第18話 エイト、アヌスに危機が訪れる。

ひどい目にったわ……お風呂に入りたい……」


 かろうじて綺麗なままの顔をしかめながら、アヌは呟いた。

 彼女も大部屋の中で正座をさせられて、両手を後ろに回され革製のかせを着けられている。

 アヌを連れてきた警備の連中が、部屋から出て行くのを確認した後で俺とセヴェンとシェリーは、アヌに近づいて行った。


「どうして姿を隠せたんですか?」


 俺はシェリーの前なので美少女声で、そうアヌに尋ねた。


「闇カジノのディーラーが持っていたマジックアイテムを使ったのよ」


 あ、なーるほど。

 あいつら、マジックアイテムを持ってテーブルの下に隠れていたのか……。


 俺はアヌスタシアの答えに納得をした。


「あのぉ、勝手に証拠物件を隠匿いんとくされては困るのですが……」


 シェリーが言いにくそうに注意してきた。


「いーじゃない。固いことを言わないでよ」


 アヌは悪びれる様子もなく返事をした。


「困りましたねえ……」


 セヴェンが本当に弱ったという表情をする。

 俺は彼女に同意しながら答える。


「そうですね。もし相手の貴族……シュムネさんがアヌの正体に気付いてしまったら……」

「それも、そうなんですけど……お嬢様がいなくなった事をコルネア……カクさんが知ったら、この屋敷に向かって突入して来ると思うんです」


 俺とシェリーの顔面が、さおになった。

 そんな事になってしまえば、計画は台無しだ。


 三人とも一斉にアヌスタシアの方を見つめる。


「だ、大丈夫よ。カクさんにはトイレに行くって、時間がかかるって、そう伝えて窓から逃げて来たから……」


 ちっとも大丈夫ではない。


「カクさんが心配をして、確認の為にノックをしに来たら、どうするんですか?」

「ちゃんと手は打ってあるわ。扉の内側に重りをらした糸を取り付けてあるの。向こう側から叩かれたら、その反動で扉の内側から重りがノックを返す仕掛けよ?」


 アヌはドヤ顔しながら得意気とくいげに答えた。

 よほど強くノックでもしなけりゃ、そんな仕掛けが上手く動作するわけがない。

 それは置いておいて、俺は違う方向から駄目出しをする。


「扉の向こう側から話しかけられたら?」

「…………盲点もうてんだったわ」


 俺は両手が拘束こうそくされていなければ頭をかかえたい気分だった。


「カクさんがお嬢様のいない事に気付かれても、スケさんが抑えてくれるとは思いますが……残された時間は、あまり無いかも知れませんね」


 セヴェンが落ち着き払って言った。

 もう、こういうアヌの行動にはれっこなのだろう。


 そんな時に廊下から大きな声が響いてきた。


「まったく! 本家の連中は勝手に事を起こして尻拭しりぬぐいばかりさせる! こうしてストレスでも解消かいしょうせんと、やっとれんわ!」


 大部屋の扉が廊下にいた見張りの男達によって開かれて、若そうな男が丁寧ていねいに案内され中に入って来る。

 大きな眼鏡のような白い仮面を着けているので、顔はハッキリと分からないが、おそらくシュムネとか言う貴族のボンボン本人だろう。


 シュムネは値踏ねぶみするかのような感じで首を回しながら、とらわれの女性達を見下ろしてきた。

 そして、俺と目が合うと真っ直ぐに近づいて来る。


 ああ、俺の可愛らしさは罪深いな。


今宵こよい夜伽よとぎの相手は、こやつにしよう」


 シュムネはシェリーを指差した。


 ……ま、そうだろうな。


「ついでに、こいつもだ」


 そう言ってシュムネは俺も指差した。


 ……ついで、だとぅ?


 俺は少しだけ不機嫌になったが、表情には出さない。


 つか、この男……3Pを所望しょもうかよ。


 だが、これは好都合だ。

 こちらとしては隠密おんみつスキルを持ったセヴェンが残って、証拠をさがしてくれる方が助かる。

 既にセヴェンの手枷てかせは彼女の手によって実は、こっそり外されている。

 俺とシェリーの手枷もゆるめられていて、いつでも外せる状態だ。

 セヴェンのスキルなら、天井から他の部屋に侵入するのも余裕らしい。

 屋外や廊下はともかく、各部屋の中なら警備も手薄そうだ。


 そう考えていたら見張りの内の一人が、セヴェンを指差して余計な事を言い出す。


「この色っぽい女は、連れて行かないんですかい?」


 しかし、その提案をシュムネはとある理由で却下きゃっかする。


年増としまらん」


 俺はおそる恐るセヴェンの顔をチラ見する。

 しかし彼女の表情に変化は無く、悲しみに打ち震える女性を見事に演じきっていた。


 流石さすが、セヴェンだ。


 そう思ったが、よく見ればひたいに青いすじが立っている。


 あ、やっぱムカついてるのね……。


「こちらの少女は? 侵入者ですがえらい綺麗な顔立かおだちをしているので、旦那だんなの好みかと思って殺さずに生かしておいたんですが?」

「……どろだらけではないか。いくらなんでも、これではな。後で湯浴ゆあみでもさせて俺の家まで送って来させろ。誰のがねなのか直々じきじきに俺が、にたっぷりと尋問じんもんしてくれるわ」


 仮面の下の唇をゆがめて、シュムネは下卑げびた笑い方をする。

 アヌはイヤそうな表情を隠しもせずにシュムネをにらんだ。


 ふとシュムネの笑いが消え、しゃがみながらアヌに顔を近づけて見つめ直す。

 アヌは、そっぽを向いてシュムネと目が合うのをけた。


「んん〜?」

「どうか、しやしたか?」

「いや、この顔……どこかで見たような?」


 ……マズい。

 やはりシュムネは、姫将軍であるアヌスタシアと多少の面識があったようだ。


「きゃあ!」


 俺は悲鳴をあげて後ろへと退がった。


「なんだ? どうした?」


 見張りの一人が、こちらを向いて俺に尋ねる。

 シュムネも釣られて、俺の方へと顔を向けてくれた。


「その……今、ゴキブリが……」

「なんだ、人騒がせな」


 この異世界にもゴキブリはいるが、もちろん今の状況ではいなかった。

 これは俺の演技だ。

 俺は横座りの姿勢で後退あとずさりながらスカートから太腿ふとももあらわにして、わざとシュムネの視界に肌をさらした。


 案の定、シュムネは鼻の下を伸ばして俺の柔肌やわはだを食い入る様に見つめてくる。


「よし、その二人を寝室へ連れて来い」


 シュムネは、そう言うと先頭を切る感じで部屋を出て行った。

 俺とシェリーは見張りに剣で脅されつつ立ち上がると部屋を出るようにうながされる。


 部屋を出て廊下を歩く。

 階段を登って突き当たりの部屋の前にも見張りが一人いて、シュムネに気がつくと扉を開けた。


 シュムネに続いて俺達も部屋に入れさせられると、二人の見張り達は扉を閉めた。


 部屋の中は質素しっそなもので、大きな窓の側に大きなベッドが一つあるだけだった。

 ベッドはマットに白いシーツがかれているだけで、掛け布団は見当たらない。


 俺は、細マッチョなシュムネにかかえられるとベッドの上へと放り投げられた。


 シュムネは上着を脱ぎ捨てると、シャツの上のボタンを外しつつベッドに上がって、俺に近づいてくる。


「先ずは前菜オードブルからだな」


 いちいち失礼な事を言う奴だ。

 俺はおびえる振りをしつつも手枷を何時いつでも外せるように、こっそりと更に緩めた。


 シュムネは俺の右足首に手をかけると、それをわせてすべらせながら、ゆっくりとスカートをまくりあげていった。

 そして、いきなり股間をほぐすように触れてくる。


 奴の手が、かぼちゃパンツの上から俺のおいなりさんを優しくにぎる。


「……」

「……」


 俺とシュムネの間に沈黙がおとずれた。


「貴様……男だったのか……」

「そうさ……残念だったな」


 シュムネは驚愕きょうがくの表情をしながら大きく深呼吸をする。

 シェリーは床の上で正座をしながら目を大きく見開いて俺の事を見ていた。

 俺は勝ちほこる。


「分ったなら、俺に用は無いはずだ。今すぐ、俺をさっきの部屋に戻……」

「問題無い」


 ……。

 ……へっ?


 シュムネは俺のおいなりさんの更に後ろへとパンツ越しに右手を這わせる。

 そして中指を立てて、とある場所に押し込んできた。


 お、おい……?

 ちょっ、待っ……。


「あ、あんた正気しょうきか!? こんな格好をしているが、俺は男だぞ!?」

「それが貴様の本来のしゃべり方か? 美少女の姿とのギャップがえるな」


 なんで異世界の貴族が、ギャップ萌えなんて知っているんだよ!?

 いや、今はそこじゃねぇっ!


「本気で言っているのか!? 男だぞ!? 穴が無いんだぞ!? むしろ付いているんだぞ!?」

「美しい花をみ取るのに花弁かべんの形の違いなぞ些細ささいな事だ」


 猛烈もうれつ気色悪きしょくわるい事をポエミーに言うぅんじゃあぁねえぇっ!


 あれ?

 もしかして俺のアヌスタシアが大ピンチなんじゃね?


 シュムネは俺のスカートの中でボクサーブリーフに手を掛けると、かぼちゃパンツごと太腿の上まで少しだけ引き摺り下ろした。

 そして露わになった生尻なまじりで回し始める。


 ひいいぃぃっ!

 へるぷ、みぃ!


 けがらわしい手で俺のアヌスタシアにさわろうとするんじゃねえぇっ!


 あ……今の実際にアヌが襲われている時に言ったら、ちょっと格好良い台詞せりふだな……。


 ……そんな事を呑気のんきに考えている場合かっ!


「おい、よせ、やめろ! 俺は童貞じゃないが処女なんだよ!」

「初めてなのか? 安心しろ、優しくしてやる。少なくとも、この屋敷の中ではな……」


 それは、どういう意味だ?


 そう尋ねようとした俺と、シュムネの目が合った。

 仮面からわずかに見える奴の瞳の奥底を覗いた俺は、恐怖で身体がすくんでしまう。


 そこには前世で幾度いくどとなく見た狂気がひそんでいた。

 人を玩具オモチャのようにあつかっても、それが当然だと信じて疑わない連中の目。


「……この屋敷の外に何が……あんたの家に何があるんだ?」

「……楽園だよ。美しい人形達のな」


 更なる寒気が俺を襲う。

 部屋の中の温度がこおるように下がった気がする。

 しかし、それは目の前のシュムネのせいでは無い。

 シェリーから何か怒気どきのような殺気が、ふくれ上がるのを感じた。


「お待ち下さい」


 シェリーがシュムネに声を掛ける。


「弟の代わりに私を先に御賞味ごしょうみいただけませんか?」

「弟だと?」


 弟だと?

 ……いつからだっけ?


 ゆっくりとシェリーに向かって振り返るシュムネ。


「まったく似ておらんな」

「母親が違いますので」

「……なるほど」


 ……なるほど。

 そうい設定の嘘か。


 シュムネは床に座っているシェリーの元へとおもむく。


「自分が犠牲ぎせいになるから弟には手を出すなとでも言うつもりか?」

「いいえ……弟が覚悟を決めるまでの、お時間を頂きたいのです」

「お前は覚悟が出来ていると言うのか?」


 シェリーはシュムネから目をらさずに、ゆっくりとうなずいた。


「よかろう」


 シュムネから許可が出るとシェリーは、ゆっくりと立ち上がる。

 そして手枷を外した。

 シュムネは驚く。


「貴様……いつの間に……?」


 シュムネはあせり、扉の前でひかえている見張りを呼ぼうとするような素振そぶりを見せた。

 その前でシェリーは、ゆっくりとスカートを脱いでいく。

 シュムネの表情が歓喜かんきに変わっていく。


「なるほど、本当に覚悟は出来ているようだな」


 妖艶ようえんに微笑みながらシェリーは、シュムネの身体を片手でゆっくりと押した。

 シュムネがベッドの上へと後退あとずさりながら戻ってきたので、俺はベッドから降りてシェリーの背後へと回る。


 シェリーは上着を脱いで下着姿へと変わった。


「その刺青いれずみは……?」


 シュムネと同時に俺も驚く。

 シェリーの上半身には、びっしりと美しい桜の花びらが舞い散る様子の刺青がられていた。


 しばし状況を忘れてシェリーの肌に浮かぶ桜吹雪さくらふぶき魅入みいってしまう。


 現実に引き戻してくれたのは、屋敷の外から聞こえてくる悲鳴だった。

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