第16話 エイト、アヌスと服を買う。

「この服屋なんて、どう?」


 アヌが目の前にある商店街の一店舗を指差して、微笑みながら俺に尋ねてきた。


「私の勘は食べ物限定なので……」


 俺は苦笑いしながら答えた。


「よろしいんじゃないでしょうか? 悪くない雰囲気のお店だと思いますよ?」


 セヴェンがアヌに同意した。

 店の中に入ると、大きな店内には様々な服があり、木製のハンガーに掛けられて、同じく木製のラックで吊られていた。


「いらっしゃいませ!」


 可愛らしい女性店員が、俺達に向かって元気に挨拶してくれた。


「こういうお店であらかじめ出来上がっている服を買うのは、初めてだわ!」


 アヌは興奮して、所狭ところせましと並ぶ服を眺めては感動している。


「普段は?」

「もちろん仕立てて貰っているわ」


 聞いた俺が馬鹿だった。

 ……なんか女性店員の片眉かたまゆが、一瞬ピクピクと動いたような?


「いくらなんでも通路が狭過ぎるな。二手に別れて服を選ぼう」


 スケさんの悪気の無い台詞のせいで女性店員の眉間みけんしわが寄った。

 それでも彼女は笑顔をくずさない。

 ……プロだ。


「じゃあ、俺とカクさんは二人で適当に見るから、お嬢はエイトやセヴェンと一緒に服を選んでくれ」

「おいおい、スケさん……さっきは、お嬢様のそばを離れるなって言っていたじゃないか?」

「仕方がないだろ? 狭いんだから……。まあ、セヴェンがいる今なら大丈夫だろうよ。あまり離れないようにして買い物はするがな」


 俺はセヴェンと一緒にアヌの着るべき服を見繕みつくろう。


「どんな服が、いいのかしら?」


 アヌが俺達に尋ねてきた。


「そうですねぇ……エイトさんは、どう思われます?」


 セヴェンが俺に丸投げしてきた。


「普通の冒険者服でいいんじゃないでしょうか? 目立たないし、丈夫だし、動きやすいし」

「でも、なるべくなら可愛い服がいいわ」

「そうですねえ……」


 あーでもない、こーでもないとキャッキャッしながら三人で楽しく服を選ぶ。

 いくつかの選んだ服をアヌに持たせて女性店員を呼び、試着室に案内して貰った。


「こちらです」


 そう言われて案内された試着室には、アヌとセヴェンが一緒に入る。

 閉められたカーテンの向こう側から、衣擦れの音が聞こえてきた。

 俺の鼓動こどうが少しだけ早くなる。

 カクさんが服を選ぶ手を止めて、おあずけを食らった犬のような顔をして、指をくわえながら、こちらをうらやましそうに見ていた。

 気持ちは分かる。

 俺も出来れば一緒に入りたかった。


「おいおい、カクさん……早く選んでくれ。俺は、もう終わったぞ?」

「……私も、お嬢様の服選びと試着を手伝いたかったなあ……」

「そういのはセヴェンに任せておけば間違いないって……。彼女が、お嬢の子供の頃にそばにいた時間が一番長いんだから、お嬢の好みを良く理解しているはずだよ」

「……分かっているよ」


 そんな二人の会話を聞いて、俺はカーテンの向こうのセヴェンに尋ねる。


「セヴェンさんってアヌが子供の頃からの付き合いなんですか?」

「ええ、そうですよ。本業は別にあるのですが、お毒味役として昔からの長い付き合いです」


 俺は少し驚いた。


「あ……あれ、本当にお毒味役だったんですね? あーんとかやっていたから、ごっこ遊びに見えました」

「ふふっ、昔は普通にお毒味役として事前に食べてから、お持ちしていたんですけれど、お嬢様がつまらないから一緒に食べようと仰って……」

「だって、一人で黙々と食べるのって本当につまらないんだもん」


 セヴェンの説明の後に、アヌの口を尖らせたような声が聞こえた。


「大丈夫なんですか? 毒味役なんて……」

「里にいた頃は幼少の時から多品種少量の毒を飲み慣れる訓練を受けていましたから、何の毒かは匂いや味、舌先のしびれ具合で大体分かりますし、私自身の身体はある程度の毒に耐性があるんですよ?」


 ええっ!?


「そ、それじゃ……子育てが大変でしょう?」

「……何故でしょうか?」


 ……おや?


「えっ? いや、だって毒をりすぎると、身体そのものが毒になってしまって……赤ちゃんに、おっぱいがあげられなくなっちゃうんじゃ?」


 試着室から聴こえていた衣擦れの音が止まった。

 そして暫くすると中から「「……ぷふっ!」」とかいう二人の吹き出す声が聞こえてきた。


「あははははっ! なによ、それ! 毒を飲んだからって、人間の身体が毒になるわけがないじゃない!」

「エイトさん、大丈夫です。私の赤ちゃんは、ちゃんと私のおっばいを飲んで元気に育ちましたよ? うふふ……」


 ……いかん、うっかり転生前の漫画、アニメや小説の虚構きょこうの知識を披露ひろうしてしまった。

 これは恥ずかしい……。


 俺は試着室の前で顔を赤くしてしまう。


「それともベイエイでは、そうなの?」


 アヌが小馬鹿にしたような感じで尋ねてきた。

 絶対に違う事が分かっていて訊いてきやがる……。


「いいえ……私の勘違いです」


 俺は少しだけ不機嫌になると、つっけんどんな返事をした。

 セヴェンが助け舟を出すように話してくる。


「まあ、私が留守の間はいもう……知り合いが母親代わりに面倒を見てくれていますけどね。彼女は、まだおっぱいが出ませんけど、子供は離乳しているので大丈夫ですよ? ……うふふ」


 泥舟だった。


「母親代わりかあ……。セヴェンは私にとって二人目のお母様みたいな存在よね」

「もったいないお言葉です。でも当時は私も若かったですから、いきなりお嬢様の亡くなったお母様の代わりをしてくれと命じられた時は、面食らいましたわ」


 セヴェンの声が一段と優しく感じられる。


「それ以前からお毒味役として、お嬢様とは接していましたが……いざ母親の代わりとしてお会いして開口一番に、ママって呼んでいい? と、お嬢様に尋ねられた時は、どうしようかと思いました」

「OKしてくれたじゃない」

「ええ……それからはお嬢様に、ママ! ママ! って随分と懐かれ甘えられてしまって……」

「こ、ここ、子供の頃の話でしょ!? エイトに、ばらさないでよ。は、恥ずかしいから……」

「当時の私は複雑な心境で……でも、いざ自分が母親になってみると、とても楽しくて懐かしい想い出です」


 その台詞の後にアヌは、少しだけ沈黙するとセヴェンに感謝の言葉を送る。


「……セヴェン……ありがとう、これからも宜しくね?」

「はい、お嬢様……」


 再び衣擦れの音が止むと、カーテンが開いて二人が出てくる。


「ど、どうかな?」


 両手を後ろに組んで恥ずかしそうにアヌが、俺に上目遣いで尋ねてきた。


 黒い革製の長い丈夫そうなブーツ。

 白い色の長めのタイツは、膝の上を超えて彼女の太腿ふとももを隠している。

 しかし厚手生地の黒のショートパンツからは、わずかながら絶対領域ぜったいりょういきが見え隠れしていた。


 俺は、もっ……ほっこりした。


 薄いピンク色の長袖のブラウスに黒い細めのサスペンダーが掛けられ、ショートパンツを吊って支える。

 両手に着けられた白い手袋は、手首の辺りにレースの模様もようほどこされていた。


 サスペンダーの下にあるスポーツブラの様な薄い鋼鉄製こうてつせいの胸当ては、表面を白に塗装とそうされつつ模様が金で縁取ふちどられていて美しかった。

 そして同じような造りの肘当ひじあてや膝当ひざあて、手甲てっこうが着けられている。

 要所要所は守られているが、流石にハーフプレートより防御力は低そうだ。


 もしかして俺は余計な事を提案してしまったのかも知れない。

 彼女の立場を考えると、防御力が高いに越した事はない。

 この装備だと目立ちはしないが、いざという時に彼女を守る物としては心許こころもとないかも知れない。

 そうも考えてしまったが……。


「よく、お似合いです」


 俺は笑顔で正直に、そう感想を伝えた。

 思わず口をいて出た言葉だった。

 でもアヌスタシアは多分、何を着ても似合うんだろう。

 それだけ目の前にいる女の子は、可愛いらしかった。


「本当に良く、お似合いです」


 セヴェンも微笑んで彼女をたたええる。


「ありがとう、セヴェン!」


 アヌはセヴェンに抱きついて、その豊満な胸に顔をうずめた。


 いいなあ、あれ……。

 ……そうだ!


「わーい! 私もーっ!」


 あらん限りの美少女声を出しつつ、どさくさにまぎれて俺もセヴェンに抱きつこうとする。


「何をしとるかぁっ! 貴様はぁっ!」


 いつのまにか着替え終わっていたカクさんに、後ろから脳天チョップを喰らわされた。

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