第11話 ミャー



 ♠



 という、ミーたんの声が聞こえてボクは眼を醒ました。

 頭が重い、身体もだ。

 全身をしっとりとした柔らかな重石に覆われてるような、そんな感じがする。

「ミーたんゴメン。今日日曜日だから、もう少し眠らせて」

 ボクは両目を瞑ったまま、枕を抱きしめてそう言った。

『ミーたんじゃないわよ』

 微睡まどろみの中、薄目を開けたボクの瞳に、ミーたん頭にを乗せた半裸の上樹先輩の笑顔が飛び込んで来た。

 あぁ~、凄いエロい夢を見てる。

 ボクは夢を見ながら、それが夢だと分かる方の人間だ。

 上樹先輩とお風呂に入って流しっこするなんて、まだ未練があるのかな!?

 はじめ先輩ごめんなさい。

 でも、夢のなかなら許してくれるよね。

「そなたが乳が好きなのは分かったから、もう少し力を抜いてくれぬか? ちと息苦しゅうて……」

 ボクは上樹先輩の頬に触れた。

 凄い。

 指先が肌に吸い付いて離れない。

 上樹先輩の唇がボクの親指に触れ、上樹先輩の前歯がボクの親指を甘噛みし、上樹先輩の柔らかな舌がボクの指先をちろりと舐めた。

 じわっと暖かい戦慄が背中に広がり、経験した事の無い快感が背骨を駆け上がった。

 ボクは気がついたら上樹先輩の唇を奪って、ベッドに押し倒していた。

「これ!? まだ朝ぞ」

 一瞬だけボクの胸を押した上樹先輩の手は、再び唇を重ねた時にはボクの背中に回っていた・・・



 ♠



 大きく息をついて、ボクは目を醒ました。

 数度瞬きした眼に、まだ見慣れない天井が映りボクはガバッと起き上がった。

 頭が重い。

 身体も重い。

 深酒のせいだな。

 布団もシーツもグッチャグチャで、パジャマまで脱ぎ捨ててる。

 下着もだ。

 あ~、着替えるの面倒くさい。

 冷蔵庫を開けて、冷たいミネラルウォーターを喉に流し込んだ。

「なんだこれ?」

 凄く美味い。

 微かな甘みに、微かな酸味、それに少し不思議な香りがする。

 フレーバーウォーターなのかな?

 渇いた喉を潤した水は、全身の血管を駆け巡って、身体の隅々まで行き渡った。

 ボクは、二リットルを一気に飲み干して銘柄を見た。

「sóma。ソーマって読むのかな?」

 知らない銘柄だ。

 水をたらふく飲んだお陰か、なんだか頭がスッキリした。

 身体も軽くなったような気がする。

 ハッと気がつき、ボクは部屋に駆け戻って服を着た。

 そうだ琥珀様が居るんだった。

 二度も裸を見られたら、それこそ変態扱いだ。

「コハクさま」

 ボクは彼女の名を呼んだ。

 返事は無い。

「コハクさま!!」

 もう一度呼んだ。

 やっぱり返事が無い。

 ゲストルームを覗いてみた。

 ベッドの上にキチンとたたまれた浴衣があった。

 バスルームを見た。

 居ない。

 洗濯機を見た。

 着物が無い。

 鎧も無い。

 もしかして、全部夢だったのか?

 きれいに方詰められた酒瓶と、ラックに残された一振りの刀だけが、琥珀様の痕跡として残っていた。

「コハクさま」

 名前を呼んだ。

 やっぱり返事がない。

 シーンと静まり返った部屋で、ボクは鯉口を切って刀を抜いて見た。

 一目見て分かった。

 真剣だ。

 間違いない。

 これ本物だ。

 慌てて鞘にしまったボクの耳に、

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 と、けたたましい悲鳴が届いた。

「なに!?」

 眼をやるとミーたんだった。

「ミーたんが悲鳴!?」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、た、助けて」

 助けて!?

 駆け寄って良く見ると、ミーたんの前脚が、テシテシテシと何かを叩いていた。

「うぉ、止めろ、止めぬか、このけだものめぇぇぇぇ」

「小人だ。小人がいる」

「貴様、見ておらんで助けぬかぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 ボクは、直通電話でコンシェルジェさんに連絡した。

『いかがなさいましたか桐生様』

「小人です。小人が出ました」

『それはどんな小人様ですか? 洋服? それとも和服?』

「洋服です。なんていえか中世ヨーロッパのカボチャみたいなパンツ履いたおじさんです」

「電話なんぞしとらんで、助けぬかぁぁぁ。止めろ。やめろう。やめて、やめて、やめて」

「あ~ダメダメ、ミーたん噛みつくのはダメ」

『エーデルワイス公フリッツ・エリアス・イグナシオ・ティーデ六世様ですね。すぐに向かいます』

 コンシェルジュさんを待ちながら、ボクはミーたんと小人さんの格闘を眺めていた。

「笑っておらぬで、助けぬかぁぁぁぁぁ」



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