第2話 そてボクは、ここにいる


 ♠



 いま超高層タワーマンションのペントハウスのなかにいる、

 テニスコートのように広いダイニング。

 リビングはサッカーが出来るほど広くて、バスルームなんて十畳はありそうだ。

 それに、この浴槽。

 二十五メートルプールかよ。

 確実に泳げると想う、つーか泳ぐよね。

「いかがですか」

 と、コンシェルジュさんが訊いた。

「凄いですね」

 素直な感想を口にした。

 それ以外に思い浮かぶ言葉がない。

「お決めになりますか?」

「はい」

 と、答えそうになって、慌てて口を噤んだ。

 こんな家が月二万円で借りられる訳がない。

 きっと何か裏がある。

 ははぁ~ん、分かったぞ。

 ドッキリだな。

「カメラはどこですか?」

「カメラ!?」

 コンシェルジュさんは訝しげに首を傾げた。

「防犯カメラなら、駐車場、エントランスホール、エレベーター前に設置してあります。各お部屋の玄関前には、インターホン用の……」

「そうじゃなくて、テレビカメラですよ。これ素人を騙すドッキリ番組ですよね。ボクは、あの手の番組が嫌いなんですよね」

「違います」

 コンシェルジュさんは、キッパリとそう言った。

「えーっと、テレビ」

「違います」

「ドッキリじゃ」

「違います」

 コンシェルジュさんは笑ってたけど、その瞳はこれ以上続けると怒るよ、と、ボクに語っていた。

「えーっと、じゃあこの部屋で殺人事件が起きたとか!?」

「まさか!! とんでも御座いません」

「じゃあ、じゃあ、出るとか?」

「出る?」

「幽霊とか、その、あっち系が」

「幽霊は出ませんよ」

 どうする!?

 ドッキリ番組じゃない。

 事故物件でもない。

 幽霊も出ない。

 こんな幸運、この先二度と無いかも知れない。

 いや確実に無い。

 いや待て、待つんだ暁人。

 重要なのは家賃だけじゃない。

 光熱費だってあるんだ。

 いったい月何万、いや何十万跳ぶんだ。

「いかがなさいます」

 美人コンシェルジュさんの笑顔が痛い。

「やっぱり止めます。せっかく内見までさせて貰ったんですが。さすがに光熱費を払えないと想うし」

「光熱費、水道代込みの月二万円ですが」

 嘘みたいな話だ。

 でもな~

 実はボクは猫を飼ってる。

 駅前で拾った、まだ一歳にもなってない子猫で、


 ミー、ミー


 と、小さな声で可愛く鳴く、親友の師村が勝手に《ミーたん》と命名した、かぎしっぽの三毛猫だ。 

 いまさらミーたんと別れ別れの生活なんて、もとい離れ離れの生活なんて、ボクには耐えられない。

 改めて見るまでもなく、この部屋絶対にペット不可物件だ。

 アンティーク調の家具は、間違い無く本物のアンティークだろうし、カーテンも多分シルクか何かが。

 このフローリングだって、何か知らないけど凄い樹が使われてると想う。

 木目が凄いし、全く滑らない。

 これなら畳暮らしのミーたんも、足を滑らすことなく走り回れると想う。

 でもな~

 多分、いや間違い無く、ペット不可だよな~

 あきらめるしかないよな~

 でもな~、この部屋も捨てがたい。

 暮らしてみたい。

 ミーたんか部屋か、部屋かミーたんか、ミーたんか部屋かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

「ここペット駄目ですよね?」

「OKですよ」

 ボクは契約した。



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