第3話 こんな時でも
「そこに誰かいるの?」
確かに聞こえた声。女の声。透き通った声。静まり返った世界で、それはよく響いた。リタは返事をする前に、その声の方に走り出す。
その声はスーパー入り口、パン屋の方からした。リタは小走りで、その方向に向かった。軽快な自身の足音が歓喜を体現しているかの様だ。
□
いた。確かにそこに人がいたのだ。
その女はパンを頬張っていた。リタは少し息切れしていた。呼吸を整えて前方をもう一度確認した。
そして彼女もリタに気づく。右手に持っていた食べかけのクロワッサンが落ちる。
「............人だ」
彼女は呟いた。
その目は、生まれて初めて、流れ星を見た子どもの様な歓喜と驚きを表していた。
リタもそこまで感情を顔には出さなかったものの、喜びは感じていた。
実際のところ少しは表情に出てしまっていたかもしれない。
□
彼女もまた制服を着ていた。言うまでもなくリタとは違う学校の物である。
黒色で肩に当たるか当たらないかぐらいの長さの髪。
毛先がぴんぴんと跳ねている彼女をリタは凝視した。顔はかなり整っていた。
「まぁ、無理もないわ。私もこの事態に気付いた時は、流石に焦ったわ。絶望もした。夏休みのない八月並みにね」
真面目な顔して何言ってんだこの人は......
リタは小さく「そうですか....」と呟く。
「君、名前なんて言うの?私は 雪風シノ。呼び捨てでいいわ」
彼女....シノは笑顔でそう言ったあと、パン屋のパンに手を伸ばす。
「僕は、長井 リタ」
と、シンプルに答えた。
シノはパンを片手に持ったまま、話を続ける。
「....最初に人がいない事に気付いて、どう思った?」
先ほどより低い声で真面目な質問をリタに投げかける。
「凄い孤独を感じた。このままずっと一人なんじゃないかなって....」
「そんな時に現れた私は言わば救世主ね」
「………」
「まぁ、私も貴方に会えて良かったわ。一人は寂しいもの....」
シノは続ける
「........で、貴方はこれからどうするつもりなの?」
「とりあえず......いや、まだ決めてない」
「そう、私は近くのホテルがどっかで今日は寝るわ。そして明日、ここを出るから」
「へ?ここを出るんですか?」
「そうよ。私、ここまで車で来たの。勿論私のじゃないけどね。近所の家の車よ」
「盗んだんですか」
「非常事態だし仕方ないでしょ?そしてこの街を出る。もっと都会の方に行くの」
「都市に行ってどうするんですか?」
「どうって訳でもないけど、ここにいても何も始まらないわ。生きることは出来るだろうけど、何もしないまま死にたくは無いの。今とは別のどこかに行けば、まだ他の人がいるかもしれない。この世界について何かわかるかもしれない。そうでしょ?あと敬語はやめる」
「......はい」
確かにそうだ。このまま生きて何になる。生きる理由が無いとそれも苦痛だろう。どんなに死にたいと思うことがあっても、家族に迷惑だからとか適当に理由付けして生きてきた。実際、誰もいないこの世界に、生きる価値を見出すことは難しい。
リタは小さな深呼吸のあと言葉をはなった。
「あの....僕もついて行かせてください」
「勿論!これからよろしくねっ」
リタは、この世界での生きる理由を見つけることができたのだろうか。
ふと目を覚ますと街から人が消えて究極のぼっちに!? 風櫻 @kirizaki_jun
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