人の子
「今日から嵐山に越してきた、水内五十鈴(みない いすず)だ。水内、そこに座ってくれ、じゃあ、ホームルームを始める」
ひどく美しい容姿の転校生が、ひとことも言葉を発することなく、席に着くと、さすがに部屋の空気も濃くなる。姫は、見た目だけは同年代に見える十四、五歳の人の子たちの間に、彼らと同じ制服というものを着て、座っていた。
慣れないことをしているし、そもそも人のフリをするのも、久しぶりで、以前のことを思い出せない位、前のことになる。だが、たくさんの子どもの視線に晒されるのは、山の中に居ても、社の中に居ても、あまり変わらないので、動揺も無かった。
「いすずさんて、前にどこに住んでたの?」
右隣から身を乗り出す様に、問いかけてきた娘は、ひどく髪が茶色かった。
「あぁ、それほど遠くないが、近くも無いところだ」
「ふうん」
姫の答えに満足したのかどうかは知らないが、娘は、話しかけたことさえ忘れたように、今度は後ろの席の男に顔を向け、全く別の話を始めた。
やはり、どうも落ち着きのないのが最近の中学生というものらしい。童子の手足ばかり長くしたようで、思考能力が落ちているから、大したことも期待できないと、コハダが言っていた。
しかし、近い歳のミツキは、心の読めないところがあっても、付き合いにくさを感じたことは無い。できれば、ミツキの傍にいたいが、この部屋の中にいる唯一の味方は、彼女の遠縁にあたる岩沼智(いわぬま さとし)という男なのだという。
その岩沼は、顔にまったく力強さを感じないが、背だけはミツキよりも大きい、終始小さな声で話をする男であった。
朝も、その岩沼の迎えが付いて、社を出たのだが、角を曲がるたび、姫の左を歩くか、右を歩くか迷って、もたつく為、必ず左を歩くように指示したところだった。
最初の授業は数学だと聞いていた。借りた教科書はひどく色が鮮やかに塗り分けられていて、目が痛く感じた。現代は、何もかもざわざわとしているのだろうかと、姫は静かに目を伏せ、考えた。
「じゃあ岩沼、この問題」
「はい。」
教師の呼び声に、掠れるような返事をして出て行った岩沼に、姫は、視線を向けた。声に反して、力強い筆跡で、答えの数式を書き連ねていく彼の背は、ひどく楽しげであった。このように、人の関心は異なって現れるのかと、姫は感心し、その背を眺めた。
* * *
瞬く間に昼休憩の時間となり、戸口から呼び立てるミツキに連れられ、姫は、校舎の屋上へ出た。そこからは、姫の住まう山と、その社がよく見えた。
「いい眺めでしょ、姫様? 私、ここ好きなんだ」
ミツキの言葉に、姫はじっと、山の隅々までを見渡し、思案した。
「我がいない間、困ることは無いか?」
姫の言葉に、ミツキは何と答えたものかと、首をひねる。
「うーん、それなりになんとか? 姫様の出立と同時に、鬼の気配も消えたって、コハダさんも言ってるし。大丈夫なんじゃない?」
「そうか」
そうして話をしていると、大きな弁当と敷物を抱えた岩沼が、屋上に現れた。
「あぁ、待ってた待ってた。姫様、ごはんにしましょ」
ぺこぺこと頭を下げて挨拶をする岩沼を手伝い、姫とミツキが、敷物を広げていく。重箱の蓋を開けては、歓声を上げるミツキの横で、姫は大人しく、準備を待った。
食事が始まり、その半ばとなったところで、姫は箸を置き、向かいに座った岩沼に尋ねる。
「岩沼、お前は日々、何が楽しい?」
「楽しいこと、ですか? そうですね…」
岩沼は、厚い眼鏡を持ち上げるようにして、目元をぽりぽりと掻くと、空を見合げるようにして、答えた。
「数学と…料理と…空の観察…かな」
そういう岩沼は、ひどく幸せそうに微笑んだ。嘘のない笑みだ。
「こいつ、ほんとこのまんまですから」
ミツキは、そう言って岩沼を小突きつつ、大きな卵焼きを一気に頬張ってみせる。
「でもうまいんだ、これがね」
もごもごと口を動かし、大きく頷きながら、もう次のおかずに箸をのばすミツキは、さらに幸せそうであった。
岩沼は、自分で作ったものを、もそもそと少しずつ、自分の紙皿にとっては、ごく少量ずつ咀嚼している。二人の食べている様を見ていると、一日過ごせそうであると、姫は思った。
「御口に合えば、よかったです」
ほぼミツキが平らげてしまった重箱を片付けながら、岩沼は言った。
「あぁ、美味しかったよ」
姫は、心からそう思えた。
「そうですか」
そう言って、満足げにうなずいた岩沼の笑顔は、昨日の緊張した笑顔とは、まったく別ものであった。人を判断するには、
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