第2話
少年は固まった。魔女に連れ去られ、きっと僕は殺される。そんな事しか考えられなくなった。しかしどうだろう、目の前の小さな女の人は、孤児院の職員より若く、小さく見える。風にそよぐ綺麗で長い髪、深紫の瞳が輝き、その綺麗な姿に魅せられていた。
(本当にこの人、悪い人なのだろうか。)
少年の心は大きく揺らいだ。職員や他の人が噂しているような、悪さをするような人には見えない。思い切って少年は訊いた。
「ねぇ魔女さん、僕のことを攫って行ったりしない?」
魔女は一瞬だけ、怪訝な顔をしてから、ケラケラと笑いながら応えた。
「まさか、君を攫って悪さなんかしないよ、たまたま通りかかったら、珍しく子供が一人居たから話しかけただけ。」
少年は安堵し、ホッと息をついた。その様子を見た魔女は、いたずらっぽい笑顔を浮かべ、指先で空中に魔法陣を書いた。
その魔法陣から輝きと共に丸いテーブルと、小さな椅子が二脚現れた。少年はその魔法に驚き目を輝かせた。
「わー!本当に魔法なんてあるんだ!!」
「そうよ。折角出逢えたからお茶でもしましょう、私の魔法で淹れたお茶は美味しいわよ?」
そう言うと、テーブルの上にティーポット、カップが2つ現れ、手を触れずにカップにお茶が注がれた。少年は大喜びで椅子に腰掛け、その魔法の様子をまじまじと見ていた。その少年の表情の豊かさに気付き、魔女は声をかけた。
「そんなに珍しいかしら?あなたの周りに魔法を使える人は居ないの?」
「うん、先生も院の友達も、誰も使える人なんて居ないよ。」
「そうなの。でも、魔法って本当は誰でも使えるようになるのよ。」
その魔女の話しを聞いて、少年は更に眼を輝かせて、テーブルから身を乗り出し魔女に訊いた。
「本当!?僕も使えるようになる!!?」
魔女は応えた。
「えぇ、勿論。そのためにはまず丈夫な体を作る事と、好き嫌いしないで何でも食べる事よ。君、ブロッコリーが嫌いでしょ?」
少年は更に驚いてそれに応えた。
「なんで分かるの!?」
「それはだって、魔女ですもの。あなたの好き嫌いを当てるなんて訳ないわ。」
そう言いながら左手でステッキを持ち、テーブルの上にさっと魔法陣を書くと、その魔法陣の中からまた少し輝きながらサラダ皿が現れ、中にはゴロっとしたブロッコリー、少しカリカリになったベーコン、その他にも青々とした野菜がたっぷり入ったサラダが出てきた。
「さぁ、少し食べてごらんなさい?」
魔女はそう言い、少しいたずらっぽく微笑んで少年に促した。
「・・・!!」
少年は意を決して、鼻をつまみながらブロッコリーをフォークで指して口に運んだ。数回我慢して咀嚼していたが、その眼は輝きを取り戻し、少年は口にある物を飲み込んで大声で言った。
「美味しい!!こんな美味しいサラダは僕初めて食べた!!!」
魔女はそれを見て嬉しそうに答える。
「当たり前じゃない、私は塔の魔女よ?美味しい料理なんてお茶の子さいさいよ。」
少年は美味しそうにそのサラダを全部平らげ、満足したのか目を閉じて椅子にもたれかかった。
ふっと空を見ると、夕日が差し込みそうな時間になっていた。孤児院の先生達が探しに来るかもしれない、僕が居なくなったら大騒ぎかもしれない・・・そんな心配がだんだんと少年の中で大きくなり、どうしようかわからず辺りをキョロキョロ見回していると、魔女が口を開いた。
「あら、どうしたのかしら、もうそろそろ帰る時間かな?」
「本当に魔女さんは何でも分かっちゃうんだね。」
そう言って少年は続けた。
「そうなの、帰らないといけないんだ、だけど帰り道分かるかな、とか、今頃皆大騒ぎしてたらどうしよう、とか、いろんな事が心配になってきたんだ。」
少年は少し泣きそうな顔をしていた。魔女はその様子も察して、少年に声をかけた。
「大丈夫、魔法で送り届けてあげるわ。だけど、一つ約束があるの。」
「うん、何?」
「また明日・・・ううん、明日じゃなくていいわ、あなたの都合のいい時でいいから、遊びに来てくれるかしら?今度は魔法じゃなくてちゃんとしたお茶やスコーンを用意して待ってるわ。」
少年はまた目を輝かせて返事をした。
「わー、本当にいいの!?絶対また来るね!」
魔女は嬉しそうに微笑み、少年の頭上にステッキをかざし、言った。
「じゃあ、また待ってるわね、またね。」
そう言ってステッキを振り上げると、少年は一瞬宙に浮いた感覚がしたかと思うと、軽い尻もちをついた。それと同時に辺りを見回すと、孤児院の真横の牧場の小さな小屋の隣に居た。誰も人気のない場所だった。
少年は安堵し、孤児院に戻ると、先生に一声かけられた。
「あぁ、ちゃんと戻って来たわね、よかったよかった。」
院内では少年の戻りが遅いのでは?と若干ではあるが騒ぎになっていた。だけど決められた集合時間までまだ少し余裕があったので、特に問題にはならなかった。
そのまま夕飯を済ませ、いつも通り自分のベッドに戻り、少年は目を閉じて今日の事を思い出した。魔女さんは優しかったし、出してくれたお茶もサラダも美味しかった。自然の中には不自然な色使い、だけど決して派手過ぎない服、尖った帽子に黒いマント、樫の木の杖、それと小さなステッキ、誰もが想像する魔女の服装に持ち物。唯一違うのがその魔女は美しかった、まだ色気付くような歳でもない少年から見ても、その魔女は綺麗だった。
少年は、またあの魔女と会えるかな、という期待をしつつ、その日起きたことを忘れないよう、また後日会えるのを楽しみに眠りについた。
少年「ねぇ魔女さん、人は何で出来てるの?」 ナルミ @narumi_ship3pso
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