夜明け前に騎士が来た!!

第1話 午前三時の訪問者


 ボクの名前は桐生きりゅう・ローレンス・暁人あきと

 ちょっと待て、自己紹介してる場合か⋯⋯



 ♠



 よろいだ。

 西洋の甲冑に良く似た白銀の鎧が、僕の喉元に鋭い切っ先を向けていた。

 この剣、多分、本物の真剣だ。

 琥珀さまの刀を何度も何度も観察したボクには分かる。

 これ本身の大剣だ。


身供みどもはジークベルトと申す。その方の名は?」

 ゴクリと生唾を飲み込んだボクは、かすれた声で名乗った。

「桐生・ローレンス・暁人」

「桐生・ローレンス・暁人。故あってお命頂戴ちょうだいいたす」


 待て、


 待て、


 待て、


 待って!!

 見ず知らずの異世界人に命を狙われる覚えは無いぞ。

 真っ直ぐに突き出された剣を、ボク奇跡的な反射神経でかろうじて避けた。

 そのままゴロゴロと床を転がって、広間に出ると身体を庇えそうな何かを探した。

 幸いリフォーム中だから、そこらに建材は幾らでも転がってる。


 異世界セメント袋。

 剣でバッサリやられるのが落ちだ。

 異世界セメント桶。

 剣で簡単に貫けそうだ。

 異世界シャベル。

 こんなので殴ったら死んじゃうよ。


「どわっ!!」


 振り下ろされた剣が、ボクの髪の毛をバッサリ苅り取った。

「このっ!!」

 咄嗟に手にした異世界ハンマーが、ジークベルトのドタマに命中した。


 ガィィィィンンンッ


 と、耳障みみざわりな音を立てて、ジークベルトのヘルメットが吹き飛んだ。

「あ、ごめん。そんな積もりじやっ、と」

 謝罪してるのに斬りつけて来やがった。

 このクソボケ異世界人、いい加減にしろよ。

 頭に一撃食らった後遺症か、滅茶苦茶な方向を斬りつけるジークベルトの背後に回り込んで、その広い背中に一撃を浴びせた。

 さっきは咄嗟とっさの一撃だったから、はずみで力が入ったけど。

 怪我させちゃ悪いし、十分に手加減して⋯⋯

 


 ドンガラガッシャーン



 と、十メートル近く飛んだジークベルトが建材の山に激突して動かなくなった。

「えっ!? ええっ!!」

 ゴメン。

 手加減した筈なのに。

 駆け寄ったボクの耳に明後日あさっての方角から、ジークベルトの声が届いた。

「やるではないか桐生・ローレンス・暁人。手加減をしたとはいえ、身供を相手に一本取るとは見上げた腕前よ」


 えっ!?


 ええっ!!


 ええええええあああえあああえ⋯⋯


 駄目だ吐きそう。

 吐いてしまいそう。

 首が、ジークベルトの首が⋯⋯。

「何をえずいておる。身供はここにいるぞ」

 ジークベルトの生首がニヤリと笑って。

 ボクは意識を失った。



 ♠



 眼を醒ますと、そこにピンクちゃんの顔があった。


 えっ!?


 なに!?


 どーなってんの!?!?

 酷く混乱してるし、何だかとっても身体が痛い。

「おはようございます桐生さん」

 ニッコリ微笑んだピンクちゃんの笑顔を見て、自分がどんな体勢でいるのか気が付いた。


 彼女に膝枕されている。


「わっ」

 と、喚いて飛び起きたボクは、その場でしっかり土下座した。

「ゴメンよピンクちゃん。ボクなんか馬鹿なことしでかしたみたいだ」

 そう言って謝罪したんだけど、ピンクちゃんの頭の周りにはクエスチョンマークが飛び交っているようで、頬に手をやって小首を傾げて困ってる。

「あの~、ピンクちゃん」

「ハイ」

 凄く歯切れの良い変事が返って来た。

 元気な女の子は可愛い。

 全身メタリックピンクでも、そこはかわりない。


「こーゆー事は、好きな人にだけするもんなんだよ」

「私、桐生さんのこと好きですよ」

 ぁ~、違う。


 ボクの言ってる好きと、ピンクちゃんの言ってる好きは、根本的に全く別のものだ。

「え~、あ~、何と言うべきかな。こういう事は、その恋人とか旦那さんとか、そーゆー人だけにしないとさ」

「でも、桐生さん」

「はい」

「こんな所で気絶されてたら、私心配になります」

 こんな所って、キッチンでしょ。

 いまのボクの寝床はって、あれ?


 なんで、こんな所で寝てるんだボクは⋯⋯


 そこは建材がゴロゴロと転がってる大広間のド真ん中だった。


 えぇぇぇぇっ


 何があったの?

 寝ぼけて、こんな場所で寝ちゃったの!?


 え、なんで?


「気絶してた?」

「はい」

「いつから?」

 再び困ったようにピンクちゃんが、小首を傾げる方向を変えた。

「私がここに来た時には、ここで倒れてましたから」

「それは何時?」

「朝の六時です」

「いまは?」

「朝の十時です」

 五時間近くも気を失ってたのか。

 で、その間ずっと膝枕をしてくれてたのか。

 ボクは改めて謝罪した。

「ゴメンよピンクちゃん。ずっと正座したまま膝枕してくれてたんだね。重たかったろう」

「いえ大丈夫です。私、自重の三倍までなら運べますから」


 自重の三倍って、そんな問題じゃないんだよな~


 ずっと動かず、重たい頭を膝に乗せてるなんて、拷問と対して変わりゃしない。

 そんな苦行を女の子にさせるなんて、ボクはやっぱり男失格だよ。

 って、自重の三倍?

 それって凄くない。

「ピンクちゃん」

「ハイ」

「ちなみに訊くんだけど、ピンクちゃんの体重って何キロあるの?」

「えっ、やだ~!!」

 両手で顔を覆ったピンクちゃんが、正座したまま身をもんだ。


 なんか可愛い。


「女の子の体重が知りたいんですか?」

「ぜひ、後学の為に」

「エッチですね。桐生さん」

 金属生命体にスケベエ呼ばわりされてしまった。

 これはもう全異世界的に、スケベエ男確定って事じゃないのか?

「申し訳ない」

「桐生さんが、どーしても知りたいっていうならお教えします。私の体重は300キロです」


 300キロ!?!?


 いま300キロって言ったよな。

 言ったよね。

 300キロ!?

 え、300キロもあるのピンクちゃん。

 確かに抱きつかれた時に、重たいなとは想ったよ。

 でも、300キロなんて重量は感じなかった。

 精々50キロ前後だと想ってたのに、300キロ。

「桐生さん」

「ハイっ」

 思わず声が裏返っちゃった。

「どうなさいました?」

「いや、意外に重たいんだな~って」

 ピンクちゃんの頭の後ろに、


 ガァァァァァァン


 という書き文字が浮かんだようにみえた。

「だから教えたくなかったのに~」

 そう叫んだピンクちゃんは、両手で顔を隠して身悶えた。



 ♠


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