第12話永遠の愛

 聖輝は花束を持ってトボトボと歩いていた。行き先は警察病院。聖輝の蒼白な横顔は化粧でもしているのではないかという位の美しさで、すれ違う人たちが次々に振り返る。 病室では剣也が目を閉じて横たわっている。聖輝は花束をとりあえず台の上に置き、ベッド脇の椅子に腰掛けた。

「よかった、生きてて」

「よかねえよ。刑務所行きだ」

剣也は眠ってはいなかった。目を開けて聖輝の方をチラッと見た。そしてまた天井を見つめる。

「大丈夫だよ。武本は素手で強いんだから、いじめようなんて奴もいないだろうし、君の力なら労働だって辛くないだろ。真面目にやってればすぐに出て来れるよ」

「そうだな」

「でも、あんまり会えなくなる」

「ああ」

「俺、毎日会いに来るよ。面会できるんだろ」

「…お前、顔色悪いぞ。ちゃんと寝てんのか」

剣也は聖輝の方へ顔を向けた。そして右手でそっと聖輝の顔に触れた。聖輝は目を潤ませた。

「…ごめん。俺が襲われたりしなければ。君に助けを求めなければ…」

聖輝は剣也の右手を自分の目に押し当てた。

「助けることができて良かった。助けたことは後悔なんかしてねえよ。俺はこのために鍛えていたと思えば救われる」

「でも…」

「殺すことはなかったんだよな。ようやく判ったんだ。俺はいつも殺されるのが怖かった。でもあの時、警官に撃たれた時、もう怖くないと思ったんだ。俺はお前の為なら死んでも構わないぜ」

「武本…」

「いつまでも罪を隠していられるわけじゃない。判ったところで償っておかないとな」

「しばらく、こうやって触れることもできないんだね」

聖輝は剣也の手を握りしめた。しかし剣也はその手を解いて聖輝の頭に乗せた。そして頭を撫でながら言葉を続けた。

「お前は、俺のことは忘れろ」

「えっ」

「俺はずっとお前のことを想ってる。でもお前は外にいていろんな奴と出会うんだ。男でも女でも、もっとお前にふさわしい奴を好きになって幸せになってくれ」

「やだよ!どうして…どうして待ってろって言ってくれないんだよ。触れることはできなくたって、俺、毎日会いに来るよ。会いに来いって言ってよ」

聖輝はまたもや泣き出した。剣也は聖輝の頭を自分の首の所へ持ってきた。

「俺は不安だ。俺が務所に入ってる間に、お前が他の奴にある日突然奪われたら…だんだん会いに来てくれなくなったら、俺はどうすることもできなくて…」

聖輝は初めて剣也の本音を聞いたような気がした。いつもいつもどうして自分を突き放すのか、何も言ってくれなかった剣也の心の内を。

「俺を信じられない?」

「そうじゃないけど」

「あんまり長く入ってると待っててやらないよ。自信ない?」

「…ある。すぐに出て来てやる。だから待ってろよ」

聖輝は剣也のその言葉を聞いて目を見開いた。剣也の真剣な眼差しを見て、じわっと視界がぼやけた。

「うん。待ってる」

「毎日、いや、一週間に一度は絶対に会いに来いよ」

「うん」

「それから、もう泣くな。泣いても抱きしめてやれないんだから。他の男の前でなんか絶対に泣くなよ」

「うん。泣かない。俺は武本のことでしか泣かないもん」

「だから、泣くなって」

剣也は聖輝にそっとキスをした。

「しばらくできないかも知れないから、もう一回」

聖輝がねだると、剣也はもう一度聖輝の頭を引き寄せた。

「何をイチャついているんだね」

聖輝はビックリして立ち上がった。見ると佐々木警部が片眉上げて立っていた。

「春名君」

「は、はい」

「君は…男の子だよね」

「はい」

聖輝は赤くなった。

「随分可愛いいね」

佐々木警部は聖輝をジロジロ眺めた。

「てめえ、春名に妙なまねしたらぶっ殺すからな」

「わかった、わかった。お前が言うと冗談にならないからな。本当に殺されるよ」

「ふん。もう殺さねえよ」

剣也はゴロッと寝返りを打った。実は怪我はかなり軽いのだ。

「ハハハ。何か犯罪者とは思えん奴だな。ええと、お前の伯母さんだがな、お前に掛けてあった保険を解約したそうだ。こんなものを掛けたままにしておいたからいけなかったって。解約したお金はお前の口座に預金するそうだぞ」

「ふん。俺がそう簡単に死にそうも無いんで、掛けといても無駄だと思ったんだろ」

「憎まれ口ばかりたたきおって。しかしお前、これから春名君が心配だな。学校でも人気があるんだろ。お前がいなくなると、アタックして来る奴が多いんじゃないか」

佐々木警部は手近な椅子に腰掛け、ニヤニヤしながら言った。聖輝はバッと赤くなった。「あの、なんでそんな事知ってるんですか。人気がある、とか」

「俺はずっと君達の学校を張ってたからね。聞き込みもやったし、大体のことは判ってるんだよ」

「あ、あの、それじゃあ俺たちのこと、ずっと見張ってたんですか。公園とかで」

「ああ、もちろん。武本を捕まえた日の夜だって、武本が家を出てから逮捕するまで、ずっと見張ってたのさ」

「ふん。やらしい奴」

剣也は悪態をついているが、聖輝にはそんな余裕は無かった。佐々木だけじゃなく、あそこにいた多くの人たちに見られていた。だからここへ来ると、いつも周りの目が普通と違っていたのだ。

「お、俺、やっぱ面会に行かないから」

「えっ、春名、何でだよ」

「だって」

真っ赤になっている聖輝を佐々木が面白そうに眺める。

「毎日おいでよ、春名君。おじさんがお茶くらい御馳走して上げるから」

「いえ、あの」

そこへ、佐々木の部下の谷口が入ってきた。

「失礼します。警部、あっ」

谷口は聖輝を見て突然真っ赤になった。明らかに動揺している。

「こ、こんにちは、春名君」

「はあ」

「何だ、谷口」

佐々木が谷口に問いかけたが、聖輝に見とれている谷口には聞こえていないようだ。

「谷口」

「いつも見てましたけど、近くで見るのは初めてでして」

「おい、谷口、用件は」

「はあ…あ?すみません、忘れました」

「バカモン、勤務中だぞ。しっかりしろ」

「はいっ。もう一度聞いて参ります!あの、春名君、今度一緒に映画でも」

「何を言ってるんだ。私が先に誘ってるんだぞ」

「え、警部、奥さんいるのに」

その時、いつの間にか肘を立ててじとっとした目で三人の様子を見ていた剣也は、憤慨して一声叫んだ。

「お前らいい加減にしねえと、病院ぶっ壊すぞ!」

冗談には聞こえないセリフだった。

―ヤキモチやいてくれるなら、やっぱり面会に来ようっと。

密かに喜ぶ聖輝であった。

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