第3話 ボクのアーバンライフは、



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 奇妙な書式の契約書にサインをして、拇印を押すことか始まった。

 ハンコを持参してなかったんだけど、コンシェルジュさんが拇印ぼいんでOKだと変なインク壷を差し出してくれた。

「朱肉じゃないんですね」

 高級マンションの契約立と、何かと格式が違うんだな~

 と、その時のボクは想ってた。

 コンシェルジュさんいわく

「これは☆◇@◎#※です」

 と、言ってたが、何枚も書類にサインをするのに忙しくてボクは、つい聞き漏らしてしまったのだ。

 引っ越しを済ませて、と、言ってもボクの家財道具なんてたかが知れてる。

 愛用のパソコンに、24インチのモニターと、数着の着替え。

 あとはミーたんのケージとトイレとキャットタワーだ。

 タクシーで運べる程度の身軽さだ。

 冷蔵庫も、洗濯機も、新しい部屋に備え付けてある。

 どっちも何か知らないけど、とてもドデカい。

 冷蔵庫は業務用だし、洗濯機は何リットル入るのか分からない。

 布団用の乾燥機まで用意されてるから、これで布団の丸洗いが出来る。

 80インチ大画面の薄型テレビに、最新のオーディオ機器。

 本当に至れり尽くせりだ。

 大家さんに挨拶を終えて、ボクは新居に向かった。

 地下駐車場にはボク用のスペースも確保されている。

 もっともボクは車を持ってない。

 前のアパートから月極の駐車場までは自転車で一時間の距離があぅたし、仕事場までは自転車で二十分の距離だし、最寄りの駅も近い。

 車を持ってるメリットが無かった。

 高級車がずらりと並んだ駐車場の愛用のママチャリを停めて、ボクはエレベーターに向かった。

 このエレベーター・・・

 なんか怖いんだよな。

 格調高いというか、重厚というか、なんか普通じゃないデザインしてる。

 なかにはボタン類が全く無いし、部屋の鍵を差し込んで回すと最上階のランプが着いて動き出す。

 地下三階から地上二百五十階まで、一分も掛からないのに全く音がしない。

 超高性能だ。

 扉が開くと、そこはもうボクの部屋の玄関内だ。

 そのまま右のドアを開く部屋に入り、左とドアを開くとマンションの屋上に出る。

 そういえは、まだ屋上を見てなかったな。

 ま、なにもない殺風景な風景をみてもな~

 と、思いつつ左側のドアに手を掛けた。

「うわっ!!」

 ボクは歓声を上げた。

「プールだ。プールがある」

 水底にライトがあるのか、プールの底が光ってる。

「ええええ、なにこれ。自宅でナイトプールが楽しめるの!? ウワォ」

 ボクは携帯をデッキチェアーの上に置いて、TシャツGパンのまま飛び込んだ。

 小・中・高と水泳部で、インターハイじゃ全国四位に入ったボクは、こう見えて泳ぎは得意な方だ。

 真夏の日差して曝された水は、少しぬるくて、でも冷たくて、最高に気持ちが良い。

 プールの縁に身体を預けて周囲を見回した。

 バーベキューグリルがある。

 ナイター用の照明もだ。

 デッキチェアー数脚に、大きめのテーブルまで。

「あ~。今度師村たち呼んで、バーベキューパーティーだな」

 女の子を呼んで、師村に、中元に、嘉藤、新井と高城を呼ぶのは危険かな?

 あいつら酒癖が最悪なんだよな。

 下手すりゃフェンスを飛び越えちまうかも。

 プールから上がったボクは、マンションの端まで足を運んだ。

 絶景だった。

 星空と地上の星を一望にできる。

 こんな風景、いままでテレビ以外で見たことがない。

「すげえや」

 やっぱり全員呼ばないと。

 服を脱いで全裸になったボクは家のドアを開いた。

「ただいま~っと」

「おかえり」

 あれミーたんが来ない。

 だいたいいつも玄関前で待ってるんだけど、新しい家だし馴れてないのか・・・


 おかえり?


 確かにおかえりって聞こえたよね。

 視線を上げた先に、ミーたんを抱っこした鎧武者がいた。

 ボクは、そっとドアを閉じた。



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