空色——sky blue

突き抜けるような空の青さと柔らかな雲の白。私を照りつける太陽の光。アスファルトから上る熱。それらは取り払うことの出来ない現象で、私は暑さに参っていた。しかし、あともう少し歩けば涼しい公会堂に着くのだと自分を鼓舞して足を動かす。


人混みは凄く、皆公会堂の方へと向かっているようで、そんなに展示物が凄いものなのかと私の胸は期待で膨らんでいった。


そして、無事に公会堂に到着しさっそく涼しい館内へと入り込む。どうやら先程の人達はホールの方に用があるみたいで、私は流れから脱出して展示ブースに向かった。


案の定、展示ブースは人が少なくとても静かだった。


しかし展示されている作品の数々はどれも素敵なものばかりで、私を楽しませるには充分だった。そして昨日と同じスタイルの良い人影を見つけて、私は側まで行き、彼の服を軽く引っ張った。


「あ、センパイ」


驚いて振り返った彼は私だと分かるなり眼鏡の奥の人を歪ませて笑う。


彼が見ていたのは篠原光耶のコーナーだった。


「君、本当はこの子のお友達なんでしょ?」


「友達なんかじゃないですよ。ただ気に入ってるんです‥‥この絵もあの絵も全て」


彼は苦笑を浮かべて素直な気持ちを口にした。


「センパイはあの桜を見に?」


「最初はそうだったけど、この子の作品全部見てみたくなった」


「センパイならきっと気に入りますよ。今はもう無い春や秋の動植物をメインに描いてますから」


なぜか彼が嬉しそうな笑顔を浮かべてそう答える。私は本当にこの子の作品が好きなんだとつられて笑った。


それから彼と一緒に絵を見て周る事にした。篠原光耶の作品は彼の言う通り、図鑑でしか見たことがない動植物が写実的に描かれており、本当にその場にいるような気さえする程だった。


「きっとこの子は将来有名な画家になるね」


「だといいんですけど‥‥」


彼は苦笑を浮かべる。


「‥‥そういえば、センパイは予言って信じますか?」


「予言?‥‥うーん、どうだろ‥‥周りでは預言者のブログが流行ってるけど本当に当たるのかな?」


突然振られた話題に私はあまり真剣に考えずに答えた。


「預言者のブログは当たりますよ。これから先、見といて損はないと思います」


彼の目は真剣そのものでからかってるわけでもなく、本気で言ってるんだと分かった。なぜこんなにも真剣な顔をするのかと私は少し恐ろしく思い、帰ったら見てみるよとだけ答えた。



作品を全部見終わり、私達は涼しい公会堂を後にした。そのまま家に帰ろうとしたが、彼に少しお茶をしないかと誘われ、私は断れず、喫茶店へと入る事にした。


訪れた喫茶店はアンティーク調でとてもお洒落だった。店内は珈琲の匂いが充満しており、何だかほっとする。


「ミツ、その連れてるのは彼女か?」


見た目若そうなぶっきらぼうな外国人マスターは私を見るなりそう茶化した。


「違いますよ、学校の先輩です」


彼は笑ってそう答えた。私も首を縦に降って彼の言葉に同意する。


「ふぅん‥‥ま、ゆっくりして行け、ほとんど貸し切りだから」


「ありがとうヴェルガさん」


私達は二人がけの席に腰を下ろし、オーダーを取りに来たマスターにミルクティーを注文した。


「ここ、俺の行きつけの店なんだ」


「へぇ、素敵な場所だね」


「うん。‥‥えっと、さっきはいきなり脈絡の無い話をしてすみませんでした」


「ううん、気にしないで」


彼は公会堂での突然振った話について謝罪を述べた。


「実はその預言者のブログ、俺が書いてるんだ。あと、今日見た絵も」


突然のカミングアウトに私は言葉を失った。どう反応すればいいのか分からなかった。


「驚かせる事してごめんなさい‥‥でも学校で知られたら先輩まで変な目で見られちゃうからさ‥‥」


彼は困ったような笑顔を浮かべて力なくははっと声を漏らした。


「じゃ、じゃあキミが篠原光耶君!?」


「はい!篠原光耶です。そして預言者のソロモンです」


ソロモンという単語に私は何かデジャブを感じ、思わず眉を顰めた。


その表情を光耶君は見逃さず、やっぱりと小さく言葉を漏らした。


「センパイ、ソロモンの名前をどこかで聞いたことあるんですね?」


「あるけど‥‥多分そのブログの話を耳にしたんじゃないかな‥‥?」


どこで聞いたのか思い出せないが、多分そうなんじゃないかと憶測で答える。しかし彼の顔は何故か自信に満ちていた。


「いや、それは違うな」


その声は彼の声ではなく、明らかに女性の物だった。私は周りを見回すが私達とマスター以外は誰もおらず、私は困惑した。すると彼が眼鏡を外して私にかけさせた。


「うわ!」


眼鏡をかけると、目の前に知らない女性が私の顔をまじまじと見ていた。しかも魔女のような帽子をかぶったおかしな格好をしている。


空色の綺麗な瞳が歪められ、彼女はにんまりと笑った。


「ローズマリー、行儀が悪いよ」


彼に注意され、ローズマリーと呼ばれた女性はテーブルの上から降りた。


「あの‥‥この人は‥‥」


「お初お目にかかります、私はローズマリー。キッヒヒヒ、まぁ仲良くしてやろう」


光耶君に尋ねたのに答えたのは女性だった。にっと並びの良い白い歯を覗かせて笑う彼女から威厳が溢れており、なんだか逆らい難い印象があった。


「口は悪いけど悪い人じゃないから安心してください」


彼はそう言って笑った。


「はい、ミルクティー」


冷えたミルクティーが目の前に置かれ、私は受け取り頭を冷やすために一口飲んだ。口に広がる芳醇な紅茶とまろやかなミルクの味に程よい甘さが私の心を落ち着かせる。


「美味しい‥‥です」


マスターに素直な感想を伝えると、マスターは少しだけ微笑んで「それは良かった」と言った。


「‥‥センパイをここに連れてきた理由はですね」


アイスティーを飲んでひと息ついた彼は話を切り出した。彼の話によると近々この太陽系が崩壊するらしく、ついに地球が太陽の引力に負けるだそうだ。今現在も徐々に太陽に近付きつつあるのだから信憑性は十分にある話だ。そして私達を守るために彼がいるという話らしい。彼は地球に良く似た星がある銀河系をいくつも見てきたと話した。言わば別世界になるのだとか‥‥。


小難しい話だったのであまり頭に入って来なかったが、その別の世界には四季がちゃんとあり、文明も私たちが暮らすには十分に発達しているらしい。


「そこには桜はあるの?」


「もちろん。桜だけじゃなく今日見た動植物がある」


彼の力強い返答に私の心は期待でいっぱいになった。やっと祖母に桜を見せてあげられるのかもしれないのだ。


「人間が暮らせなくなるまでに時間はもう無い‥‥実は既に人を転送し始めているんだ。先輩が住んでるところだと明後日には連れていける。だから、ブログをしっかり見ておいて欲しい」


「分かった!」


「この事は他言無用で頼むぞ。お前は口が軽そうだからな」


ローズマリーの言葉が胸にチクリと突き刺さる。確かによく顔に出るし、得な事を聞けば周りに言いたくなる性格ではある。しかし、今回の事は絶対に言わないと心に誓った。


それから私は眼鏡を彼に返し、他愛のない会話をして日が傾き外が茜色に染まる頃に家に帰った。


「おばあちゃん、もうすぐ桜を見せてあげられるよ」


私は寝息を立てる祖母にそっとそれだけ呟き、自室へと戻った。




自室で今日あった事を振り返る。不思議な体験をしたのは確かなのに、あの女性—ローズマリーは他人には思えなかった。彼女は一体何なのだろうか、光耶君は何者なのか、結局謎は深まるばかりであった。


そして私は次第に微睡み、夢の中へと深く深く沈んでいった。

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