間話の一つ、大事に至らなかった交通事故くらいの受け止められ方だった。

 「…………」

 「ん~?アカリ、何ぼやっとしてんのぉ?」

 年中ぼんやりしているユズに言われる筋合いはないのだが、アカリは確かに考え事をしていたせいでぼんやりしていたかもしれない。

 「うん、近所にああいうの好きな男の子がいてね、どう思ってるのかなって」

 「あ~、子供は好きだもんねぇ、ああいうの。あたしには全然わかんないけどさぁ」

 「ユズはなんかそういう感じだよね」

 アカリは思ったことを口にする。

 「ん~?アカリってば、そういうの好きなの?」

 「えっ、あたし?」

 思わぬことを言われた。以前はたまにダイキに付き合って見ることもあったが、はて、自分はああいうヒーローが好きなのだろうか。

 「いきなりそんなこと言われても……分かんないかな」

 「何それ」

 自分でもよく分からない答え方をしてしまったと思うが、これが今のアカリの正直な気持ちだった。

 昨日、あの巨人を見た時のあの気持ちは……一体なんだったんだろうか。それに、アカリは何だか、あの巨人に見覚えがある気がしてならないのだった。



 「なぁ、ケンジ変だぜ」

 「うん……どうしたんだろ」

 ダイキとリョウタは机に座りながらケンジの様子を心配していた。いきなり怒鳴ったかと思うと今度は急に一言も喋らなくなってしまう。その後すぐに朝礼が始まってそこで話は終わってしまい、結局問いただすことはできずそのままになってしまった。

 朝礼では先生が昨日の怪獣騒ぎについて、しばらくは何があるか分からないから集団下校をするようにといった。その間もケンジは怪獣や巨人という単語が出るたびに機嫌悪そうに……といよりも所在なさげにうつむくのだった。

 「なんか俺たちしたっけ?」

 「何もしてないと思うけど」

 自分たちが何か怒らせるようなことをした覚えもない。それにケンジは、ダイキたちだけでなく何だかクラス中のみんなを避けているようだった。

 「休み時間もひとりでどっかいっちまうし」

 みんな昨日の巨人の話に夢中でその話に入ってこないケンジのことなどまるで気にしていない。

 「はぁ……せっかくケンジとマントマンのこと話せると思ったのに」

 「……なにそれ?」

 「えっ?なにが?」

 リョウタがキョトンとした表情をしている。ダイキも、何故キョトンとされたのかが分からずキョトンとしてしまう。

 「いや、さっきの……マントとかっての」

 「えっ、マントマンのこと?」

 今更マントマンがなんだというのだろう。ダイキは最初全く〝それ〟に気が付かなかった。

 「だから、なにそれ」

 「なにそれって、ほら、昨日の巨人――」

 と、そこまで言いかけて、ダイキはマントマンという名前はまだ自分とタケルしか知らないことに気付いた。

 「あっ……その……」

 「お前……まさか……」

 いけない、タケルさんのことは内緒にしておかなくてはいけないのに!

 こんなことで正体をばらしてしまってはきっとタケルさんに軽蔑されてしまう……!何とかごまかさないと、とダイキが考えていると

 「あの巨人にあったのか!」

 「え、ええーーっ!」

 と、いきなり図星を指されてしまった。

 「そうなのか?」

 「え、えーっと……」

 「そういやお前あの時山の方に行ってたよな」

 「う、うん……」

 リョウタが机を叩かんとばかりに身を乗り出して追及してくる。あまりの勢いにダイキは椅子から落ちそうになる。

 「その時に怪獣に襲われて、んで巨人に助けてもらったんだろ!」

 「そ、それは……」

 まったくもって図星である。どうしよう、シラを切るにも少々リアクションをとりすぎてしまった。――いや、待てよ。

 その時ダイキにある閃きが生まれた。いっそリョウタに正直に話してしまうのはどうだろうか。いや、勿論タケルの正体は秘密だが、自分がずっと口を閉ざしていては、せっかく考えたマントマンという名が一向に広まらない。ならば……

 こうなったらこのチャンスを生かしてマントマンの名前を街中に広めることにしよう。ピンチは最大のチャンス。よく父の言っている言葉だ。ダイキはそれを思い出しながら、タケルの正体を隠して巨人の話をした。

 「スゲーじゃん!ダイキ!」

 「そ、そうかな?たまたまだよ」

 思いのほか簡単に信じてくれた。危ないところだったが、おしゃべりなリョウタに任せておけば、あの巨人の名前がマントマンであると広めることができそうだ。

 「よし、ケンジにも教えてやろう」

 リョウタがそんなことを言って振り返ると、しかしそこにはもうケンジの姿は無かった。

 「あれ?どこいったあいつ」

 「ケンジ……」

 ダイキとリョウタは訝しげな目で空席を眺めるがケンジは帰ってくる様子が無い。どうやら二人が話に熱中している間にどこかへ行ってしまったようだ。

 「いったいどうしたってんだよ……」

 リョウタは不機嫌そうに、そう呟いた。



 春先にしては少々熱いくらいの太陽の照りつける昼下がり、急な坂を大きな買い物袋を抱えておりてゆくおばあさんの姿があった。どうもおばあさんには少々重たい荷物の様で、大分歩くのに難儀している。

 すると、荷物の重さに耐えきれなくなったのか、おばあさんの持っていた袋の底が突然裂けてしまった。

 「あらやだ……ああっ!」

 おばあさんは坂を転げ落ちてゆく荷物を拾おうとしてバランスを崩してしまった。このままでは転んで怪我をしてしまう。

 「危ない!」

 と、その時、さっとおばあさんに手を差し伸べた青年がいた。なんとか間に合いおばあさんの手を優しく掴むと青年――ヒリュウ タケルは心配そうにおばあさんに話しかけた。

 「大丈夫ですか?お怪我は?」

 「ああ、大丈夫よ、ありがとうそれより私の荷物が……」

 見ればおばあさんの荷物はバラバラに散らばり坂の下まで行ってしまった物まである。

 「任せてください、僕が拾いましょう」

 そういうとタケルは坂に散らばった荷物たちを拾い始めた。

 「ええっと、これと、これと……ああ、あっちにも」

 てきぱきと荷物を拾ってゆくタケルが、坂の下に落ちた荷物を拾いに行こうと坂の下を見ると、そこにはタケルと同様に荷物を拾い上げる男性の姿があった。

 「どれ、私も手伝いましょう」

 タケルの方を見てにっこりとほほ笑むと、男性は再び荷物を拾い始める。

 「ありがとうございます!」

 タケルは、思いがけない助っ人に素直に感謝の言葉を述べた。



 「どうも、本当にありがとう。わざわざ私の家まで」

 「いえいえ、お気になさらず」

 タケルと男性は荷物をまとめ上げるとおばあさんの代わりに荷物を家まで持ってあげることにした。おばあさんは何度もお礼を言いがら自分の家へと入って行った。

 それを見届けると、タケルと一緒に荷物を運んだ男性が嬉しそうに話しかけてきた。

 「いやぁ、最近の若者にしては中々感心な青年だ」

 「当然のことをしたまでですよ」

 男性は、和装をしている。その体格は非常に力強い物で、何か武道をたしなんでいるかのように立ち姿にゆるみが無い。しかし威圧感は無く、優しげな包容力に溢れている。

 「君はこの街の住人かな?」

 「いえ、最近この街にやってきたばかりです」

 「ほう、そうかね。ああ、私はこの街で剣道の道場を開いているアオゾラ タカカズという者だ」

 男性――アオゾラ タカカズはそう名乗った。

 「アオゾラ……ってもしかしてダイキくんの?」

 聞き覚えのある名前にタケルが反応すると、タカカズはやはりといった風に頷いた。

 「ふふふ、やはり君がタケル君かね。昨日はうちのダイキが世話になったようだね。本当にありがとう、キミはダイキの命の恩人だ」

 どうやらタカカズはダイキの父のようだ。ダイキはきっと昨日タケルに助けられたことを(マントマンの正体については伏せて)父に話したのだろう。

 「ピンときたよ、ダイキから聞いていた通りの人のようだ」

 「ダイキくんが……?」

 「ああ、まるで太陽のような好青年だと。その通りだ」

 タカカズはタケルをみてほほ笑んだ。

 「君はしばらくこの街にいるのかね?」

 「はい、しばらくは」

 それを聞くと、タカカズは顎に手を当て、街を見回すように視線を動かした。

 「そうか。この街は都会に比べれば刺激は少ないが、人間らしい空気に満ちている。」

 「ええ、そうですね」

 タケルは感じていたことを正直に口にした。それを聞いたタカカズは満足げに頷いた。

 「分かってくれるかね、ありがとう。きっと過ごしやすい街のはずだ」

 そう言ったタカカズだが目は言葉とは裏腹に厳しい目をしている。

 「……タケル君、君は昨日の怪獣についてどう思う?」

 「はい?」

 タカカズは真剣な目でタケルに問いかけてきた。

 「君はこの街に来たばかりだろうが、私たちはこの街に住んでいる。あんなものは当然今まで一度たりとも出てこなかった。一夜明けて、皆落ち着きを取り戻しただろうが、またああいう物が現れれば、今度こそ皆が無事という保証はない」

 「……ええ」

 「君は、また怪獣が現れると思うかね?」

 タカカズがタケルに本題を問いかける。

 「僕は……きっと楽観はできないと思っています。平和を信じることも大事ですけど、盲信して何かが起きた時に手遅れになる様では意味がありませんし」

 「君もそう思うか」

 タカカズは一人納得したように何度も頷いた。

 「いや、すまないな、いきなりこのようなことを聞いてしまって」

 「いえ、大丈夫です」

 「そうかね、ありがとう」

 タカカズは空を見上げるとかみしめるようにつぶやいた。

 「この街に住む者の一人として、一体何ができるか……昨日からそんなことばかり考えてしまってね。ありがとう、私の話に付き合ってくれて」

 「僕なんかでよければいくらでも」

 タケルがそういうと、タカカズはまたもとのようにほほ笑んだ。

 「昨日の巨人が何者かということも分からないし、当分は悩み事が続きそうだ」

 「でも、この街にまた何かが起きれば、きっとまた彼が助けてくれる……そんな気がするんです」

 「ふふ、それが楽観ではないかね?……まぁ、私もそう思っていたがね」

 タカカズは昨日巨人と怪獣が戦っていた辺りに目を向けた。今はただただ青い空が広がるばかりだが、タカカズには戦いの光景が映っている。

 「願わくは……彼がこの街を好きになってくれれば嬉しいね」

 「……きっと、彼はもうこの街のことを好きになってますよ」

 タケルもタカカズと同じ方向を見つめそう呟いた。しばらく二人とも一言も発せずに空を見据えていたが、タカカズが沈黙を破った。

 「おお、いけない。そろそろ道場に帰らなければ。道場主が昼間からぶらぶらと遊んでいては門下生に示しがつかんな」

 タカカズはタケルをもう一度見ると、深々と頭を下げた。突然のことにタケルは面喰ってしまった。

 「ど、どうしたんです」

 「いや、もう一度ダイキのお礼をと思ってな。君のしてくれたことを考えればいくらお礼をしても足りん位だ。いずれ時間を取れれば、しっかりしたお礼をさせてもらいたい」

 「そんな……かまいませんよ、当然のことをしただけなんですから」

 「いや、たとえそうだったとしても、それでもするのが礼というものだ」

 タカカズは至極真面目な調子でそう言う。

 「では、今日はこれで。またダイキに会うことがあれば、良くしてやってくれるとうれしい」

 「はい、わかりました」

 タケルは深く頷いて了解の意を表した。

 「ありがとう……では、また」

 その言葉を聞いて、タカカズは袴を翻して去って行ったのだった。



 「なぁ、朝から何なんだよ」

 「別に何もないよ」

 時は移って正午過ぎ、学校は昨日の怪獣騒ぎの影響で午前中までの授業となり、ダイキはケンジとリョウタと一緒に帰路に着いていた。

 結局朝からずっとケンジはむっつりとしたままで、そんな煮え切らない態度にリョウタは次第にいらいらを募らせていた。だんだん悪くなっていく雰囲気にダイキはオロオロするばかり、二人に挟まれて非常に居心地悪く感じていた。

 「リョウタ、そんなきつく言わない方が……ケンジも、お腹でも痛いの?」

 ダイキは今にもつっかりそうなリョウタを諌めつつケンジを心配してそう聞いた。ケンジは一瞬ダイキに何かを答えようと口を開いたが、そこでぴたりと止まってしまい、

 「だから、別になんでもないんだって」

 と、朝からずっと繰り返してきた言葉をまた呟いただけだった。

 「……もう知らねー!ダイキ、もうコイツ放って行くぞ!」

 ついにケンジの態度に耐え切れなくなったリョウタはケンジを無視して走り出してしまった。

 「あ、待ってよリョウタ!」

 急に走り出したリョウタを追おうとしたダイキだったが、しかしケンジをホントに放っていいものか。振り返ってケンジを見てみるが、ケンジは全くリョウタを追う様子はない。

「ケンジ……」

「いいよ、行けよ」

 結局、ダイキはその言葉を聞いて、理由は分からないが今日はケンジをそっとしておいた方がいいだろうと判断し、リョウタを追った。

 ケンジはそんな二人を見ても追いかけるそぶりは見せずむしろどんどん歩みを遅くしていく。

 「おい、ダイキ、あんな奴は放っておいて、昨日マントマンに会ったってとこに連れてってくれよ」

 「え?」

 「なぁ、いいだろー?」

 だんだん遠ざかって行くダイキとリョウタの声を聞きながら、ケンジはただただ二人をじっと見つめていた。その目は、軽蔑とも羨望とも取れない複雑なものだった。

 そんなケンジとは対照的にダイキとリョウタは明るくわいわい騒ぎながら昨日マントマンと会った山へと向かった。

 特にリョウタはケンジと離れたことでいささか機嫌も回復した様子、というかマントマンのことにばかり気が行ってすっかり忘れているといった方が正しいかもしれない。

 「いや~、楽しみだなぁ!どんなところなんだろ!」

 「うん、すごく見晴らしがいいんだ。街中どこでも見えるんだよ」

 「知らなかったぜ、そんなところがあったんだ」

 リョウタはわくわくを押さえられないのか、そわそわと落ち着きなく動きながら歩く。そんな風に騒ぎながらしばらく歩いていると、昨日ダイキが山に登った地点に着いた。

 「あ、ここから登るんだよ」

 ダイキが指さしながら振り返ると、リョウタが信じられないものを見たかのように目を大きく見開いている。

 「ど、どうしたのリョウタ?」

 「お前、こんなとこ登ったのか?」

 リョウタが信じられないといっった風に、質問というよりは非難に近い声を出した。

 「うん。結構きつかったけど、登れないことも無いよ」

 「ウソだ!絶対!」

 ダイキは大丈夫となだめるが、リョウタは目の前にある山道のあまりに酷い道なき道っぷりに完全に戦意を削がれてしまったようだ。

 「ていうか、なんでこんなとこ登ろうと思ったんだよ」

 何故か登る前から疲れているリョウタは、そういえば、と思いついたかのようにダイキに聞いた。

 「え、あ、あの、それは……」

 しかし、ダイキはそれに答えられない。本当のことを言ってしまえばタケルの正体がリョウタにばれてしまうかもしれない。

 「なぁ、なんか隠してるのか?」

 「べ、別に……何も」

 どうにも歯切れの悪いダイキにさすがにリョウタも不審に思ってか、ダイキを見る目が疑いの眼差しになって来ている。

 「お前、まさかマントマンに会ったってのはウソなんじゃねーの?それでこんな登れない所にいたとか言ってるんじゃ!」

 「ウソじゃないよ!」

 せっかくマントマンの名前を広めようとしているのに出会ったことを嘘だと思われたら、マントマンという名まで嘘だと思われてしまうかもしれない。それだけは避けたくてダイキは大声で否定する。

 「うわっ、いきなりでかい声出すなよ」

 ダイキのあまりの気迫にリョウタはたじろいでしまう。何だか嫌な予感がして一歩後ろに下がろうとしたリョウタだったがその腕をダイキに捕まれてしまった。

 「お、おいダイキ!」

 「ついてきなよ、ウソなんかじゃないんだから!」

 ダイキはそう言ってリョウタの制服の袖を掴むと、無理やり引きずって山を登るべく歩き始めた。

 「や、やめろって!俺こんな所登れねーって!」

 「大丈夫、ウソなんかじゃないって証明してみせるんだから!」

 昨日登った時にはダイキもいっぱいいっぱいだったというのに、汚名をそそぐことに夢中のダイキはそんなことも忘れたように無理やり突き進んでいく。山を登ったところでマントマンがいるわけでもないので、落ち着いて考えればダイキたちが山に登っても何も証明されないのだが、ダイキは必死過ぎて気付けないでいた。

 「わ、分かった、信じるから!ちょっと待ってくれって!」

 リョウタが情けない声で嘆願するもすっかり頭に血が上っているダイキには届かない。

 「ちょ、ちょっと、ダイキ!」

 ついにリョウタが山の中に飲み込まれそうになったその時、

 「あれ?ダイキくん、なにしてるんだい?」

 と、リョウタの声はシャットアウトし続けたダイキの耳が聞き覚えのある爽やかな青年の声に気が付いた。

 「えっ?あ!タケルさん!」

 ダイキはタケルの姿を認めた途端掴んでいたリョウタの制服の袖をあっさり離すと素早くタケルの元へと駆け寄った。そのあまりの速さに、事態が呑み込めていないリョウタは掴まれていた袖を離された反動で地面に尻餅をついてしまった。

 「ああ、大丈夫かい?」

 タケルはそんなリョウタに駆け寄ると素早く手を差し伸べた。

 「あ、ありがとう……ございます」

 打ってしまったお尻を痛そうにさすりながら、リョウタは一応たどたどしくお礼を言った。

 「君はダイキくんのお友達かい?」

 「は、はい……」

 「初めまして、僕はヒリュウ タケル、よろしくね」

 「は、初めまして」

 リョウタは一応自己紹介はしたものの、全然知らない青年の登場に少々戸惑っている。

 「あ、そうだ!リョウタ、タケルさんも僕がマントマンに助けられたときに一緒だったんだよ!」

 「えっ!?ホントに?」

 ダイキは信じてもらうチャンスとばかりにリョウタにタケルとの出会いをまくしたてる。

 「ちょ、ちょっとダイキくん!」

 ダイキが興奮して余計なことまでしゃべってしまう前に止めようと、タケルは慌ててダイキに耳打ちした。

「もう、ダメじゃないかダイキくん、僕のことはなるべく内緒にしておいてって言っただろう?」

「あ……ごめんなさい、でもあのことは言ってないから……」

「ダイキ、内緒って何のことだ?」

 いきなり後ろから聞かれてダイキはびくっと飛び跳ねた。どうやらリョウタに聞かれてしまったようだった。ダイキは一番聞かれてはいけない所を聞かれてしまったと冷や汗が出てきた。

 が、タケルは動揺するそぶりも見せず、

「いやぁ、実はさっきダイキくんのお父さんに偶然会ってね、昨日危ない目にあったっていうのは内緒にしておいたよって言ったんだよ」

 と、立て板に水とはまさにこの事と言わんばかりにすらすらと作り話をしてごまかしてしまった。



 ダイキはタケルが自分の知らない間に父のタカカズと会っていたということに少なからず驚いていたが、せっかくタケルが作ったチャンスを台無しにしてはいけないとタケルの言葉に同調した。

「そ、そうそう。ね、タケルさん!」

「ああ」

 ごまかせたかどうか心配でちらっと自分を見たダイキに、タケルはいたずらっぽくウインクして見せた。リョウタも深く考えることも無く、タケルの話に納得したようだ。 

「それより、二人はこんなところで何してるんだい?」

 タケルはさらっと話題を変え、二人に尋ねた。

「うん、リョウタが昨日の山の広場が見たいっていうから案内してあげようかと思って」

「でも、俺はこんな道だなんて思ってなかったよ」

 リョウタはまた愚痴を言い出した。タケルはそんな二人の様子を見てほほ笑むも、たしなめるように口を開いた。

「ダイキくん、昨日あれだけ危ない目にあっただろう?今日は大丈夫なんて保証もないのに、そんなところへ友達を連れて行ったら危ないじゃないか」

「う……ごめんなさい」

 だんだん冷静になってきたダイキは、確かに軽はずみな行動だったかもしれないと素直に反省した。そんなダイキの隣でどうやらこれであのきつそうな山道を登らずに済みそうだ、と一人リョウタはほっとしていた。

 しかし、山に登るのは思いとどまったもののまだ昼の1時を過ぎたばかり、ダイキたちはすることが無くなってしまった。公園に行こうかとも思ったが、子供だけでうろついていては昨日の今日だ、家に帰れと咎められるかもしれない。

「それなら、僕にこの街を案内してくれないかな?」

 さてどうしたものかと思案していたダイキたちに、タケルが提案した。

「まだ僕もこの街に来たばかりだし、いろいろ教えてほしいな」

「うん!いいよ!」

 昨日はあの後すぐにどこかへ去ってしまったために、実はダイキはタケルとしっかり話をしていない。ひょっとするとこれは絶好の機会かもしれない、とダイキは二つ返事で引き受けた。

「うーん……まぁ、いっか」

 どうせ他にすることも無いし、と、リョウタも渋々付き合ってくれるようだ。

「じゃぁ、タケルさん、行こう!」

 待ちきれない!とばかりに元気よく出発したダイキ達。やがてその後ろ姿が見えなくなった頃、木陰から一つの影が現れた。

 羨ましそうにダイキ達の背中を見ていたのは、さっき別れたはずのケンジだった。

 しばらくダイキ達が去って行った方向をじっと見つめていたケンジだったが、やがてゆっくりと振り返ると山道の入口に歩み寄ったのだった。



「でね、その時僕の真上で――」

「ホントに助けてもらったんだなー。羨ましいなぁ」

 タケルに街を案内する道すがら、ダイキは昨日のマントマンの戦いについてリョウタと話していた。リョウタも本当はヒーローが好きなのだ、今までは周りにバカにされるからと同調してヒーローをバカにしてきたが、目の前で見たマントマンの戦いにそんな思いはどこかへ吹き飛んでしまったようだ。

 そんな訳で、ヒーロー好きな男子二人の会話はとても白熱した。身振り手振りはもちろん、あの時の技はなんていうのだろう?といった疑問も沢山出てきた。ダイキはさりげなくタケルの顔を伺ってみたが、さすがにリョウタの前ではしゃべってはくれないようだ。

「あら、ダイキちゃんにリョウタちゃん」

「あ、ケンジのおばさん」

「こんにちは」

 案内の途中、声をかけてきたのはケンジの母だった。

「ねぇ、うちのケンちゃん知らない?てっきり一緒だと思ったんだけれど」

「えっ?」

 ダイキ達はケンジがまだ家に帰ってなかったことにびっくりした。

 「午前中で学校は終わりだって言ってたのに帰ってこないのよ」

 「えーっと……」

 「僕たちも途中で別れたからてっきり帰ったんだと思ってたんだけど」

 「もう、本当にどこ行っちゃったのかしら……もし見かけたら早く帰ってくるようにいってね」

 そういうとケンジの母は去って行った。

 「ケンジ……何だってんだよ」

 ほとんど喧嘩別れのようにケンジと別れたリョウタだったが、まだ家に帰っていないと知って少し心配のようだ。

 「ケンジ、どこに行ったのかな……」

 ダイキも心配になってくる。

 「二人とも、ケンジくんが行きそうな所とか、心当たりはあるかい?」

 「いつもだったら公園だけど……」

 だが、もうそこには一度寄った。遊ぶ子供はいつもより少なく、リョウタを見逃したとは思えない。

 「うーん……」

 ダイキが考えていると、ふと去り際にリョウタと山の広場のことを話しながら歩いていたことを思い出した。

 「もしかして、僕たちの話を聞いてて、山に登っちゃったんじゃ」

 「えーっ?あんな所絶対登ろうなんて思わないって」

 「でも、もし登ってたらどうする?」

 そういわれると、リョウタは何も言い返せなかった。もし一人で山に登っていて、昨日のような怪獣に襲われてしまったら……

 「うーん……どうも心配だな。よし、ちょっと僕が見て来るよ」

 昨日の今日で、一体どんな危険があるとも限らない。タケルはそう判断した。

 「じゃ、じゃあ、僕も行くよ!」

 心配になったダイキが付いて行こうと名乗りを上げたが、タケルは首を振った。

 「大丈夫、見つけたらすぐに山を降りるように言うから」

 そういうとタケルは駆けだした。

 「二人はもう家に帰った方がいいよ!」

 ダイキとリョウタに手を振りながらあっという間に遠ざかって行くタケルを、二人はただ呆然と見送っていた。



 苦も無く獣道を駆け上がって行くタケル。周囲の様子を、マントマンに変身する際にも使用した万能デバイス“D・サーチャー”を使い探りながら進むが、大きな時空異常は観測されない。

 やがて山の広場に近づいてくると、“D・サーチャー”が人の気配を検知した。

 木立の間を抜け広場に出るタケル、その目に一人さみしそうに切り株に腰掛けている少年の姿が映った。

 「君がケンジ君かい?」

 後ろから声をかけられびっくりして振り返った少年は、やはりケンジだった。

 「だ、誰?」

 「えーっと、僕はヒリュウ タケル。君のお母さんがいつまでたっても君が帰らないから心配しているよ」

 突然現れた知らない青年に母が心配しているなどと言われて、ケンジは少々警戒しているようだ。怪訝な表情でタケルを見る。

 「ダイキ君もリョウタ君も心配していたよ」

 タケルが二人の名前を出した途端、ケンジは険しい顔つきになってしまった。不快そうに顔をそむけるケンジに、タケルは優しく話しかける。

 「ケンジ君、どうして二人を避けるんだい?二人とも理由が分からないって困ってるよ」

 「か、関係ないだろ!」

 こっちを向こうともしないケンジに、タケルは声をかけ続ける。

 「もしかして……昨日の巨人が関係しているのかい?」

 タケルが巨人のことを口にした時、ケンジの小さな方がピクリと動いた。

 「ダイキ君から聞いたんだけど、キミのお兄さんはヒーロー番組を見ていた君をバカにしたそうだね。」

 「…………」

 ケンジは答えない。

 「そんなお兄さんを見返してやりたくて、キミはヒーロー番組を見るのを止めた。始めはほんの少しの間のつもりだった。でも、クラスのみんなまで同じようにヒーロー番組を見るのを止め始めて、だんだん引っ込みがつかなくなっちゃったんじゃないかい?」

 「な、なんで……」

 ケンジが口をあんぐりとあけタケルを見つめる。

 「何でそんなこと……」

 顔つきこ最初と同様険しいままだが、目は今にも泣きそうになっている。

 「僕の友達にもね、君と似たような人がいたんだ。その子は本当はヒーローが好きなのにその気持ちを押し殺さなきゃならなかった。周りの人がそれを決して許してくれなかったからだ」

 タケルはケンジの前にあった別の切り株に腰掛けるとケンジと目線を合わせて語り続ける。

 「でも、ある日その友達の周りの人たちは、突然手のひらを反してヒーローをもてはやし始めたんだ。その友達は怒ってね。なんで自分がずっと我慢してたのに、みんな何もなかったみたいにヒーローの話ばかりしているんだ!……ってね」

 「それって……」

 「ケンジ君、君も同じなんじゃないかい?」

 タケルはケンジの目をまっすぐ見つめて問う。ケンジは目線を外そうとするが、できない。自分でふたをしていた感情を突然見ず知らずの青年に指摘され、ケンジは混乱している。そして――

 「ち……違う!僕はヒーローなんか好きじゃない!」

 ケンジは絞り出すようにそう叫び、再び開きかけた自分の感情にふたをしてしまった。

「……そうかい」

 タケルは目を伏せ少し残念そうにそう呟いた。しかし、そこには非難の調子など一切含まれていない。

「ねぇ、ケンジ君」

「な、なに?」

「せめてこれだけは言わせてもらえないかな」

 再びケンジと目線を合わせ、タケルは語りかける。

「僕はヒーローが好きだ。ダイキ君やリョウタ君もヒーローが好きだ。でも君はヒーローが嫌いなんだね。でも、それでもいいんだよ」

 タケルは優しく諭すようにケンジに語りかける。

「君がヒーローが嫌いで、ダイキ君やリョウタ君がヒーローが好きで……もし二人と好き嫌いが違ってても、友達になれないなんてことは無いんだよ」

 ケンジがはっとした表情になる。

「君がヒーローが嫌いでもいい。でも、友達は嫌いにならないで欲しいんだ」

 タケルはそういうと、優しく微笑んだ。

「ぼ、僕は……」

 ケンジは再び混乱した。……いや、動揺というべきか。

「でも……僕は二人に……」

 ケンジは今朝からの二人への態度を思い出していた。自分勝手に二人を拒絶して、もう二人は自分のことを友達だなんて思ってくれないかもしれない。

「心配ないよ」

 タケルはそういうと切り株から立ち上がり森の方を指さした。

「えっ?」

 ケンジがその先を見たとき、森の奥から声が聞こえてきた。

「おーい、ケンジー!」

「いないのかー!」

 ケンジが聞き違えるはずがない。この声は……

「そんな……」

 あんなにひどいことをしたのに。でも間違いない、この声はダイキとリョウタだ。

「おーい!」

 声はだんだん近づいてくる。

「ほら、行ってごらん」

 タケルが優しく促す。ふらふらと立ち上がったケンジは声のする方へゆっくりと歩き出した。

「あ……もうこんなとこまで来たのか……」

 やがてそんなことを呟きながら木立の中からダイキが、続いて少し疲れた様子のリョウタが現れた。

「はぁ……ホントに登ることになるなんて」

「あ!ケンジ!」

 ダイキがケンジの姿を見つけ駆け寄る。

「もう、心配したんだよ!」

「そうだぞ、こんな所一人できて何してんだよ」

 リョウタも肩で息をしながらケンジの方へやってくる。

 二人とも、自分の心配をしている。今朝からひどいことをしてきたのに。

「何で二人とも……僕のことなんて」

 ケンジは今にも泣きそうになるのを必死にこらえている。

「おいおい、どうしたんだよ」

「ケンジ?大丈夫?」

 ダイキもリョウタも、ただ純粋にケンジのことが心配でここにやってきたのだ。

「ほらね、大丈夫だった」

 震えるケンジの肩に優しく手を置いたタケルは、ケンジにだけ聞こえるようにそういった。

「あ!タケルさん!」

 タケルの姿に気付いたダイキは少し罰が悪そうな顔をした。

「二人とも、危ないからちゃんと家に帰るようにって言ったじゃないか」

 タケルは少したしなめるような口調だが、本気で怒っているわけではない。

「だってケンジが心配で……!」

 ダイキのその言葉を聞いた瞬間、ケンジの押さえていた涙があふれ出した。

「うう……二人とも……ありがとう」

「ケンジ?」

 突然泣き出したケンジに、二人はただただ困惑するしかなかった。

「ケンジ君は二人と仲直りしたいんだってさ」

 タケルが助け船を出す。

「う……うん、ごめんなダイキ、リョウタ」

 タケルに促され、ケンジは今朝からずっと言えなかった言葉をようやく口にすることができたのだった。




 ――少し時は流れ、四人は山を降り始めていた。

「でもさ、別に大したことないよなこの山」

「リョウタ……登る途中で何回〝もう無理〟って言ったと思ってるんだよ」

 山を少しずつ下るにつれて、だんだんとリョウタは軽口が多くなってきている。ケンジも、ダイキにたしなめられる姿を見て笑っている。今朝のピリピリした空気が嘘のように三人は元気に山を降りてゆく。そこにはもう、いつもの仲良し三人組の姿があった。

 ダイキは少し後ろを歩いていたタケルに近づくとこっそりと礼を言った。

「タケルさん、ありがとう。ケンジと仲直りができたよ」

「どういたしまして、でも仲直りができたのは僕のせいじゃないよ。ダイキくんもリョウタ君も、それにケンジ君にも、お互いに仲直りしたいって思っていたから、すぐに仲直りできたんだ。その気持ちを勇気を出して言ってみることが大切なんだ」

 タケルは微笑みながらそういった。

「うん……そうだね、そうかもしれない」

 ダイキはタケルの言葉を聞いて神妙そうに頷いてみせた。

「はぁ、これでケンジもマントマンのこと好きになってくれればいいのにね」

 ダイキはそう漏らした。ケンジにも思うところがあるのか、まだ素直にマントマンの話をする気にはなれないようだ。

「ははは、それもまぁ、すこしずつ、ね」

 タケルはまるで他人事のように話す。

「もう、タケルさん。一応自分のことでしょ!」

 ダイキの声が思わず大きくなってしまった。前を歩いていた二人が何事かと振り返る。

「ダイキ?」

「あ、な、なんでもないよ」

 ダイキはそういうとごまかすように歩みを速めた。

 その時である。

「な、何だ!?」

 突然地面がぐらぐらと揺れ出した。

「じ、地震!?」

 だが、その揺れは地震のそれとは違い、まるでこちらに向かって揺れが近づいてくるような……

「こ、これは……危ない!みんな!!」

 タケルが慌てて三人を突き飛ばした。

「うわぁっ!」

 突然突き飛ばされた三人は、しかし幸いにも道は平坦になっていたため斜面を転がり落ちることは無かった。ダイキが起き上がりながらタケルの方を振り返る。

「いててて……タケルさん?」

 タケルに声をかけようとしたその時、地面の揺れは最高潮に達し、轟音と共にダイキたち三人とタケルの間の地面はバックリと裂けた。

「逃げろ!逃げるんだみんな!!」

 タケルが必死に叫ぶ。ダイキはその言葉を聞いてまだ腰が抜けている二人を起こすと一目散に麓へと駆けだした。

 な、何なんだ!?」

「分かんないよ!でも、もしかして……」

 地面の揺れはまだ続いている。転びそうになるのを必死にこらえて走りながらダイキは考えていた。もしかして、また昨日のように……

「うわぁっ!」

 混乱しながら走ったせいだろうか、登った時とは違う道をたどって来たらしい。林が開けたかと思うとダイキ達は切り立った崖の上に立っていた。

「ど、どうしよう……これじゃあ降りられないよ。それにタケルさんは……」

 ダイキは地面にへたり込んでしまう。その時ふと、異変に気が付いた。林を抜けたのにまだ辺りが薄暗い。

「だ、ダイキぃ……あ、あれ」

 リョウタが口をあんぐりとあけて空を指さしている。ダイキは恐る恐るその指さす方へと視線を向けた。

「あ……ああ……!!」

 そこには山のように大きな蛙がいた。



 蛙。ダイキ達の目の前に現れた異常な生物はそう形容するべきであろう。いや、あるいは蛙とは言い難いかもしれない

 緑や赤や青、毒々しい程鮮やかな色に彩られたぬめぬめとした皮膚。それだけならダイキ達の知る蛙にも同じようなものもいるだろう。だが、ただ巨大であるというそれだけで十分なほど異常である。

 しかし、それだけではない。その蛙は普通の蛙と違い背中に巨大な貝殻を背負っていた。

 一見するとサザエのようだが、実際のそれとは比べ物にならない程攻撃的なトゲを持つ巻貝を背負いどっしりと構え、虚ろな瞳で瞬きをすることも無くどこか遠くを見ている。その風貌は、明らかにダイキ達の世界の生物ではない。時空の異常によって生まれた怪獣――堅牢獣ショズである!

「あ、あいつが地面の下を通ってたから、地震が起きたのか?」

「た、タケルさん……タケルさんは無事なの?」

 タケルと別れた時、まさにあの時あそこで地割れが起きていた。タケルは果たして無事に逃げられただろうか。

 太陽を眩しがるようにじっとしていたショズだったが突如巨体をゆすりながらダイキ達の方にゆっくりと向きを変えた。

「こ、こっちを見てる……」

「も、もしかして僕たちを食べる気じゃ……」

 ぽつりとリョウタのつぶやいた言葉がその場の全員を震え上がらせた。

「や、やばいよ……」

 三人ともこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだが、しかし恐怖によって足が全く動かない。蛇に睨まれた蛙とはこの事……しかし睨んでいるのは蛇ではなくこの世界のものでは無い異形の蛙である。

 ショズとダイキ達はそのまま永遠とも思える数秒を睨みあったまま過ごしていた。

 やがて時間の感覚も分からなくなってしまった時、山の中から驚いて逃げ惑うカラスの群れが飛び出してきた。カラスたちがショズのまさに目の前を飛んで行こうとしたその時、ピクリとショズが動いたかと思うと今の今まで目の前を飛んでいたカラスの群れが一瞬にして消えてしまった。

 少し遅れて生暖かい風が走る。ショズはやや不満そうに喉を鳴らすと大きなゲップをした。

 ゴアァァ……

「か、カラスを……食べちゃった」

「ど、どうしよう!に、逃げなきゃ!」

 リョウタが恐怖にすくんだ足を動かそうと必死になる。しかしダイキはそれを止めた。

「ま、待って!あいつ、さっきから動かないよ。ひょっとしたら、あいつも普通の蛙と同じで動いているものしか見えないのかも」

 事実、ショズは動くもの以外は中々認識できない。このままダイキ達がじっとしていれば、もしかしたら再び地底へと帰って行くかもしれない。

「それまでじっとしていれば……!」

 しかし、非情にもショズの出現によってなぎ倒された木がまさにダイキ達の元に倒れこんできたのだった。

「「「うわぁっ!!」」」

 ダイキとリョウタは木を避け山の方に引き返すように倒れこんだ。しかし、不運にもケンジは木によってダイキ達とは反対方向へ――崖へと吹き飛ばされてしまった。

「ケンジッ!!」

 衝撃から起き上がったダイキ達が見たものは崖のふちに必死にぶら下がっているケンジであった。

「お、落ちる……!」

 何とかこらえて崖に捕まっているケンジだが、このままではいずれ力尽き落下してしまうだろう。そして、今まさにショズがケンジを見つめている。今少し動いたこの小さき者は、果たして己の舌に合う食材であるかを見抜こうとしているかのように、ただじっとケンジを見つめているのだ。

「ケンジ早く上がるんだ!」

 リョウタがそう叫ぶが、

「だ、ダメだよ!もし今動いたら、あいつに食べられちゃう!」

 ダイキがそう制する。もし次ダイキ達が大きく動けば、それに反応しショズは容赦なく己の舌を伸ばしてくるだろう。そのせいでダイキ達もケンジに駆け寄ることができないでいた。

「もう、ダメだ……」

 ケンジが諦めようとしたその時、

「呼ぶんだよ!マントマンを!」

「……ダイキ?」

 ダイキはケンジに向かって叫んでいた。

「呼んだらマントマンは絶対に来てくれる。信じて!」

 ダイキは信じていた。マントマンは――タケルは必ず生きていると。

「でも……」

 ケンジは逡巡していた。ついさっきまで嫌っていたヒーロー。そんな自分が呼んで、果たして本当に助けてくれるだろうか。

「俺……マントマンをバカにしてたから……来てくれるわけないよ」

「ケンジ!それは違うよ」

 ダイキはそんなケンジの言葉を強く否定した。

「マントマンはきっと知ってるよ。ケンジがホントはヒーローが大好きだって」

 ダイキのその言葉を聞いて、ケンジは初めて自分はヒーローのことを嫌いになっていなかったことに気が付いた。

 どうして忘れていたんだろう。勝手な理由で離れて行って、勝手に嫌いになった気になって。本当は好きだったのに、周りに合わせて嫌いなふりをしていた。

 昨日も、本当はマントマンの戦いを見て、ワクワクする自分がいるのを感じていた。でも、嫌いになっているつもりだったから、自分でその気持ちにフタをしてしまった。

 それなのに、今まで合わせてきた友達はみんな手のひらを反すようにマントマンに夢中で、無理やり嫌いになっていた自分がバカみたいで……

「ダイキ……本当に、来てくれるかな……?」

 そんな自分が情けないから無理してまだヒーローが嫌いなふりを続けて、結局ダイキとリョウタにも迷惑をかけた。

 でも、そんな自分を素直にさせてくれたのはあのタケルという青年だった。

 彼は何のためらいもなくヒーローが好きだと言ってみせた。

「うん、マントマンは必ず来てくれるよ」

 大人はみんなヒーローのことなんかどうでもいいと感じているんだと思っていた。それでもタケルは好きだといった。

 ケンジはふと、タケルの言葉は実は勇気のいる一言だったかもしれないと思った。大人が子供の前でそんなことを言ってしまったら、バカにされてしまうかもしれないからだ。自分が兄にされたのと同じように。ならば自分も認める勇気を持たなくてはいけない。でも、そんなものが本当に今の自分にあるだろうか。

 ケンジの脳裏には昨日のマントマンの戦いの映像が浮かんでいた。どんなに口先で否定していても、その光景はすでにケンジの心に強く焼き付いていた。記憶の中のマントマンの姿を思い浮かべていると、ケンジは自分の中に勇気が湧いてくるのを感じた。

 今なら……今なら、言える。

 ケンジはすぅっと息を大きく吸い込んでこの街のどこかにいるマントマンに届くよう、力いっぱい叫んだ。

「助けて!マントマーーーーーン!!」

 そう叫ぶと、ケンジの腕は限界を迎え崖から離れてしまった。

「け、ケンジ!」

 思わずダイキとリョウタも駆け寄ってしまう。ショズは、目の前で急に動き出した小さき者達に反射的に舌を伸ばした。

 ダイキ達の目にはあまりの速さにそれがいつ放たれたかも分からない。気が付いた時にはもうショズの舌はダイキの目の前にあった。

「っ!!」

 恐怖に目をつむったダイキだったが、いつまでたっても体には何も触れてこない。恐る恐る、ダイキはゆっくりと目を開けた。

「……わぁ……!!」

 ダイキの顔に喜びが浮かび上がる。続いてリョウタの顔にも希望が宿った。

 そこにはケンジを優しく手のひらの上に乗せ、反対の左腕でショズの舌を掴みとっているマントマンの姿があった!

「本当に……来てくれたんだ」

 ケンジが手のひらの上で嬉しそうにつぶやいた。

 マントマンはケンジをそっとダイキ達の所に降ろした。

 ハアァッ!

 するとマントマンはショズの舌を掴んだまま一声上げ思い切り引っ張り上げた。突然の闖入者に身をよじりながら抵抗していたショズだったが、舌ごと投げ飛ばされ地面へと激突した。

「すごい!あんなにでかい奴を簡単に投げちゃった!」

 轟音と共に地面に叩き付けられたものの、しかし背中の貝殻が衝撃を吸収してしまったのか何事も無かったかのように復活したショズは、食事の邪魔をする邪魔者を排除するため戦闘態勢へと入った。

 マントマンも相手の舌の速さは知っているため、やや慎重に間合いをはかっている。すると、攻撃を仕掛けてこないマントマンに対してショズは二本足で立ち上がると猛然とダッシュしてきた。

 その猛進をひらりとさばきマントマンはショズの背中に回し蹴りを放った。自分でつけた勢いもあってか、ショズは顔面から地面へとダイブすることになった。

 ゴアァ……

 顔面から思い切り地面に叩き付けられややダメージがあったか、ショズは苦しげに立ち上がりながらマントマンを視界にとらえようとする。

 しかし、その時すでにマントマンはショズの背後に回り込んでいた。

 セイッッ

 気合の声と共に強烈な手刀がショズの背中の殻に叩き込まれる――しかし!

「あっ!」

 驚きの声を上げたダイキが見たものは攻撃を仕掛けたはずのマントマンが、弾き返されダメージを負う姿だった。

 グワッッ

 ショズの殻に阻まれたマントマンの攻撃は有効打を与えられず、単にショズに居場所を知らせるだけの結果に終わってしまった。

 背後に敵を察知したショズは振り返り再び舌を伸ばす。マントマンはとっさに腕を上げガードするが――

 グワッッ

 ガードした腕が焼けるように熱い!ショズは己の舌に、強力な消化液を絡め放ったのだ!

「マントマン!目の前にいちゃだめだよ!!」

 ダイキの叫びが届いたか、マントマンは素早く側転しショズの死角に入ろうとする。ショズはそれを追い何度も舌を繰り出すが、少しかすった程度で、マントマンは再びショズの背後をとることができた。

「やった!そのままやっちゃえ!」

 ショズは再び視界から消えたマントマンを、しかし探そうとはしなかった。今自分の視界に敵がいないということは、すなわち自分の唯一の死角背後に敵は存在するということ。ショズは己の殻に絶対の自信を持っていた。どのような攻撃が来ようとも、必ず防ぎきるという絶対の自信を!

「マントマン!昨日の光線を撃つんだ!」

 ダイキが叫ぶ。昨日の戦いで滑空怪獣 フライガンを撃破したあの光線。それを出せば勝てる!ダイキはそう信じていた。

 果たして、マントマンは態勢を整え昨日と同じく腕を伸ばすと大きく体の前で動かしながら交差させ光をブレスレットに流し込んだ。そして腕をL字に組むと叫んだ!

 ライブシュートッッ

 その叫びと共にエネルギーの奔流が七色の光線となってショズの殻に撃ち込まれた。

「やった!!」

 ダイキ達は繰り出された必殺の技に飛び上がった。

 光線を受け赤熱してゆくショズの殻。その表面のトゲのいくつかが突如膨張したかと思うと、射出され光線を撃つために動けないマントマンに叩き込まれた!

 グワッッ

 不意を突かれ光線を止めてしまうマントマン。そのダメージは大きく膝をつかせるほどだった。

 一方赤熱こそしたもののショズの殻は健在であり、本体にダメージは無い。

 ゴアッ ゴアッ

 勝ち誇ったかのようにショズが悠々と振り返る。

「そ、そんな……マントマンの技が効かないなんて」

 ケンジは膝をつくマントマンを見て落胆の声を上げる。

 しかし、ダイキは、

「そんなことない!マントマンが負けるはずがないんだ!!」

 あくまで、マントマンの――タケルの勝利を信じて疑わなかった。

 その時、ショズに変化があった。急に体を丸めたかと思うと殻の中に器用に体を治め、殻だけになったしまったのだ!

 そこから足だけを出し飛び上がったかと思うと、そのままマントマン目がけて殻をぶつけようとする!敵が己の殻に手出しができないと見て、一気に攻撃に出たのだ。

「ああっ!あれじゃ何もできないじゃないか!」

 かろうじて殻の突撃をかわしたマントマンを見てリョウタが叫ぶ。

 打つ手のない絶望的な状況。しかし、それでもダイキだけはマントマンの勝利を疑わなかった。

「大丈夫、マントマンが」――タケルさんが、「負けるわけがない!ヒーローが負けるわけがないんだ!」

 その言葉が届いたか、マントマンは突進してくるショズを弾き飛ばした!

 軌道が変わり見当違いの方向に着弾したショズの殻突進だが、しかし殻から顔だけを出しマントマンの位置を確認すると再び殻突進の態勢に入る。

 一方マントマンは、左腕のブレスレットに触れると埋め込まれたクリスタルに手をかざし、そして叫んだ。

 チェンジ・ブレイクフォームッッ

 その叫びと共にマントマンの体が変化する。体を走る深紅のラインは力強さを感じさせる黒へと、胸の宝玉は緑から深紅へと、そして風にはためくマントは、夜のような真っ黒に染め上げられてゆく!

 これこそが、マントマン第2の姿、力の戦士、ブレイクフォームである!!

「すごい!色が変わったぞ!」

 リョウタが驚いて叫ぶ。

 ショズはかまわず殻突進を繰り出す。さっきまでこの殻に手も足も出なかった者にいまさら何ができると、マントマン目がけ飛んでくる。

 ゼヤァッッ

 マントマンが左腕に力を込めると、ブレスレットから炎が溢れ出し纏わりつく。筋肉の膨張がはっきりと見て取れるほどパンプアップした炎の腕を、突進してくるショズの殻目がけて思い切り振りぬいた。

 ゴアアアァァッッッ

 凄まじい轟音と共に、傷一つつかなかった殻が割れ、中からショズの本体が飛び出してくる。凄まじい混乱に襲われたショズは目の前で繰り出される第2撃をかわすことができない!

 ゼヤッッ

 ゴアァッッ

 大きく吹き飛んだショズが地面に叩き付けられた時、マントマンはすでに次の構えに移っていた。

 握りこんだ左拳を腰だめに構え、あふれ出すパワーを押さえつけるように右腕を添える。

 危険を感じたショズはマントマン目がけて再び舌を――否!体内より胃袋を舌のように吐き出して攻撃してきた!大量の消化液をもろに浴びれば、腕が焼ける程度では済まないことは明白である!

 しかしマントマンは動じず左腕に集中した炎のエネルギーを正拳突きと共に打ち出した!

 ブレイクシュートッッ

 撃ち出された炎のエネルギーは空中で巨大な炎の拳となった!

 そのままショズの胃袋に直撃するとそのままショズ本体目がけて焼きながら押し返した。

 ゴガアァッッッ

 そのまま炎の拳はショズを焼き尽くし、そして――ショズは大爆発を起こしたのだった。

「やったー!!」

 ダイキ達は、マントマンの逆転大勝利に飛び上がりながら大喜びしたのだった。



「ダイキ君、今日はありがとう」

 全てが終わり、タケルはダイキを家まで送る途中だった。

「え?なんでタケルさんがお礼を言うの?」

 むしろ礼を言わなければいけないのは一度ならず二度までもタケルに救われたダイキのはずではないのか。

「ダイキ君がボクを信じて見守っていてくれたから、僕も勝利を信じて戦うことができたんだよ。だから、今日僕が怪獣に勝てたのはダイキ君のおかげなんだよ」

「タケルさん……」

 ダイキはそこまで言ってくれるタケルに対して、かえって申し訳ない気持ちが芽生えてしまった。タケルは応援がありがたいことだと言ってくれるが、本当にそれだけでダイキはタケルに街を救ってもらった恩返しができているのだろうか。

 ダイキは自分にできるタケルへの恩返しが無いか考えた。そして、

「そうだ!タケルさん!僕の家に来てよ!」

「えっ?」

「何度もタケルさんに助けてもらったお礼に、うちに泊めてあげる!」

 ダイキが思いついた精一杯の礼は、アオゾラ家にタケルを招き入れることだった。

「ちょ、ちょっとダイキ君、気持ちは嬉しいけど、そういうのはちゃんとお父さんやお母さんに……」

 タケルがすっかりその気のダイキを止めようとしていると、

「なら、私からもぜひお願いしたいね」

 当のダイキの父、アオゾラ タカカズからそう声をかけられた。いつの間にかもうダイキの家の目の前まで来ていたらしい。

「あ、タカカズさん……急に迷惑では」

「いや、タケル君、私は言ったはずだね。ダイキを助けてもらった礼をしたいと」

 タカカズがにこやかに笑いながら言う。

「君のような青年ならぜひ歓迎するよ。幸い道場があるおかげで部屋は空きがいくつかある。好きなものを見つくろうといい」

「そ、そんな……」

 タケルがまだためらっていると、にぎやかさを聞きつけてダイキの母フユコと妹のカオリも玄関からやってきた。

「あらあら、タカカズさん、どうしたのかしら?」

「ああ、フユコ、今日からうちで下宿することになったタケル君だ」

「あら、そうなの?よろしくね」

 フユコはあっさりと状況を受け入れてしまっているようだった。

「それじゃあ歓迎のごちそうをしなくちゃね。カオリ、手伝ってちょうだい」

「はーい!」

 そういうとカオリとフユコは家の中に入って行ってしまった。どうやら外堀は埋まってしまったようである。

「タケルさん……嫌だった?」

 ダイキがさみしそうにそう聞く。

「ダイキ君……」

 これ以上断ると、ダイキの期待を裏切ってしまうことにもなるようだ。

「ううん、ありがとうダイキ君」

 そういうとタケルはタカカズに向き直り深々と頭を下げた。

「よろしくお願いします!」

 そんなタケルを見て、タカカズは頷きながらほほ笑んだ。

 その時、ちょうど大学から帰ってきたアカリが向かいのアオゾラ家の騒ぎを聞きつけて覗きに来た。

「一体どうしたんですか?……て、あら?昨日の」

 そこにタケルの姿を見つけ、思わぬ再開にアカリは驚いた。

「あ、すいませんこれからよろしくお願いします」

 急にタケルにそう返され状況の飲み込めないカオリは、楽しそうなアオゾラ家の様子を見て、ただ首をかしげるのだった。



 つづく

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