第11話ファウスト&ラスト

 夜の十一時。剣也と聖輝はつきのみや公園で待ち合わせた。少し離れた所で爆竹を鳴らしている中学生がいて騒がしいが、他に人影は無い。二人は並んでベンチに腰掛けた。さして会話をするということもなく、ただ黙ってお互いの存在を確かめていた。二人の表情は心なしか暗い。これから訪れる不幸に怯えているようだ。

 暫くして、聖輝は剣也の方に体を向けた。薄暗い電灯の光に顔が映し出される。

「ねえ、俺のこと好き?」

聖輝がそう問いかけたが、剣也は聖輝の方をチラッと見ただけで、口を引き結んだままだった。

「好きって言わせたい」

聖輝はうつむいて小さな声でそう言った。たった一度だが、唇を奪われたあの時から、剣也の気持ちは判っているつもりだった。愛していても言葉にできない、それも判っている。それでも、

「聞きたい。一度でいいから、聞いてみたい」

「春名…」

剣也は聖輝を見た。しかし、やはり想いを口にするわけにはいかなかった。迷っている。言ってしまってもいいのだろうか。しかし、いつまでも迷っているわけにはいかなかった。聖輝がたまらず涙を流したのだ。目の前で泣かれてはやはり胸がざわめく。突き放せるわけがなかった。

「な、泣くなよ。春名、俺は」

聖輝は袖で涙を拭った。この後、剣也が何を言うのか、とても怖かった。聞かずに、自分を愛してくれていると思っていた方が良かったかとも思った。しかし、それでは辛かったのだ。

「俺は」

剣也は言葉を続けた。

「俺はお前が好きだ。好きな人間はお前だけだ」

聖輝はこの言葉を聞き、いっそう激しく泣き出した。両手で目を覆って泣きじゃくった。剣也は慌ててぎこちなく聖輝を抱いた。そっと頭を撫でる。

「何で、泣くんだよ」

「お、俺、俺も、武本が、好き…だ…愛してる、離さない」

聖輝は息を整え、涙を拭った。泣かないと抱いてくれない人。でも泣いたらちゃんと慰めてくれる人。そんな剣也を、聖輝は命をかけても追い掛けていこうと思った。

「ごめん、泣いたりして」

「いいよ」

「あっ離さないで。もっと抱いててよ」

聖輝は手を剣也の背に回し、そっと体重をかけた。優しく抱かれるのは初めてだった。

「キスして」

「えっ?」

突然の大胆な発言に、剣也は柄にも無く真っ赤になった。

「お願い。あの時みたいに」

そう言って聖輝はじっと剣也の目を見つめた。剣也は、熱い視線にこもる熱い想いにつき動かされ、唇を重ねた。あの時と同じく、激しく、熱く、そして長い口づけだった。

 口づけの後、二人は無言で立ち上がった。

「じゃあ、また明日」

「ああ」

数秒間見つめ合った後、二人は別々に歩き出した。二人の家はちょうど正反対にあるのだ。

 聖輝が公園の中を突っ切って歩いていくと、いつの間にか中学生たちはいなくなっており、もっと年のいっただらしない男が三人、こちらを見て立っていた。

「やあ、綺麗な兄ちゃん」

「待ってたぜ。イヒヒヒ」

三人はいやらしい笑いをして近づいてくる。聖輝は恐ろしくなって後ろに走り出した。するとその三人は追い掛けてきて、聖輝に飛びついてきた。聖輝はその拍子に倒れ込み、一人の男に組み敷かれてしまった。その男は聖輝のベルトを解こうとする。あとの二人は聖輝の手を押え込んだ。

「やめろー、助けて、武本ー!」

バリッという音がして、聖輝のブラウスのボタンが引き千切られた。

 「ん?」

剣也はもうすぐ大通りへ出るところだったが、なんとなく呼ばれたような気がした。そしてすぐに聖輝のことが心配になって全速力で引き返した。

 剣也の足は信じられないほど速かった。剣也はすぐに聖輝の許へ辿り着いた。そしてその姿を見るや否や、剣也の容貌に変化が起こった。

「うぉー」

剣也はまるで狼に変身したかのように一声叫び、聖輝に襲いかかっている三人の男に跳びかかった。

「あっ、武本!」

忠告する間もなく、剣也は三人を殴り飛ばし、あっけなく殺してしまった。三人とも地面に叩き付けられ、首の骨を折ったようだ。

 すると、後ろからバッと電気が付いた。そして前にも、横にも。剣也は立ち、聖輝は座った状態で、二人は光に囲まれた。

「やっぱりお前か。武本剣也」

光の中から一人の男、佐々木警部が前に出た。佐々木をはじめ、数人の刑事は皆息を切らしていた。今、剣也の後を追って走ってきたのだ。もう少しで現行犯にならないところだった。

「我々はずっとお前を張ってたんだ。連続殺人事件の犯人はお前だろう」

「違う!今のは正当防衛だ。第一、こいつらは俺を襲った痴漢だろ!武本は俺を助けてくれたんだ。どうして連続殺人の犯人になっちゃうんだよ」

聖輝は服の乱れを直すのも忘れ、必死に叫んだ。

「確かに正当防衛かも知れない。今までの殺人もそうだったかも知れない。その辺はゆっくり話を聞いてやる。いいかい春名君、君達は桜木高校の屋上に出ていた。そして今も武本は一発殴っただけで相手を殺してしまった。これだけの怪力を持つ者はそうはいない。別所沼公園の殺人の時もな、犯行時間の直後、現場の近くで武本を見たという証言がいくつも出ているんだよ。武本、観念しろ」

「言っとくが」

剣也は未だかなり険しい表情をして息も荒いまま、努めて冷静に言葉を繰り出した。

「春名は何も知らない」

佐々木警部は剣也が犯行を認めたことに満足した様子で手錠を持って近づいてきた。

「署で話を聞けば判る。連れてけ」

聖輝は絶望的な目で剣也を見ている。その聖輝の腕を、近くの警官が引っ張った。すると、聖輝のブラウスの前がはだけて胸が露になった。一瞬聖輝が恥ずかしげに隠そうとすると、それを目の当たりにした剣也は体の中がカッと熱くなった。激流が押し寄せる。「触るなー!」

剣也は聖輝の腕を引っ張った警官に襲いかかった。

 パーン

剣也が警官の胸倉を掴んだと同時に、一つの拳銃が発砲された。そして次の瞬間、剣也は地面に倒れた。

「た、武本?武本ー!」

聖輝の叫び声が夜の静けさを引き裂いた。

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