第3話 こんな時でも

「そこに誰かいるの?」


確かに聞こえた声。女の声。透き通った声。静まり返った世界で、それはよく響いた。リタは返事をする前に、その声の方に走り出す。

その声はスーパー入り口、パン屋の方からした。リタは小走りで、その方向に向かった。軽快な自身の足音が歓喜を体現しているかの様だ。






いた。確かにそこに人がいたのだ。

その女はパンを頬張っていた。リタは少し息切れしていた。呼吸を整えて前方をもう一度確認した。


そして彼女もリタに気づく。右手に持っていた食べかけのクロワッサンが落ちる。


「............人だ」


彼女は呟いた。

その目は、生まれて初めて、流れ星を見た子どもの様な歓喜と驚きを表していた。

リタもそこまで感情を顔には出さなかったものの、喜びは感じていた。


実際のところ少しは表情に出てしまっていたかもしれない。






彼女もまた制服を着ていた。言うまでもなくリタとは違う学校の物である。

黒色で肩に当たるか当たらないかぐらいの長さの髪。

毛先がぴんぴんと跳ねている彼女をリタは凝視した。顔はかなり整っていた。





「まぁ、無理もないわ。私もこの事態に気付いた時は、流石に焦ったわ。絶望もした。夏休みのない八月並みにね」


真面目な顔して何言ってんだこの人は......

リタは小さく「そうですか....」と呟く。


「君、名前なんて言うの?私は 雪風シノ。呼び捨てでいいわ」


彼女....シノは笑顔でそう言ったあと、パン屋のパンに手を伸ばす。


「僕は、長井 リタ」


と、シンプルに答えた。

シノはパンを片手に持ったまま、話を続ける。


「....最初に人がいない事に気付いて、どう思った?」


先ほどより低い声で真面目な質問をリタに投げかける。


「凄い孤独を感じた。このままずっと一人なんじゃないかなって....」


「そんな時に現れた私は言わば救世主ね」


「………」


「まぁ、私も貴方に会えて良かったわ。一人は寂しいもの....」


シノは続ける


「........で、貴方はこれからどうするつもりなの?」


「とりあえず......いや、まだ決めてない」


「そう、私は近くのホテルがどっかで今日は寝るわ。そして明日、ここを出るから」


「へ?ここを出るんですか?」


「そうよ。私、ここまで車で来たの。勿論私のじゃないけどね。近所の家の車よ」


「盗んだんですか」


「非常事態だし仕方ないでしょ?そしてこの街を出る。もっと都会の方に行くの」


「都市に行ってどうするんですか?」


「どうって訳でもないけど、ここにいても何も始まらないわ。生きることは出来るだろうけど、何もしないまま死にたくは無いの。今とは別のどこかに行けば、まだ他の人がいるかもしれない。この世界について何かわかるかもしれない。そうでしょ?あと敬語はやめる」


「......はい」


確かにそうだ。このまま生きて何になる。生きる理由が無いとそれも苦痛だろう。どんなに死にたいと思うことがあっても、家族に迷惑だからとか適当に理由付けして生きてきた。実際、誰もいないこの世界に、生きる価値を見出すことは難しい。

リタは小さな深呼吸のあと言葉をはなった。


「あの....僕もついて行かせてください」


「勿論!これからよろしくねっ」


リタは、この世界での生きる理由を見つけることができたのだろうか。

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ふと目を覚ますと街から人が消えて究極のぼっちに!? 風櫻 @kirizaki_jun

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