第2話 変質者、その名は⋯⋯


 ♠



「あ、ゴメン。あの傷つける積もりはなかったんだ」


 あ~、もう何回謝ってんのボク。


「金属生命体としては、平均的な体重だと想うよ。ボク達は、ほら炭素ベースだから。なんて言うのかな細胞の密度も違うし、一概いちがいに比較は出来ないと想うんだ」

 ボクは必死にフォローした。

「そうですよね」

「そうそう」

「姉さんより1キロ重たいのも、この髪の毛のせいだと想います」

「きっと、そうだよ」

 よかった落ち着いた。


 ピンクちゃんが落ち着いた所で、新たな疑問が頭に浮かんだ。


 ボクの身体どーなってんの?


 このペントハウスに引っ越して来た時、ボクはごく普通の人間だった。

 琥珀さまと飲んだ時も、パロマを二本と日本酒をちょっと飲んだだけで二日酔いになるような、そんなだらしない男だった筈だ。

 でも、いまは赤鬼さんと飲み比べが出来るぐらい、酒に強くなってる。

 呑めば呑むほど酒は強くなるもんだ、なんて事を高城たかぎが言ってたけども。

 それにしても限度を越えてると想う。


 チェイサー無しに、アルコール度数75パーセントのラム酒を、一人で五本も空けても平気なんて、やっぱりどこかおかしい。

 ボクのこめかみを、冷たい汗が流れ落ちた。

「ピンクちゃん」

「ハイ」

「ボク、やっぱりどこか変だ」

「大変。人間のお医者様を呼んで来ます」

 血相けっそうを変えたピンクちゃんが(器用だな)、慌てて駆け出すのをボクは止めた。

「いやそうじゃなくて、何かが変わって来てる」


 そうだ。


 そうだよ。


 幾ら織波瑠魂が軽いからって、4キロ近くある鉱物を野球のボールのように投げられる訳がない。

「ああ、それですか」

「何か知ってるの?」

「ハイ」

「それはなに?」

 ボクは恐るおそる訊いた。

「桐生さんの身体は変質が始まってるんです」


 ピンクちゃんが言った。



 ♠



「変質?」

「ハイ。桐生さんが気絶されてる間にバイタルを調べましたが、この世界の一般男性と比べて、桐生さんの代謝スピードは十倍に跳ね上がってます」

「十倍!!」

「ハイ」


 新陳代謝が十倍⋯⋯


 そりゃ酒に酔わない筈だよ。

 呑んだ先からアルコールが分解されてるだもの。

「なんで、そんな事が起きたの?」

「これは私個人の見解に過ぎませんが」

「構わないよ。教えて」

「ここスカイラウンジは、それ自体が巨大なマルチゲートになってます」

「この部屋自体がゲートの入口に?」

「部屋だけではありません、お庭も含んだお屋敷全体がゲートの中にスッポリと収まってる感じです」

 なるぼど。

 河童小娘とアンジェリカが突然プールに現れる訳だ。

 で、グリフォンか。

 ゲートの規模が大きいから、グリフォンみたいな巨大生物も通れた訳だ。

「ボクも、その向こうへ行けるの?」

「向こう?」

「例えば、琥珀さまの世界やシーランスなんかに」

「それは無理です」

 立ち上がったピンクちゃんが、瞳の無い眼でまじまじとボクを見ながらそう言った。

「えっと、それは何故?」

遺伝子ゲノムマーカーを打ち込んでないからです」

「遺伝子マーカー?」

 訊いた事のない言葉を反芻はんすうするように呟いた。

「ハイ」


「それはなに?」

「個人の遺伝子に直接書き込まれた、入国ビザのようなのですね」

「そんな真似が出来るの」

「ハイ」

 凄い技術だ。

 凄くない?

 遺伝子に直接マーカーを組み込んで、異世界への出入りをスムーズにしてるなんて。

 それを持ってない人間は何があろうと、異世界ゲート、マルチゲートだっけを通れないなんて。

「これは苦肉の策なんです」

「えっと、どーゆーこと?」


 一概に異世界っていっても、全ての世界が平和な訳じゃない。

 戦争ばかりしてる世界もあれば、妙に征服的な種族が支配する世界もある。

 異世界同士の戦争って事になると、犠牲者の数は万を超えて億単位になるんだとか。

 そーゆー悲しい経験を何度もして来たことで、遺伝子マーカーシステムが生まれたんだとか。

 マーカーが刻まれてないモノは、逆立ちしたってゲートを通れない。


 もう1つの理由は、犯罪者対策だとか。

 窃盗や殺人を犯した犯罪者が、マルチゲートを使って異世界に逃げ込む。

 異世界の数は文字通り無限大だから、どこへ逃げたか分からなくなる。

 逃げ得を許さない為にも、犯罪者にはマーカーを施さない、また逮捕された犯罪者からマーカーの剥奪を行うんだとか。

 それなりに厳しい規定はあるみたいね。

 殺人鬼なんかに、異なる世界を点々と旅されたら捕まえようが⋯⋯


 殺人鬼⋯⋯


「殺人鬼!!」

 ボクは喚いた。

「どうしたんです桐生さん?」

「夕べ襲われたんだ」

「えっ!?」

「変な口調で喋る西洋の甲冑に⋯⋯」

 そこまで言った所で、再び気分が悪くなったボクは急いでトイレに駆け込んで、便器を抱きかかえるよう胃の中身を吐き戻した。



 あ~、スッキリした。



 ずっと胃のあたりがムカついてたんだ。

 うがいをし、鏡に写った自分の顔を見てボクは愕然とした。

 髪が無い。

 ツルツルの丸刈りににされてる。

 高校以来の丸刈りだ。

 マルガリータだ。

 まるっきりのお坊さんヘアーだ。

「ピンクちゃ~ん。ちょっとこっちへ」

 まさかと想うが、ボクが気絶してる間にピンクちゃんが頭を丸めたとか?


「どうなさいました?」

「ボクの頭、どう想う?」

「男性的で、とても素敵です♥」

 語尾にハートマークが見えるよ。

 って事は、ピンクちゃんは違うよね。

 じゃあ誰だ。


『身供はジークベルトと申す⋯⋯』


 あいつだ。

 真夜中にやって来た、常識無視の生首甲冑野郎。

「あのう、それ」

 ピンクちゃんが指差した。

 ジーンズのポケットに紙がねじ込んであった。


此度こたびは髪の毛で許してやる。だが次に会う時は、其許そこもとのお命頂戴仕ちょうだいつかまつる。 ジークベルト』


 ふっざけやがって、あのクソ生首野郎。

「あの桐生さん」

 怒りに打ち震えるボクを、ピンクちゃんが優しくハグしてくれた。

「怒らないで。怒りは正常な判断力を奪いますよ」

 優しいな~、ピンクちゃん。

 優しくて、軟らかくて、暖かくて、本物の女の子みたいだ。

 ボクのはらわたえくり返っていた怒りが、すーっと収まって行くのが分かる。

「ありがとう」

 ボクも片方の手をピンクちゃんの頭に、もう一方の手をピンクちゃんの腰に当てて身体を引き寄せた。


 あぁぁぁぁぁ、やわらかい。


 ピンクちゃんのたわわな果実が、想像を超えて軟らかい。

 何これ、何これ、何だこれ、何なんだこれ。

 本当に体重300キロの金属生命体なの?

 超軟らかいんですけど、ピンクちゃんの胸。

 マシュマロおっぱいだよ、ピンクちゃん。


 おほほはほはほほっ


 出来るなら、このままずっと抱きしめてたい。

 でも、こんなシーンを琥珀さまに見られでもしたら、間違い無くまた刃傷沙汰にんじょうざただ。

 怒りが治まったボクは、そっとピンクちゃんから身体を離した。


「コホン」


 わざとらしい咳払いの声が聴こえて、ボクとピンクちゃん身体がギクリと硬直した。



 ♠



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