第10話 胸の谷間のミーたんを撫でながら


 ♠



「これほどかわゆい獣、わらわは初めてにしたぞ」

 多分事実だと思う。

 ああ!!

 もう!!

 ボクは、ここに引っ越して来て以来、多分ばっかり口にしてる。

 琥珀様は多分、また多分だ。

 もう良い気にしない。

 琥珀様は多分、別世界の人なんだと想う。

 そうじゃなきゃ青い髪の毛も、オレンジ色の瞳も理解できない。

 いや別に理解したい訳じゃない、詳しく訊いたって理解出来ないと想うし。

 ただ納得したいというか、そこしか落とし所を見つけられないというか。

 このモヤモヤとした気持ちを、何とかしたいだけなんだ。

「さっき言ってたマンテイコウとか、キマイラとか、そんなのしか居ないの?」

 お酒が入ったせいか、ボクはフランクな喋り方で琥珀様に訊いた。

 調子に乗りすぎかな?

 まあ、良いや。

 もう一本パロマの栓を抜いて、ライムを沈めた。

「そうじゃ。わらわの国では、鬼迷羅に曼丁蛟、倶利奔と沙螺懣蛇さらまんだいった魔物の如き獣が暴れ回っておる」

「それを、コハクさまは狩ってる?」

「わらわたけでは無いぞ。わらわの母上も祖母上ばばうえ猟士りょうしであった。我が家は代々猟士の家系なのじゃ」

「お父さんも?」

「父上が何故獣と戦うのじゃ?」

 へ?

 ボクは琥珀様の言葉に驚き、唖然とした。

「我が父を侮辱するのか? 男は家を守る者ぞ。女子おなごのように外に出て戦ったりするものか」

 さっきまで笑ってたのに、憮然とした調子で琥珀様がそう言った。

「いやいや、男が外で働かなくてどうするんです。女の人が戦うなんて間違ってる」

「間違っておるのは、そなたの方じゃ」

「最近っていうか、ボクの親父おやじや、いや違うな、祖父じいさん達の頃から、女性が外で働くのは当たり前になってるけど、それでも危険な獣と戦うのは男の役目でしょう」

「違う、違う。そなたは何も分かってない」

 ボクの手からパロマを奪い取ると、琥珀様は一気に飲み干した。

「知っておるか、そなた?」

「なにを?」

むしも鳥も、見目麗みめうるわしいのは全てオスぞ」

「そりゃそうだけど」

「見目麗しいオス鳥が、せっせと巣を作り、歌を歌い、オスと戦って、メス鳥がやって来るのを待つのが本来の姿ではないか。男が家を守るのが当然なのじゃ」

「そりゃ鳥はそうだけど、人は違う。ほ乳類はそうじゃない」

「ほ乳類?」

「え~と、赤子に乳をやる動物だよ」

「あ~、ならばもう一つ例を挙げようではないか。そなた獅子を知っておるか?」

「獅子? ライオンの事!?」

「ほう。この国では獅子を雷音と呼ぶのか?」

「まぁ、一般的に」

「威風堂々たる姿と、天地を揺るがす咆哮に相応しき名よのう」

 多分なにか勘違いしてる。

 でも、訂正するのが面倒くさい、

 あ、また多分だ。

 もう良い!!

「獅子はメス獅子が狩りをして、オス獅子がそれを喰らうのだ。代わりにオス獅子は、他の獣や、他のオス獅子が縄張りを荒らし、子を襲うのを防ぐ為に命懸けで戦う。これこそ男の役目ではないか」

 こんな調子で、ボクと琥珀様の議論は終始平行線を辿ったんだけど、これが以外に悪くなかった。

 なんか楽しくて仕方なかった。

 ボクと琥珀様は、色んな疑問を投げつけては、同感したり、反目したり、でも最後には笑いあって仲直りした。

 こんなに楽しい気分はいつ以来だろう。

 別れた彼女も付き合い始めた頃は、確かこんな感じだったな。

 別れ際は、喧嘩ばかりしてたけど・・・

 冷蔵庫をあさり、ツマミを作り、ワインセラーを見つけたボクは、そこに保管されてた数本の日本酒を開けて琥珀様と杯を傾けた。

 開け放った窓から夜風が吹き抜け、見上げると雲間から月が覗いてる。

 朧月夜だ。

 ボクの隣に腰掛けた琥珀様が身体をしなだれ掛けて来た所で、ボクは意識を失った。



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