徳命館高校生徒会庶務部怪事録

日常の部 前篇「跡木十三彦は主人公になりたい」



 ここ最近、我が校の生徒会長がとあるイケメン下級生にご執心だというのは、生徒会執行部内における公然の秘密であった。

 尤も秘密も何も、〝本社〟のほうから直々にそのイケメンを護衛せよとのお達しが下っているのであるから是非もない。現在、おれたち徳命とくめい館高校生徒会こと、超心理領域開発システム諜報部特殊潜入部隊が帯びる最優先課題が、他ならぬそのイケメンの護衛なのである。



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 しかし任務であることを前提としても、だ。会長は少し護衛対象の生徒に個人的に接近し過ぎなのではないか――とは恐らくは生徒会の誰もが抱えていたであろう疑念であった。だがしかし已んぬる哉、そんなことを会長に直接諫言できるツワモノはこの組織に存在する筈がなかった。

 嗚呼、これぞ職権濫用、公私混同。

 権力が不当に行使されているというのに、それを糾弾するどころか少しでも咎めようという声さえ聞こえてこない。汚職がみすみす放置されているのだ。



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 もとよりこの生徒会に自浄作用を期待するのは御門違いというものだ。

 執行部連中のほとんどは、あの生徒会長に心底心酔している。

 書記と会計は戦闘以外に興味のない異能馬鹿であるし、副会長に至ってはただの物言わぬ忠犬である。せめて顧問が一言くらい戒めを加えてもよさそうなものだが、これがまた人が好いのか、その厳つい悪人面に反して滅多なことでは異論を挟まないと来ている。あのサングラスは装飾品なのか。


 斯くして組織の腐敗は進むのだ。

 我らの未来は暗い。

 またおれにとって一番の不幸は、その護衛対象のイケメンが、よりにもよっておれと同じ学級に在籍しているということであった。



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「馬鹿じゃないの」


 おれの話を聞いていた女が暴言を吐く。


「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」

「公私混同してるのはどっちなのかって話よ、この馬鹿」


 滅多打ちである。

 おれの名前は跡木あとき十三彦とみひこ

 徳命館高校二年。生徒会執行部において庶務の任を拝命している。

 察しのよい方は既にお気づきかと思うが――そう、あの暮樫くれがし或人あるとのクラスメイトである。


「公私混同してるのがどっちかって……どういう意味だよ」

「どういう意味も文字通りの意味よ、この俗人」



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 目の前でおれを罵倒するこの女子生徒は、加稲司かいなし美汐みしお

 おれと同じ二学年で、生徒会庶務部員である。

 背格好は平均よりやや上背。血色よく日焼けした肌に、すっと伸びた背筋がスポーツマンを思わせる。毎日頭部後ろの定位置で束ねられたお団子ヘアは、ファッション的なこだわりというよりも、単に作業がしやすいからという理由らしい。

 二十数名いる庶務部員の中でも、おれと美汐とは組織の同期で、システム社本社にいた頃からの腐れ縁であった。


「いいから口より手を動かしなさい。さっきから全然進んでいないじゃないの、この鈍才」


 そう言って美汐はホチキス止めした冊子でパタパタと机を叩いた。



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 おれと美汐は放課後の生徒会室で二人、書類整理に勤しんでいた。

 諜報部特殊潜入部隊と言えば聞こえはよいが、おれたち庶務の通常時の業務は専ら事務仕事である。この徳命館高校には呪術や魔術を専門とする者たち――所謂〈裏の業界〉の人間が少なからずかかわっている。しかし、構成の大多数を占めるのはそういった怪異的事柄と関係のない一般生徒であった。

 日常は日常として回さねばならない。超常事件への対処だけでなく、生徒会を生徒会らしく運営していくのも、おれたち庶務の重要な使命なのである。


「おれは社会正義のために言っているんだ。公正さの希求だ」

「社会正義って……ただここであたしに愚痴ってるだけじゃない。言いたいことがあるなら、会長に直接言えばいいでしょ」

「そ、それはまあ、そうだが……」

「どうせ言えないんでしょ、この臆病者」



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 それを言えれば苦労はしない。

 生徒会長崇拝者が集まるこの部隊の中で、一たび彼女を非難しようものなら、即座に何処いずこかの闇に葬られかねない。明日の朝には技術部の人体実験の糧となっている未来もまったくないと言い切れないのがこの業界の恐ろしいところである。


「そもそも、この生徒会でおれが主人公的な活躍をしていないのがおかしい」

「意味わかんないんだけど」


 美汐は書類を仕分ける手元から目を離さずに答える。


「おれの真価が発揮されていない現状が間違っていると言っている」

「妄言は夢の中だけにしておきなさい、愚物が」


 辛辣。



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「だってさ、美汐。異能力者が集う生徒会だぜ?」

「だから何よ」

「学生にもかかわらず学業度外視で選ばれた異能の生徒たち! 未成年には不相応なほど強大に設定された謎権力! 不自然なまでに存在感のない教師陣! 何故か異能でしか倒せないクリーチャー! 夢と浪漫があるじゃないか!」

「意味わかんないんだけど」

「いいだろ。アニメやラノベっぽくてワクワクするじゃん?」


 おれの力説にさすがの美汐も幾分押し負けたようで、


「それは……まあそうかもだけど――だとしても、あんたには特にこれと言った能力とかないでしょ」

「それがいいんだよ!」

「……意味わかんないんだけど」



                  *



「おれが思うに、主人公っていうのはイレギュラーかつノーマルであるほうが適しているんだ」

「イレギュラーでノーマル……って、矛盾してない?」

「読者の興味を惹くイレギュラー要素と共感を呼びやすいノーマル要素。求められるのはそのバランスなんだよ」

「誰目線よ、それ」

「能力者集団にいるなら能力がないことこそがイレギュラー要素になるし、特異な才能がないだけでノーマルを自称できる――ほら、これもう、おれが主人公になるしかないだろ?」

「意味わかんないんだけど?」


 怪異現象の実験のために置かれた特異な学園。

 諜報の密命を背負った異能生徒会。

 そしてその中にいる、普通で凡庸なおれ。

 おれが主人公的ポジションを獲得する土壌は整っている筈だった。

 それが未達成なままに済んでいるのは、すべてあの横暴な生徒会長の不見識によるものである。組織の私物化も含め、断固抗議したい。



                  *






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