レッツ・ダンス
緑茶
レッツ・ダンス
機械人形達と人間の終わりの見えない戦いは、いつしかお互いのレゾンデートルを大きく歪めることとなった。
機械人形達は人間らしい心を獲得し、怒りや悲しみを原動力としていつまでも戦い続ける決断を下すようになった。人間たちは投薬や改造によって長く続く戦乱を乗り切ろうとした。
……ひとりの男がいた。
彼もまた、苛烈を極める戦いの中で、徐々に人間性と呼べるものを消失していった存在だった。
だが、摩耗し切る直前で彼の心は一つの疑問へと至っていた。
それは、『もはや人間はヒトではないのではないか。我々を憎み、仲間の破壊に悲しみを見せる彼ら機械人形こそが、ヒトと名乗る資格があるのではないか』という思いである。
曲がりなりにも人類のために戦ってきた男にとって、その発想に至ることこそが絶望と言えた。
やがて彼は苦悩の果て、一つの化学兵器を完成させた。それはまるで、神が屍者を裁き、各々の行く末を占うがごときもの。
『心を持たぬものの生体機能を永久的に凍結させ、その機能をすべて停止させる』。ある意味でそれは彼にとって最後の祈りでもあった。
人類が心を持ち、ヒトとして在るのなら、皆が助かる。しかし、その逆であれば――果てしない終末の世界が広がるのみ。もはやそれは兵器でさえなく、男のエゴと願いだけによって生まれた終末装置であった。
……起動する直前、彼は心の中で考えた。こんなものを作り出した自分はもはや、ヒトではない。もっと別のおぞましい何かだ。そう考えている自分の魂さえ、もはやどこにあるのかわからない。だから、自分もまた裁かれることを欲している。あぁ、どうか私よ、ヒト以下の畜生であってくれ……。
彼は、装置を起動しようとした。
しかしその際、大きな振動が起きる。起動時の衝撃か……?
まさか、と彼は思った。周囲が震えだす。
間もなく、瓦礫が彼の上に落ちてきた。
しまった、と言う暇もなかった。視界が闇に落ちる。その端で、装置が起動する音が聞こえる。
何も、見えなくなる。
そこから、長い時間が経過する。
――鈍く痛む身体を知覚する。
それから、自分に覆いかぶさる瓦礫に気付く。
額から血を流しながらもそれらをどけて、目を開けた。
広がっているのは世界の黄昏。薄墨色の重い雲の下に、荒れ果てた大地が横たわる。斜めに沈み込んだビルが乱立し、その狭間には、人間であったものの残り滓が見える。どの残骸にも、何らかの刻印が身体に与えられている。
どうやら起動は無事に起動したらしい――その刻印は、装置の影響を受けた者の証だった。
ところどころで闊歩するのは、機械人形だ。対象を失った怒りを発散しながら、苛立たしげに動き回っている。彼らにもまた、刻印があった。
情景を頭に入れてから、自分の体を確認する。
……ゆっくりと、絶望がやって来た。
自分が、生き残ってしまったこと。
だがそれは、自分がヒトであることを意味しない。
自分には刻印がなかった。つまり、装置の影響を受けなかった。
あの瓦礫のせいだ。あの時、はやる気持ちを抑えていれば。
……彼は顔を覆ったが、涙は出なかった。その事実がさらに、彼に起こったことを明確にしていた。
彼に、装置の効果はもたらされなかった。
これでもう、自分がヒトであるか否かを知る機会を永久に失ったことになる。
自分は、裁かれずに終わったのだ。
男は笑った。何もかもが馬鹿らしくなって、腹を抱えて笑った。
それからすべてを投げ捨てて、荒野の上を跋扈する者たちのもとへむかった。
◆
刻印された機械人形たちは――否、新たなヒト達は、目の前に現れたその奇妙な男の存在に一瞬戸惑いを覚えた。だが、少なくとも自分達の敵でないことは理解できた。ゆえ、彼らはその存在を群れへと迎え入れた。
彼らが倒すべき敵はもはやどこにもいなかった。ならば、生まれてしまった怒りや悲しみはどこにぶつけていいのかわからない。喜びや楽しみの感情が生まれるための土壌は、まだまだ生まれていない。
だから彼らは選択した。踊り続けることを。
かつて敵を葬るために行っていた動作のすべてを、永久に地上で繰り返す。その中に、新たな感情の萌芽を期待する。望みもなく、願いもなく。自分達がヒトであることを示し続けるために……繰り返し続ける。
彼らは踊り続ける。太陽さえも霞んで見える曇天の下、永遠に思考し続けながら。
その群れの中にはかつて、人間と呼ばれた存在があった。だがもはや、誰も彼をその種族名で呼ぶことはない。永遠に、永遠に。
ダンスは続く、やがて全ての終りが来るその時まで。その踊りに快哉を叫ぶ観客も、怒号する者も、二度と生れ出づることはない。
レッツ・ダンス 緑茶 @wangd1
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