第17話 エイト、アヌスと囮作戦を始める。

「今回、協力してくれる事になったゲリー君です」


 とある林の中で俺達は、シェリーから今回の囮作戦に協力してくれる人物を紹介された。

 なんでも闇カジノで実際に女性達を屋敷に運ぶ係を担当していたそうな。


 転生前の世界では考えられない話だが、シェリーの権限で減刑を約束して協力を取り付けたらしい。


 また、本人がいわく嫁さんをギャンブルの負けで作った借金のかたに取られて、仕方なく協力させられていたとの事だ。

 彼が捕まった事が知られると、その嫁さんがどんな目にわされるか分からないらしい。


 彼の嫁さんの救出と身の安全をシェリーは保障している。

 彼が自分達を裏切る可能性は無いと、シェリーは断言した。


 既に日は暮れており、辺りは夕闇ゆうやみに包まれている。

 俺は暗がりの中でゲリー君を指差してアヌに小声で尋ねた。


(この人、王族の親戚か何か?)

(ちっがうわよっ!)


 いや、だってケリーでもゲイリーでもなくゲリーって……。


 俺はゲリー君の方を向いて本人に尋ねてみる。


「ゲリーって珍しい名前ですね?」


 ……いや、ちょっと待て。

 この世界だと、そうでもないのかな?


「へ、へい。国王様が城下を訪れた時に、おそれ多くも母親が、赤ん坊だったあっしに名前を付けて貰える様に頼みました所、快諾かいだくしていただき、名前を受けたまわりまして……」


 ゲリー君は、やや緊張気味に答えた。


 ……。

 また、王様か……。


 そんなゲリー君を先頭に、彼が持った一本の縄に仲良く両手首を繋がれながら目的の屋敷に向けて出発する事になった。


 メンバーは、白い清楚せいそな感じのワンピースに着替えて、髪を下ろした俺。

 いつも通りの色っぽいセヴェン。

 黒髪を後ろでわえてポニーテールにして、水色で長袖のブラウスにベージュ色のロングスカートを穿いているシェリー。


 シェリーは眼鏡を外して美女モードになっていた。

 格好は田舎の冴えない村娘みたいだが、意外と良い巨乳をしている。

 どことなく妖艶ようえんな雰囲気すらただよわせていた。


 俺は二人のあいだはさまれたり後ろに並ぶと、股間こかんがテントを張りそうだったので、ゲリー君のぐ後ろを希望した。

 色っぽいネーちゃん達を、なるべく視界に入れないようにする為だ。


「じゃあ俺達は、エイト達が証拠をつかんで合図を送って来るまで、シェリーの部下達と一緒に屋敷に一番近い小屋で待機しているからな?」


 そう言うとスケさん達は、ここからでも見える小屋の方へと向かって行った。

 アヌも、その後をついて行く。

 一瞬だけ心配そうにチラリと、こちらを振り返った。

 あれだけ一緒に屋敷に行くと駄々だだをこねていた割には、いざ行くとなると妙に大人しくなったもんだ。

 やはり、なんだかんだ言っておとりとして潜入せんにゅうするのは怖かったのかも知れない。


 しかし、歩き始めてからしばらくして俺のチートは、後方からアヌが近づいてくる気配けはい察知さっちする。

 だが、後ろを確認しても誰も見えなかった。

 後ろは暗闇だが、アヌは白っぽい服装をしているから全く見えないはずがない。


「セヴェンさん。アヌって透明になる魔法とか使えます?」

「……いいえ。戦闘のスキルでも、その呪文は習得が難しいので、お持ちでないと思いますよ?」


 俺の突然の質問にセヴェンは、不思議そうな顔をして答えてくれた。


 どうやらセヴェンもシェリーも後方の気配には気づいていない様子だ。


 セヴェンの本業はアヌの密偵だと聞いた。

 セヴェンは隠密おんみつという名で分類されるスキル持ちで、自身が人知れず潜入するのも得意だが、他人が隠れているのを見つけるのも上手いらしい。


 だがアヌの気配は、かなり遠くからするので彼女の隠密スキルを持ってしても発見が困難かも知れない。

 ……いや……もしかしてセヴェンにアヌが抱きついた時に残った彼女の気配に、俺のチートが過剰に反応して近くで小さく残った気配を遠くにある大きなものとして錯覚さっかくしているだけなのかも知れない。


 カクさんが、ついているんだ。

 アヌが離れるのを見逃す筈がない。


 俺は自分の勘違いだと結論づけると、見えてきた屋敷の門に意識を集中した。


 門の向こう側には門番がいて、ゲリーに気がつくと手を振ってきた。


「どうした? 今日は一人なのか?」


 門番はゲリーに、そう尋ねてきた。

 普通は後ろに、もう一人がついて女達を連れて来るものらしいと、出発前にシェリーから聞いた話を思い出した。


「ああ、ちょっと相棒の具合が悪くてさ。どこも人手不足だし、こいつら大人しいからって押し付けられたんだよ」


 ゲリーは、そう答えて上手くかわす。

 ちなみに彼の相棒は、牢屋の中にいる。


「ふーん」


 特に怪しむ様子も無く、門番は興味本位で俺達の顔を見つめてきた。

 俺は悲しみに暮れた表情でうつむく振りをしながら後ろを確認する。

 他の二人も哀しみで疲れ切ったような演技の表情をしていた。


 門番はゲリーに視線を戻して尋ねてくる。


「分かった。じゃあ念の為に合言葉で確認を取るぞ? 『お前は、ウンコか?』」

「『いいや、オナラだ』」

「よし、通っていいぞ」


 ゲリーの答えを聞いた門番は、扉を開ける。


 おい、やめろ!

 腹筋ふっきん崩壊ほうかいするじゃねぇかっ!


 俺は顔を俯かせたまま吹き出しそうになるのを死ぬ気でこらえた。

 よく見るとシェリーも合わせた唇が〜みたいな形になっている。

 セヴェンの表情は哀しみの演技のままで変わらない。


 セヴェン……あんた、スゲェな……。


 門のアーチをくぐって中庭を通り屋敷の前の大きな扉の前でゲリーは、屋敷を警備している連中と交代した。


 人相にんそうの悪い、ならず者の用心棒ようじんぼうっぽい冒険者の格好をした二人組の男に前と後ろを挟まれながら、俺たち三人は屋敷の中にある大部屋へと連れて来られる。


 扉の前にも似たような連中が二人、見張りに立っていた。

 扉が開けられて中に入るようにうながされると、他にも綺麗な女性達が監禁されていた。


 俺達は縄をほどかれ、代わりに今度は一人ずつ両手を後ろに回され、革製の手枷てかせを着けられる。

 そして床に正座をさせられた。

 周りの女性達も全員が同じように拘束されていた。


 二人の男達は部屋の外に出て扉を閉めると、見張りの二人と二言三言ふたことみことだけ話し、廊下で靴音を鳴らしながら去って行った。


 俺は少しだけ緊張しながら小声でシェリーに話し掛ける。


「闇カジノって他にも一杯あるんですかね?」

「……申し訳ありません。私の不徳ふとくいたすところです」

「いや、シェリーさんを責めているわけじゃありませんよ」

「……恐らく闇カジノ以外でも何らかの理由で、例えば高金利の闇金などに手を出し、借金のかたに連れて来られたのでしょう」

「なるほど……」


 確かに猿轡さるぐつわなどをされている女性が見当たらない。

 無理矢理に誘拐されて来た人は、一人もいなさそうだ。

 もちろん自分の足で来て逃げ出さないからといって、それが己の意思とは限らないが……。


 ん?

 えっ!?


 俺は再びチートの力でアヌの気配を察知した。

 しかも窓からだ。

 セヴェンは今、俺を挟んで窓とは反対側に座っている。


 ……って事は、本物が追いかけて来ていたという事だ。


「マズイっ!」


 俺が小声で呟き立ち上がって、他の二人が不思議そうに見上げた。

 その時だった。


 カラン! カラン! カラン! カラン!


 屋敷の外から盛大に鳴子なるこの音が響く。

 ず……随分ずいぶんとアナクロな警報装置だな……。


 警備の連中のものらしき大きな声が、庭中に広がっていく。


「落とし穴に何か落ちたぞ!」

「何だ!? 何も見えねぇぞ!?」

「こりゃ何かの術かアイテムを使っているな!」

「おい! そこらの砂を落とし穴に投げ込め!」


 しばらくすると、アヌの可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。


「きゃあ! ちょっと、あんたたち! なにすんのよっ!? あたしが誰だか知ってて、やってんの!?」


 またしばらくすると、おニューの服を泥だらけにされたアヌが、仏頂面ぶっちょうづらで俺達のいる部屋へと連れて来られた。

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