月夜に河童が現れた!!

第1話 あなたには水難の相が出ています



 ボクの名前は桐生きりゅう・ローレンス・暁人あきと

 多分、今、この瞬間、世界で最も危険な目に遭ってる男だと想う。



 ♠



 悲鳴が聞こえた瞬間、プールの水が津波の様にボクに迫って来た。

「おわっ」

 っと、悲鳴を上げる暇もなく揉み込まれたボクは、瞬く間にフェンスに押しやられ、それを飛び越えそうになった。

 寸前でフェンスにしがみついたけど、本当にギリギリの所だった。

 危うく転落死する所だ。

 この高さだと、確実に即死だ。

 アスファルトに叩きつけられた自分を想像して、腹の底まで冷たくなった。

 ほうほうのていでフェンスを乗り越えたボクは、その場で大の字になって延びた。

 まだ心臓がバクバクしてる。

 気持ち悪い。

「エッチ、スケベ、馬鹿、変態!!」

 甲高い声が聞こえて、ボクは眼を開けた。

 甲羅を背負った素っ裸の少女が、仁王立ちになってボクを見下ろしてる。

〈うわぉ!! このアングルからの眺めもなかなか……〉

 って、喜んでる場合じゃない!!

「殺す気か、この馬鹿」

 飛び上がるように立ち上がって怒鳴ったボクを見て、少女がビクッと身体をふるわせた。

 あ!!

 恐がらせちゃったかな?

 いいや、ここは怒らなきゃいけない場面だ。

 滅茶苦茶する子供には、怒れる大人がしかってやらなきゃ。

「あ、あによ~……」

 あによ~って、どこの言葉だよ。

「アンタがアタイのお風呂を覗くのが悪いんじゃん」

 なるほど。

 と、ボクは想った。

 この娘、河童カッパだ。

 雲間から顔を出した月明かりに照らされた少女は、緑色をしていた。

「お風呂じゃない。これはプール」

 河童だけにおかっぱ頭の黒髪に、濃い緑と薄い緑のツートーンカラーの顔を見つめつつ、他の部分も観察した。

 身体のアウトラインを濃い緑が覆い、内側を薄い緑色が染めている。

「でも、キレいな水が張ってあるし」

「それは泳ぐためだよ。泳ぐのに汚い水は張らないでしょ」

 顔は薄緑、喉も薄緑、胸に、お腹に、内腿まで薄緑色をしてる。

 胸の先端と大切な所は、もっと淡い肌色に近い色をしてた。

「お風呂は家の中にあるの」

 お~、おへそだ。

 おへそがある。

 そうか。

 河童は哺乳類ほにゅうるいだったのか。

 胸がある時点で気づくべきだった。

「露天風呂は外にあるじゃ……」

 河童娘がギョッとした眼でボクを見て、慌てたように胸と股間を両手で覆ってプールに飛び込んだ。

 あ、やっぱり水掻みずかきあるんだ。

「この馬鹿、変態、スケベェェェ」

 二度目の津波がボクを襲った。

「ダァァァァァァァァアァァッ」

 だから、それ、やめろって!!

 ボクは、必死に。フェンスにしがみついた。

 あ!!

 ほんのちょっぴり、チビった。



 ♠



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