第5話 グリフォン堕つ!!


 ♠



「赤鬼さん」

「がっはっはっはっはっ、悪い鳥だ、悪い鳥」

「そうです悪い鳥です」

「がっはっはっはっはっ、悪い鳥退治する、ツマミになる」

「幾らでも付き合いますよ、だから急いで」

 壷を置いた赤鬼さんが金棒を振りかざして突進した。

「オオオオオオオオオオ」


 ゴインーン


 と、重たい音を立ててグリフォンのくちばしがひん曲がった。



 キョエェェェェェェェェ



 ズドォォォォンッッッ


 ズドォォォォンッッッ


 ズドォォォォンッッッ


 コンシェルジュさんの身長よりも長い、バイポッド付きの対戦車ライフルが火を噴く。

 グリフォンのどてっぱらにデカい穴が口を開いた。


「がっはっはっはっはっ」


 羽根を手に取った赤鬼さんが、大口を開けて食らいつく。


 あ、やっぱり鬼なんだ。


 ロン毛の金髪だけど、鬼は鬼だ。

 グリフォンの鋭い鉤爪が赤鬼さんの肌を裂く。

 しかし、赤鬼さん怯まない。

「琥珀さま速く」

 グリフォンの脚が上がってる。

 今の内に、今の内に、

「ええええい」

 ボクは走った。

 後先考えずに走った。


「アキトォォォォッ」


 河童小娘の悲鳴を背中に浴びながら、ボクは琥珀さまの手を取って力の限り引っ張り出した。

 琥珀さまを胸に抱いたボクの眼前に、グリフォンの鋭い鉤爪が迫ってた。


「ヤッベェ⋯⋯」


 ジャイイイイインンンッ


 と、鞘が払われ琥珀さまの手にボクの持っていた太刀が握られていた。

 グリフォンの足首が刎跳はねとんだ。


 ギョエェェェェェェェェ


 グリフォンの雄叫びが悲鳴に変わった。



 ズドォォォォンッッッ


 トドメの一撃が炸裂した!!

 赤鬼さんの金棒がグリフォンの頭を割る。

 横倒しになったグリフォンの腹が見えた瞬間、

「いまだ」

承知しょうち!!」

 大きく振りかぶった白刃が、ものの見事にグリフォンの首を両断した。



 ♠



 ボクは愕然と瓦礫の山と化した部屋を眺めた。

 アンティークのタンスが木片に変わってる。

 アンティークの本棚も粉々。

 アンティークのルームランプなんて跡形もない。

 80インチのTVは木っ端微塵だ。

 真空管の豪華なオーディオ器機以下略。


「ハァァァァァァ⋯⋯」


 ため息と同時に涙が出た。

 どーすんのこれ。

 今は何にも考えられないや。

「琥珀さま」

 ボクは琥珀さまに声を掛けた。

 切り取ったグリフォンの首にフックを掛け、見たことのない縛り方でグルグル巻にしてる。

 首を切り落としたグリフォンの死体は、赤鬼さんが河童小娘とバスルームに運んで血抜きをして、羽根をむしってる。

 今晩の酒のツマミにするんだって。


 喰えんの、あれ?


「身体を見せて下さい」

「なっ」

 眼を瞠いて驚いた琥珀さまが、耳まで真っ赤にしながら、まくし立てた。

「な、何を申しておるのだ暁人どの」

「怪我をしてるでしょ、それを見るだけです」



「⋯⋯それを見るだけ!?」



 あ、なんかムッとしてる。

「え、あのほら、若い娘が肌を傷つけるなんて」

「前にも言うたが、わらわの家系は猟士りょうしの家系なのじゃ。こんなのは慣れっこじゃ」

「慣れて言い訳ないだろう!!」

 思いがけず大きな声が出た。

 琥珀さまがビックリした顔をしてる。

「慣れて言い訳ないんだよ、こんなこと。どんだけ心配したか分かるか」

 まくしたてた。

「済まぬ」

 聞こえるか聞こえないかの、か細い声で琥珀さまが言った。

「怖かった。鎧も着込まずに倶利奔くりほんと戦うなど、前代未聞である」

 ぶるりと震えた琥珀さまのオレンジ色の瞳から涙がポロリとこぼれ落ちて。


 ボクは思わず唇を奪ってた。


「うむうむ、若い者はこうでないとな」

 いつの間にか顔を出したフリッツ六世さんが、したり顔でのたまった。

「あっちいっててください」

「ハイハイ。しかし、盛大にぶっ壊したのう」


 確かに。

 掃除するにしても、どこから手をつけたら良いやら。

「連中に、しっかりと駄賃を払うんじゃぞ」

「連中って」

「なんじゃ気づいておらなんだのか、抜けておるのローレンス」

 何を言ってるんだ、このおっさんは。

「見よローレンス。勤労に励む尊き姿を」

 いったい何を言って、あっ!!

「なんか動いてる」

「やっと分かったかね。あれが部屋住の小人レプラコーンたちじゃよ」

 レプラコーン。

 聴いたことも、見たこともない。

 オタクの嘉藤かとうなら、なんか知ってるかも知れないけど、ボクには未知の存在だ。

 レプラコーンは見る間にに部屋を片付けて、壊れた家具を元通りにしていく。

 なるでCG映像だ、これ。


「彼らは無償で働く訳ではないぞ。ローレンス。それなりの報酬を用意せねばならん」

「えっと、いったい何を?」

「何を言っとるか、お主は既に答えを出しておるではないか」

 ステッキでビシリと額を叩かれた。

 結構痛い。

 答えって言っても、ええっ!?

 ガタガタっとキッチンの方で音がした。

 幸いにしてキッチンだけは無傷だ。

 赤鬼さんかな?

 と、思っていたが、冷蔵庫から牛乳が消えていた。


「あっ」

「分かったかね。ローレンス」

「はい」

 この日から冷蔵庫の一番冷えるスペースに牛乳を置く事にした。

 時々コーヒー牛乳やイチゴミルクも置いてる。

「さて我が輩が今日訪ねて来た本題がなにか、ローレンスお主には分かるかね」

 ええ、まあ、琥珀さまや河童小娘のことを見れば大体は。

「アンジェリカのことでしょう」

「そうじゃ。でかしたぞローレンス」

 そういうなりボクの肩をバンバンと叩いた。

 ちょっぴり痛い。

 ついでに琥珀さまの視線も痛い。


「あのおなごはシーランス一の美女よ。しかも最高のドリフトボーラーと来ておる。お主の嫁として申し分なしじゃ」

「痛い」

 琥珀さまに力一杯尻を抓られた。


「がっはっはっはっはっ。飯じゃ、飯じゃ」


「すっごいよ、このパツキンのおじさん。一瞬でグリフォンさばいちゃった」

 河童小娘も一緒になって、倉庫から運び出したタタミ一畳分の特大のまな板に乗せたグリフォンが、レプラコーンの片付けが進む室内に運び込まれた。

「それでは私はこれで」

 琥珀さまの治療を終えたコンシェルジュさんが、うやうやしく一礼して退出した。

 本当になんでも出来るなコンシェルジュさん。

 今日は普通の黒髪だけど、瞳は血のように真っ赤に燃えていた。

 本当に派手な人だ。


「がっはっはっはっはっ。酒じゃ、酒じゃ」

「やや、これは、これは、八醞やしおりですな赤鬼どの」

「がっはっはっはっはっ。いける口、いける口。がっはっはっはっはっ」

「それではご相伴しょうばんに預かって。ローレンス、赤鬼どのに返礼の品をお持ちしなさい」

「あー、ハイハイ」

「ハイは、一回!!」

「ハイ」

「がっはっはっはっはっ」


 またラムとウォッカの洪水だ、先にソーマを飲んでおこう。



 ♠



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