桜色——Cheriblossom

翌日、私の学校は預言者のブログの話題で持ち切りだった。そして私は家に帰ってから確認するのを忘れていた事に気付き、慌てて携帯で検索をかけてブログを拝見した。


ブログには昨日話したこの太陽系が消滅する事が細かく書いてあった。そして明日には私の学区が別世界への転送対象となっている。


生徒達はとてもお気楽で、別世界が本当にあったのなんだの、どんな場所なんだろうかと話し合って夢を遥か宙へと馳せる。


「ねぇ、例のブログ信じる?」


そう私に聞いてきたのは友達だった。


「うーん‥‥よく当たってるなら信じる」


「確かに今までの出来事とか全部予言してたけどさぁ、流石にこれは無理じゃない?」


友達の言葉に私は困ってしまった。そんな事を言われても私には分からないからだ。彼がどうしてそれを知っていてわざわざブログにしているのかすら私は知る由もなかった。


「そんなの分からないよ‥‥」


私は苦笑を浮かべて答えた。友達は「そうだよねー」とあまり期待していないという声色で言う。


「あ、篠原光耶の事なんだけどさ。ほら、ちょうど廊下を歩いてるあの子みたいな‥‥え、何で下級生が上級生の廊下歩いてるの?」


ガラリと教室の引き戸が開き、彼は誰かの姿を探していた。そして私の事を見るなり手招きをしたので私は席から立ち上がって彼の傍まで行く。


「突然教室に来てごめんなさい‥‥これ、お祖母様に渡して欲しくて」


そう言って彼が渡してきたのは本物の桜だった。ざらついてるのにすべすべな木の枝に可愛らしい花を付けたそれはほんのりと優しい香りを匂わしていた。


「わざわざありがとう、きっとおばあちゃんも喜ぶよ」


そう答えると彼は笑って「それじゃあ」と軽く手を振って自分の学年の階へと走って降りた。


「ねぇ、それ何?」


席に戻るなり友達が興味深々に桜を見つめてきた。


「桜だって」


「へぇ、これが桜‥‥ネットの写真とかで見るよりも白っぽいんだね」


「そうだね‥‥」


くんくんと香りを嗅ぐと青臭さと花の香りが私の鼻腔をくすぐる。


その時、先生が勢いよく教室へ飛び込んできた。そして私は呼び出され、何事かと思ったら先生の口からは聞きたくなかった言葉が紡がれた。


「お祖母様が大変だって!家まで送ってくから荷物を持って!」


先生の表情から察するに、祖母の容態は良くないらしく、私は急いで鞄と桜の枝を持って教室を飛び出た。




先生の車で家まで送ってもらい、私は祖母の部屋へと駆け込んだ。そこには目元を赤く腫らした母と急いで帰ってきた父がいた。


「おばあちゃん‥‥」


私は祖母に駆け寄った。息は弱いがまだ生きていた。しかしもう長くはないと私でも分かるほどだった。もともと心臓が弱く、手術を繰り返していたが、先が長くないと家で過ごす事になった時に覚悟していたのだが、やはり辛いものは辛かった。


「おばあちゃん‥‥これ、桜だよ、おばあちゃんが見たがってた桜の花‥‥」


私は泣きながら声を振り絞って桜の枝を祖母に差し出した。すると祖母は弱々しくそれを受け取り、蚊のような声でありがとうと言って、息を引き取った。


私は声を上げ、疲れ果てるまで泣いた。





次の日腫れぼったい目をしたまま学校に行こうとしたが、私の足は動かなかった。そのまま玄関に座り込みぼうっと玄関の扉を眺める。


チャイムが鳴った気がしたがどうも体が動かなかった。


「センパイ」


数回戸を叩く音がし、聞きなれた声が私の意識を僅かに現実へと引き止める。


ゆっくりと立ち上がり、私は玄関の戸を開けて彼を見上げた。


孔雀青色の瞳が心配そうに私を見下ろす。


「桜の枝‥‥ありがとう‥‥おばあちゃん喜んでた」


「それは良かった‥‥お祖母様の話は学校で耳にしました‥‥でもきっとお祖母様は先輩のようなお孫さんに看取ってもらえて、しかも桜の花を見れて心残りはなかったんじゃないですかね‥‥?」


私の肩を強く両手で掴み、彼は静かに力強く言った。確かに彼の言うとおり、祖母はの死に顔は安らかで極楽浄土へ行けたのだと思う。


「そうだといいな‥‥」


彼の言葉に少し元気を貰えた。


「センパイ、お祖母様のお葬式は桜が満開の場所がいいと思うんだ‥‥だから、ちょっと早いけど迎えに来ました」


「迎え‥‥あ、そうだ!」


「もしかして忘れてたんですか?」


「昨日の事がショックで‥‥ごめんね‥‥」


目を伏せて謝ると、彼は怒ってないですよと言って私の頭を優しく撫でた。


「それじゃあ、お邪魔しますね」


彼はそう言うと靴を脱いで私の家に上がり込んだ。私は彼を祖母の遺体が眠る部屋へと通し、両親に事情を説明して自分達も集まった。


「光耶君ずいぶんと大きくなったわね」


「あはは、最後に会ったのだいぶ前でよ?」


「え、お母さんと知り合いなの?」


2人の雰囲気から察すると、私は驚きを隠せなかった。


「この子はね、私達の家系の子なのよ」


母の口から告げられた真実に私は困惑しかしなかった。


「遠い遠い親戚みたいなものだから貴女は覚えてないと思うわ」


私は記憶を探り何かあっただろうかと思い出そうとする。すると幼い頃に1度だけ見たことがある家系図を思い出した。その家系図はとても膨大で、世界各国に私達の親戚がいるという事実に胸を踊らせたのを思い出した。そして血族の長になる者には特別な名前と力が与えられるというのも思い出した。


「ソロモン‥‥」


私の口から零れた言葉は先日聞いた名前だった。


「さぁ、お祖母様を弔いに行きましょう」


彼はそう言うと手を天井へと翳す。すると彼の手から宇宙が吐き出され、私達がいる部屋へとたちまちに広がった。キラキラと輝く星々、地球との距離が近くなった太陽。今にも金星が飲み込まれそうだった。


「今の僕らの文化よりも進んでて尚且つ安全な世界へ案内しますね。大丈夫、住む場所も用意してありますから」


彼がそう言うと同時に景色が高速で動き、星の光は光の束へと変化した。私は思わず目を閉じてしまい、それからの事は何も見ていなかった。ただ次に顔を上げた時に見たのは綺麗な青い惑星だった。


「あれがセンパイ達が住む地球です。ここの人達はとても優しいから安心してください」


にっこりと彼が笑うと宇宙は再び彼の手へと飲み込まれ、私達は元いた部屋よりも綺麗な部屋に座っていた。


「ちょうど季節も春ですね‥‥」


私は立ち上がって何が起こったのか確認するべく、玄関へ向かい乱暴にドアを開けて目の前に広がる景色に息を飲んだ。


目の前には綺麗な道路があり、綺麗な家があり、なにより驚いたのは陽射しが全く暑くないことだ。そして風も肌寒く、夏服を着た私は身震いする。


どこからかはらはらと舞う桜の花が家の中へと入った。


「‥‥これが、おばあちゃんが見たかった景色‥‥」


私はあまりのその美しさに涙を零した。




それからすぐに学校の人たちもやって来た。


暫くして私は無事に祖母の葬式を終わらせる事が出来た。


私はもう1度彼に会いたいと思い、新しい学校内を探すが彼の姿を見かける事は出来なかった。


どこに行ってしまったのだろうか…お礼を言いきれてないのにと落ち込む。


「センパイ、誰を探してるんですか?」


かけられた声に私は弾かれたように振り返る。


そこには——





おわり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さくら 八條ろく @notosikae

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ