第2話 救命活動は迅速に


 ♠



 ボクは、大慌てで飛び込んだ。

 月明かりの差し込む蒼い水底を潜り、人魚の背後に回り込んで脇の下から腕を差し込むと、両手を胸元に回して彼女の身体を支えた。

「だいじょうぶっ⋯⋯」

 ゴツンと硬いモノがボクの鼻っ柱にぶつかり、ボクは言葉を飲み込んだ。


 いっえぇぇぇ。


 何コレ、頭に何かぶってんのこのバカ人魚。

 鎧。

 違う。

 アメフトのプロテクターみたいなの着てるよ、この人魚。


 バカなの?

 バカじゃないの、このバカ人魚。

 こんなモン着てプールに入りゃ、そりゃ溺れるよ。

 ボクは、ヒーヒー言いながら人魚をプールサイドに引き上げた。

「何してんのアンタ」

「寒い、寒い、寒い」

 ヘルメットの奥で歯をカチカチ言わせてる人魚を抱えて、大慌てでお風呂に向かった。

 湯船にはお湯が張ったままだ。

 それを見た人魚が

 

 ドボン


 と、飛び込んだ。

 盛大に水しぶきが上がり、ボクは頭からびしょ濡れだ。


 す~っ、


 と、水底を泳いだプロテクター人魚がチャポンと音を立てて、頭を出した。

「なんで、こんなにさむいのよ!!」

 お礼じゃなく、文句が飛んで来た。

 河童小娘といい、プロテクター人魚といい、水関係のお客さんとボクの相性は最悪だ。

「なんで人魚が溺れてんだよ」

「水温が低すぎんのよ、ここのプール。わたしは南国のシーランス生まれの人魚よ。こんなに冷たい水に長時間浸かってたら溺れて当たり前じゃない」

 シーランス?

 知らないし。


「て、いうか真夜中に来られても分からないよ。たまたま外に出たから気づいたけど」

「真夜中じゃないわよ。わたし5時間も冷たい水に浸かってたんだから」

 5時間。

 あ~、ちょうどボクの寝てた時間と同じだわ。

「悪かったよ、気づかなくて」

 ジーッとボクを見つめていたプロテクター人魚が、ふいっと顔を背けてぼそりと言った。

「いいわ、許してあげる」

 ヘルメットを脱いだプロテクター人魚が、髪の毛をブルルっとふった。

 右側の側頭部を刈り上げた特徴的な栗色のロンクヘアーを掻き上げてニコリと微笑んだ。

 ボクは一瞬ボーッとなるほど見惚れてしまった。

「あなたがローレンス・暁人?」

「えっ、ああ、ボクが桐生・ローレンス・暁人だ」

「あたしはアンジェリカ。ソードフィッシュのリードブロッカーと言った方が分かりやすいかしら」

 そう言って、自信気に微笑んだけけど、ソードフィッシュが何なのかボクは分からない。


「え~っと、ソードフィッシュ?」

「何よ知らないの?」

「知らない」

「嘘でしょう!!」

 ザッと水面に立ち上がったアンジェリカが叫んだ。

 起用だなアンジェリカ。


 お~、下乳だ。


 プロテクターから下乳が覗いてる。

 下乳が。

 結構巨乳だなアンジェリカ。

 琥珀さまの小降りだけと形の良い美乳。

 河童小娘のぺたんこな貧乳ともちがう、迫力のある巨乳だ。


 おほほほほほほ。


 意味はないけど笑ってしまう。

「ちょっと来なさいローレンス・暁人」

 ボクの手を取り、湯船から飛び出したアンジェリカが器用に尾鰭を浸かって、ちょこちょこちょこちょこと歩いてリビングに出た。

 あ~あ、水が水が。

「あ~、重たい。手伝って」

「え、ああ」

 そう言ったボクはアンジェリカをおお姫様だっこで抱えて、ソファーに座らせた。

「えっ、あっ、えっ、何で?」

 何故か知らないけど、アンジェリカが頬をあかく染めてる。

 特徴的な刺青イレズミの入った肌も朱くそまっている。

 刺青いれてんのね、人魚なのに。


「なんでって、手伝って言うから」

「そ、それは、そのプロテクターを脱ぐのを⋯⋯」

「あ、そっちか。って、これどうなってんの」

「脇の下、脇の下にベルトがあるから」

「ああ、これか」

「で、なんで?」

「ん、何が?」

「なんで、いきなりプロポーズ」

「プロ?、プロポーズ!?」

「そうよプロポーズ。エーデルワイス公フリッツ・エリアス・イグナシオ・ティーデ六世を後見人に持つあなたなら、身分的に何の問題もないけなど。あたし達まだ、そんな仲じゃないと想うの。でも、あなたがどーしてもって言うなら⋯⋯」

「誤解。誤解だよ、誤解」

 ボクは慌てて両手を振った。

「誤解?」

「そう誤解。歩くのが大変そうだったから、その抱えて運んだ方が速いと思って」

「深い意味はない?」

「そう」

 あれ?

 なんか怒ってない!?


 乱暴にプロテクターを脱ぎ捨てたアンジェリカの背中には、岩場だに叩きつける見事な白波の刺青が入ってた。

「ごめんよ、その。ボクはそのいわゆる新参者だから、抱きかかえるのが人魚に対するプロポーズだなんて知らなかったんだ」

「それなら良いわ」

 良かった。

 怒ってない。


「でも、覚えていてね」

 やっぱり、ちょっぴり怒ってる。

「あたし、その。誰でも良いって訳じゃないのよ。その、あの、あなたみないな有名人に突然アリエルハグなんてされたら、大抵の人魚はイエスって言ってしまうんだから」

 アリエルハグ?

 お姫様だっこの事?

「人間が人魚をお姫様だっこするのは、プロポーズになるの?」

「何よ、本当になにも知らないのね」

 アンジェリカが言うには、人魚と人間の恋は禁断の恋なんだとか。

 それでも双方が深く愛してる事を証明し、人間側の身分保証がしっかりしてる場合に限って許されるんだとかなんとか。

 その場合、人間の男が人魚をお姫様だっこするのが最低条件であり、プロポーズになるんだとか。

 それをアリエルハグって言うんだって。


 知らないよね。



 ♠



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