第3話 彼女はトッププレイヤー?


 ♠



「で、君はボクに何を説明する気だったの?」

「ああ、忘れてたTVはどこ?」

 キョロキョロと辺りを見回した。

 目の前にあるのに。

「これだよ」

 ボクは自慢の80インチを指差した。

 ま、ボク自身、滅多にTV見ないんだけどね。

「これ?」

「そう」

「小さいのね」

 小さいだって?

 いったい幾らすると想ってんの。

「リモコン貸して」

「え、ああ」

 何するんだろう。

「え~っと、何チャンネルだったかしら」

 MSと書かれた謎のボタンを押したアンジェリカが、チャンネルを入力した。

 27000チャンネルってなんだよ。


 パッ


 と、画面に映し出された光景に、ボクは愕然がくぜんと眼を見張った。

 人魚が海中を泳いでる。

 それも物凄いスピードで。

 時々ネイチャー番組なんかで見る、泳ぐペンギンの凄さ。

 あの光景を彷彿ほうふつとさせる泡立つ海で、無数の人魚がアメフトもつぁおの肉弾戦を演じていた。


「どう、これがドリフトボールよ」

 アンジェリカが巨乳を張ってふんぞり返っていた。


 う~ん、眼福、眼福。


「で、ドリフトボールって、そもそもなに?」

「もう、本当に何も知らないんだから。いい、ドリフトボールっえのはね⋯⋯」

 ドリフトボールってのは、どうも人魚の住むシーランスという世界で、最も伝統と権威のあるスポーツであるらしい。

 起源は二千年前とも、三千年前ともいうから結構な歴史だ。

 人魚の好物であるタコを養殖するための、蛸壺の奪い合いから始まったんだとか。


 重さ10キロのドリフトボールを抱えて、自軍のゴールにより多く入れた方が勝者となるそうで。

 アンジェリカは年間最高得点を上げた選手なんだって。

 10キロもあるボールなんて沈みそうだけど、海流を読みながらパスを出さないと、簡単に敵軍にボールが奪われるんだとか。

 説明を聞いても良く分からないけど、このド迫力だけは十分に伝わった。


 彼女は、ドリフトボールでも最も歴史の古い《チーム・オクトパス》から、新興の《チーム・ソードフィッシュ》に移籍したばかりたと言った。

「最高額の契約金だったんだから」

 さらに、ふんぞり返った。

 さらに眼福だ。

「凄い刺青イレズミだね」

 ボクは彼女の脚(というか尾鰭?)を見ながら言った。

「そうでしょう。優勝する度に1つずつ入れてったのよ」

 腕にも肩にも胸元にも、尾鰭の鱗にまで入ってる。

 どーやったら鱗に刺青を入れられるんだ?



 ♠



 夜中の2時だけど、5時間も冷たいプール出泳いでたアンジェリカは腹ぺこだった。

 ボクも5時間寝たから小腹が空いてる。

 何かを食べようと想ったけど、人魚の好物が何か分からない。

 取り敢えずタコの刺身は用意して、あ、たこ焼きプレートがある。

 しかも、完全自動の最新型だ。

 これも用意して、あとは海鮮かな~と冷蔵庫をガサゴソ漁ってると、

「あたし肉が食べたい」

 と、アンジェリカが言った。

「肉?」

「そう肉」

「魚じゃなくて?」

「魚? シーランスを何だと想ってるの? シーランスのシーフード食べたら、別の世界のシーフードなんて食べられないわよ」

 なるはど、もっともだ。

 肉ねえ、肉、肉。

 せっかく来たんだし珍しい肉を喰わせてやりたい。



 あ!!



 なんだこれ鹿肉しかにく

 鹿肉がある。

 ボクは買った覚えがない。

 でも、ある。

 このペントハウスの謎の1つがこれだ。

 誰が補充してるのか分からないけど、無くなったモノが翌日には揃ってて、代わりに牛乳とかコーヒー牛乳とか、ココアとかが、クッキーと一緒に消えてる。

 よく分からないけど、補充屋さんが居て、お駄賃代わりに持って行ってるようだ。


 え~と、鹿肉に、猪肉ししにくに、あっ熊肉くまにくまである。

 凄いぞ、熊だ熊鍋だ。

 それぞれ最適の調理法をスマホで検索して、PCに転送し画面を大きくしながら、見よう見まねで調理した。

 うん、我ながら良い出来。

 味見をしたら美味かった。


「さ、アンジェリカできたよ」

 よだれを垂らしてるアンジェリカの前に料理を並べて、エプロンを掛けてやった。

「え?、もう、また不用意にそんな真似する」

 頬を赤らめたアンジェリカがツンとそっぽを向いた。

 何かしら人魚世界におけるセンシティブな行為を、無意識にしちゃったみたいだ。

 後で人魚チャンネルで調べよう。


「ごめんよ、無知で」

「気をつけてよね。で、これはどう食べるの」

 タコ刺しを指さして訊いた。

 醤油をつけて、わさびをちょこっと乗せて、

「はい、あーん」

「あーん?」

「口を開けて」

「え、うん。――ん~」

 眼を白黒させてる。

「あはは、わさびがいてたかな」

「でも、美味しい。もう、一枚」

「好きに食べなよ」

 そう言ったボクの眼を、アンジェリカの蒼く澄んだ瞳がジーッと見つめた。

 その視線に耐えられず、もう一枚タコ刺しを口に運んだ。


「美味しい」

 刺青だらけの両手が、ほっぺを抑えて笑ってる。

 可愛い。

 スッゴい可愛い。

 刺青だらけで、筋肉質で、人魚だけど、スッゴく、スッゴく可愛らしい。

「次これ」

 たこ焼きをご所望だ。

 熱々のたこ焼きに悪戦苦闘しながら、何だかとっても幸せそうだ。

 結局ボクは、全ての料理をアンジェリカの口に運んで上げた。

 まるでラブラブ新婚夫婦だ。

 琥珀さまごめんなさい。

 何故か浮気してる気分になった。



 ♠


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