第15話 エイト、アヌスと街を歩く。

 昼を少し回ってから、昼飯を食べる為に宿屋に併設へいせつされた例の料理店に入った。

 他の客達は、もう食べ終わったのか、出掛けたのか、他所よそで食べているのか……店内は貸し切りのような状態だ。

 ちょうど良いと思って、俺はカクさんに質問をする。


「そういえばカクさん達の任務って、お忍びなんですよね?」

「……内容については言えんぞ?」

「聞きませんよ。ベイエイのスパイとか思われたくないですし……」


 俺は馬鹿正直に、そう伝えた。

 男である事を隠していたのがバレたので、アヌスタシアはともかく、カクさんとスケさんは隠し事を持っていた俺を色々と疑っているだろう。

 特にカクさんなんかは、その内心ないしんが露骨に態度にも現れている。

 そうは言っても別に俺に対する疑念を払拭ふっしょくしたいわけでもない。

 もう隠すものが余り無いから、あけすけで行こうと思っているだけだ。


「お忍びの任務にしては衣装が派手だな、と思っただけですよ」


 今、テーブル席で一緒に昼飯を食べているアヌスタシア達を見回しながら俺は、そう言った。


 セヴェンはマキシワンピのような服で……まぁ、これは及第点きゅうだいてんだ。

 シルバは出掛けているので、評価は置いておく。


 問題なのは、ここからだ。

 スケさんは、真っ赤な鎧。

 カクさんは、真っ黒な鎧。

 そしてアヌスタシアは、真っ白な鎧。

 全員フルプレートではなくハーフプレートメイルとはいえ、かなり目立つ。


 それを自称お忍びの任務中の人達が着ているのだ。

 おかしいと思わない方が、どうかしている。

 もちろん、この上にマントとフードを被るのだろうが、三人とも一緒じゃマント姿の方が目立つ事この上ない。

 俺は彼女達が何故なぜそんな目立つ格好をしているのかが、はなはだ疑問だったのでいてみたかったのだ。


「いや、エイト。これはだな……」


 答えようとしたカクさんを、スケさんが片手で制した。


「なるほど、確かにエイトの言う通りだな。この格好は目立ち過ぎる。着替える為に何処かの店で服を買おうと思うから、付き合ってくれないか?」

「いいですよ。それじゃ食後の休憩もした事ですし、行きましょうか?」


 俺達は宿屋に荷物を預け、貴重品だけを持って出掛ける事にする。

 今回、三人はフードとマントを宿屋に置いていく事にした。


 俺とアヌスタシアとセヴェンが先頭を歩きながら商店街へと向かう。

 俺は二人と楽しく雑談をしながらも、少し離れて後ろを歩くスケさんとカクさんの小声での会話を盗み聞きする。


(……いいのか、スケさん?)

(ああ、このままではらちかないからな。やり方を変えてみるのもいいだろう)

(しかし……)

(……昨夜セヴェンから報告を受けたが、えさの一つが釣り針や浮きごと持っていかれた)


 ……いきなり釣りの話なんて変だな?

 俺はアヌスタシアと雑談しつつも後ろをチラッと見てみる。

 するとカクさんは驚愕きょうがくの表情をしつつひたい一筋ひとすじの汗をかいていた。


(……そうだったのか)

(まだ仕掛けに余裕はあるが、俺達がになってばかりもいられなさそうだ)

(……食った魚の種類は?)

(糸の切られ方を調べたセヴェンの話だと、『水』の可能性が高いらしい)

(四柱!?)


 ……四柱?

 アヌスタシアが言っていた魔将軍の幹部達の事か?


(おいおい……表でうっかり、その言葉を出すなよ)

(あ……ああ、済まない……しかし、いきなり大物だな……)

(まだ『剣』で無いだけマシかも知れんが……カクさんは絶対に、お嬢のそばを離れないでくれ。頼んだぞ?)

(……分かった。しかし、それなら他の事件に関わっている暇は尚更ないんじゃないか?)

(お嬢がやる気なんだ、しょうがないだろ……。まあ、滅多に調べられない場所にはいれる機会に恵まれたのは、僥倖ぎょうこうかも知れんぞ?)

(イタリーチェス家が所有している屋敷にあるかも知れんと言うのか? そんな、まさか……)

(これだけ探しても見つからないとなると、可能性は否定できんさ)

(仮に、そうだとしても信じられん……自分達も、その昔に酷い目にあわされていただろうに……)

(世代が変わってしまったからな。俺達と同様に当時を知らない連中が上にいるんだろう)

(知らないというのは、幸せな事なんだろうな。我々も含めて……)

(ま、今は単なる憶測だからな。正直な所は調べてみないと分からん。セヴェンに一応は頼んであるが、誰がシュムネに選ばれるかによって彼女の行動は制限されるだろうし、期待できんけどな)


「ねえ、エイト? ちゃんと私の話を聞いているの?」


 突然アヌスタシアの、そう尋ねてくる声が聞こえた。

 いけない……カクさんとスケさんの会話を盗み聞きする方に気を取られ過ぎていたようだ。


「すみません、アヌスタシア様。少しボーッとしていました」


 人がまばらとは言え街中なので、俺は女の声で余所よそ行きの美少女っぽい話し方をしている。

 アヌスタシアは最初こそ気持ち悪そうな顔をしていたが、納得はしてくれた様子だった。


「やっぱりね……。どうでもいいけど、そのアヌスタシア様っての、やめてよ。誰かに聞かれたら、素性すじょうがバレちゃうかも知れないじゃない」


 おお、なるほど……そう言えば、そうか。

 同じ名前の奴なんて、そうそういないだろうし……。


「なんと、お呼びしたら宜しいでしょう? 部外者の私が、お嬢様と呼ぶのも変な気がしますし……」

「そうね……アヌでいいわ」

「じゃあ……アヌ?」


 俺が、そう言うとアヌスタシアは何故か顔を真っ赤にする。


「こらーっ! ちゃんと、様を付けんかっ!」


 カクさんに怒られた。


「それじゃあ……」


 俺が言い直そうとすると、アヌが止める。


「う、ううん……呼び捨てで、いい……なんだか、お友達が出来たみたいで嬉しいから……」

「そ、そうですか?」


 なんだろう?

 アヌが照れると、こちらまで照れてしまう。


「お嬢様はエイトに甘過ぎですっ!」


 カクさんの嫉妬しっとが心地いい。


 照れてうつむいた俺の視界にアヌの腰の辺りが入った。


「あれ? 今日は剣を持っていないのですか?」

「……ああ、インローソードのこと? 宿屋に預けているわ」


 ええっ!?


「大丈夫なんですか? 王家の宝剣なんですよね? 預けているとはいえ盗まれたりしたら大変じゃないですか?」

「うーん……大丈夫なんじゃないかなぁ? ヴァーチュリバーの国民ならほとんど知っている事だけど、あの剣には封印が施されていて王家の血を受け継ぐ者にしか抜けないのよ」


 なるほど。

 いや、しかし……。


「盗んで、返して欲しければ金を寄越せ、とか脅してくるやからとか、いるんじゃないですか?」

「人質みたいに身代金を要求されるってこと? ……過去そういう例が無かったわけじゃないらしいけど、人間と違って命を盾にされるわけじゃないから、結局みんな捕まって見せしめに処刑されたわ。今は、そんな事をする奴もいなくなったって、お母様が言っていた」


 ……おっかねー話だな、おい。


「いざ必要となった時に手元に無いと不味まずくないですか?」

「う、うーん……実はね……」


 アヌは、とても言いにくそうに、もじもじしながら答える。


「私、インソードは抜けるんだけど……ローソードを抜けた試しが無いの……」


 ……はい?


「だから身分を明かす時にしか使えないから……お買い物にまで持っていく必要ないかなー? って、思って……」


 アヌは、てへぺろみたいな表情をする。

 ちょっと可愛い。

 いや、そうじゃない。


「じゃあアヌって、実は王家とはえん所縁ゆかりも無い……」

「ち、違うもん! インソードは抜けるから! ち、ちゃんと血は受け継いでいるはずなのよっ!?」


 アヌは少しだけ目を細めてうれがおになると、溜め息を吐いた。


「私も子供の頃に、その事で悩んでいたわ。だってお祖父じい様やお母様は、すんなりとローソードを抜く事が出来るのに、私には無理だったから……私、本当はお母様の娘じゃ無いんじゃないか? って……いつも不安に思っていた」

「そんな事はありませんよ? 私が保証します」


 セヴェンが、そう言ってアヌをなぐさめた。


「ありがとう。私もセヴェンの言う事ならと、信用しているわ」

「この目で見ましたから、お嬢様が生まれてくる瞬間を……」

「や、やめてよ……恥ずかしいなあ……」


 アヌは再び顔を真っ赤にして照れた。

 セヴェンは慈愛じあいに満ちた表情で赤ん坊を抱くように自分の胸に両手を寄せる。


「あの時は、こんなに小さかった赤ちゃんが……こんなに御立派になられて……」

「セヴェン……」

「少しだけ後悔があるとしたら、あの時に陛下をお止めできなかった事ぐらいで……」


 セヴェンは申し訳なさそうな顔に変わる。


「また、その話?」


 アヌも突然うんざりしたような顔付きになった。


「何か、あったんですか?」

「お嬢の名前を決める時の話さ」


 俺の質問に答えてくれたのは、スケさんだった。


「お嬢のお袋さんは、俺やカクさんの母親達とも親しいって話はしたよな?」

「ええ」

「共に魔将軍と戦い亡くなってしまった二人をしのんで、あの方は自分の娘に親友達の名前を合わせて付けようとお考えになったんだ」

「いい話ですね」

「カクさんの母親の名前であるアンナと俺の母親の名前スティシアを合わせてアナスタシアと名付けるつもりだったらしい」


 ……ん?


「出産直後で動けないアクメサンドラ様の代わりに陛下御自おんみずから姓名を正式に登録なされたのだが、事前に城の占い師に相談した所、アヌスタシアにした方が縁起が良いと告げられたらしい」


 まあ確かにアヌスだし、ある意味ウンが開けそうだな。


「私は必死で、お止めしたのですが……」


 セヴェンは片手を頬にあてて溜め息を漏らした。

 スケさんも何とも言えない残念そうな顔をしている。


「その後アクメサンドラ様は、なぜ自分が行かなかったのかと激しく後悔なされてな」

「事ある毎に子供だった私達の前ですら、あの糞親父クソオヤジいつか、ぶっ殺すとかおっしゃっていたな」


 カクさんが国王に対して不敬な事を言った。

 アヌスの祖父が糞親父とか言い得て妙だな。


 アヌはジト目になって呟く。


「私は、お母様に……ごめんなさい、ママ分かっていたのに、おじいちゃんに任せたらろくな事にはならないって、ママ分かっていたのに……って、ひたすらあやまられたわ」


 まあ、本人もアクメサンドラだしなあ……。


 なるほど……全ての元凶は国王様と占い師にあったわけだ。

 俺はアヌに尋ねてみる。


「改名なされるわけには、いかないのですか?」

「ヴァーチュリバーは法律で改名が禁じられているのよ。罰則ばっそくは無いから勝手な名前を名乗ってもいいけど、戸籍こせきの変更は出来ないわ」


 親がDQNドキュンネーム付け放題だな、この国は……。


 アヌスタシアはなかあきらめたように自嘲じちょうする。


「いいのよ、もう。私は慣れたし、お祖父様だって決して悪気わるぎがあってしたわけじゃ無いだろうし……」


 ……そうかなあ?


「それに、過去に私の名前をいじってきた連中は、全員を地獄に叩き落としてやったわ」


 そう言って次期女王であらせられるアヌスタシア様は、悪魔のように笑った。

 そして天使のような微笑みに変わると、俺に向かって警告してくる。


「だからエイトも私の名前や、お母様の名前の件で私をからかおうなんて思わないことね? さもなくば……」

「さ、さもなくば?」


 アヌスタシア様の目がわる。

 両手を腰にあてて前にかがんだ彼女は、俺に顔を寄せて下から見上げる様ににらんできた。

 その表情は地獄に住む鬼そのものだ。


「………………………………殺すわよ?」


 俺は決して名前の件でアヌをからかわない事を心に誓った。

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