日常の部 後篇「跡木十三彦は主人公になれない」



「だいたい暮樫くれがし或人あるとと同じクラスというだけで、毎度毎度パンデミック級の災厄に巻き込まれるおれの身にもなってくれよ」

「それは諦めなさい」


 酷い。


「というか、あのクラスに潜伏して情報を収集するのが、あんたの役目じゃない。それをこないだは何の役にも立たないうちに敵の手に落ちてからに。この無能」

「なっ。敵の手に落ちたのは生徒会全員そうだっただろ」

「あのとき生徒会メンバーで唯一、敵の陣営のただなかにいたのがあんただったのじゃない。まったく、いったいあたしがどれだけ心配したと思って……」

「……えっ?」

「あ――。な、何でもない! 今のなしっ!」


 美汐みしおは大袈裟に書類の束を叩いて音を立てる。


「え、何、心配してくれてたの? おれを? お前が?」

「言うな!」

「ぎゃっ」


 怒声とともに分厚いファイルを投げつけられる。

 衝撃を受けたおれは、そのままよろけて横に積んであった別のファイルの山に突っ込んでしまった。忽ち複数のファイルが崩れ落ち、のみならずその上に山積していたプリント類までもが床と机に散らばる。



                  *



「あーあ、何やってんのよ」

「お前があんなものぶつけてくるからだろ……」


 おれと美汐はぶつぶつと文句を言いながら崩れた紙類を拾う。

 作業の調子が毎回こんな感じなので、この部屋は一向に整然さが保たれるということがない。月イチの大掃除の際には多少清潔になるが、それもどこからか湧き出る書類の渦にすぐ呑まれてしまう。これは管理体制そのものに問題があるのではないか。


「やっぱり生徒会長に物申さなければならない」

「まだ言ってるの」

「美汐もあの会長に不満があるなら、どんどん言うべきだ」

「あたしは別に会長と仲好いし。あんたと違って」


 美汐は勝ち誇ったような上から目線でおれを流し見た。


「し、しかしだな、最近の会長はちょっと暮樫或人に肩入れし過ぎだとは思わないか。あんなにべたべたいちゃいちゃと……許されぬ公私混同だ!」

「そういうこと言うあんたが公私混同でしょ、このミーハー」

「いや、だからどうしておれが――」

「ほらほら。早く片付けないと、会長たち帰って来ちゃうわよ」

「ぐぬぬ……」


 取り付く島もない。

 美汐にせっつかれて、おれは粛々と書類を拾い集めるのだった。



                  *



「そういえば、会長の持ってる能力って何なんだ?」


 作業がひと息ついたころ、おれはふと思いついた疑問を口にする。


「今度は何の話?」

「おれらの部隊って、システム社の若手でも精鋭の能力者を配備しているって言うだろ?」

「そう聞くわね」

「副会長や顧問は実際、相当な武闘派だし、他の役員も個性的な能力持ちで、庶務の中にも特殊訓練生が結構いるじゃん」

「あたしとあんたはほぼ一般人だけどね」

「それを言うなよ……でも、じゃあリーダーである生徒会長はどうなのかって思ってさ」


 普段の活動でも誰も言及しないのでなんとなく看過されているが、あれだけの能力者を従えている会長のことだ。さぞや突出した能力を有しているに違いない。

 先日の事件であの大規模な催眠術に会長だけがかからなかった所以も、会長の特殊能力にあるのではないかとおれは睨んでいる。



                  *



「あたしは聞いたことないわね。あんた知ってんじゃないの?」

「おれは知らねえよ。おまえこそ会長と仲好いなら、それくらい聞いたことあんのじゃないのか?」

「だから、あたしは知らないって」

「え?」

「え?」


 おれと美汐が顔を見合わせたそのとき。

 生徒会室の扉がきぃと音を鳴らして開いた。そして扉の向こうから現れたのは、まさしく話題の人物、針見はりみりよん生徒会長だった。



                  *



「お疲れ様です。跡木あときさん、加稲司かいなしさん」


 会長の柔らかな声音が響く。

 美汐が作業の手を止めて立ち上がった。


「あ、会長。お疲れ様でーす」


 美汐の挨拶に会長はにこやかに頷いて応じた。

 会長の後ろにはその他の生徒会役員が追従していた。

 生徒会副会長、堂主どうず慈恩じおん

 生徒会書記、日詰井ひつめいペンネ。

 生徒会会計、七陸なおか璃瑠りる


 三人は生徒会長の後に続き室内にぞろぞろと入ってくると、黙って各々の席に着いた。特殊潜入部隊切っての異能力者が揃うと、それだけで言い知れない威圧感がある。それがこの狭い生徒会室であれば尚更だ。



                  *



「催眠術事件の後処理をおおかた終えてきました。後は、戸國とくに先生の調整と、ええ、本社からの連絡待ちですね」


 針見会長は奥の自席に戻るとすぐさま、現在の状況を簡略に報告した。


「これで取り敢えずのところは、ええ、一段落でしょうか」

「会長。あたしたちもちょうどその話をしてたんですよー」


 美汐がフランクに会長に話しかける。

 こいつには遠慮というものが欠如している。


「あら、そうでしたか」

「それが聞いてくださいよ。十三彦とみひこの奴がですね、ホントしょうもなくって……」

「おい、美汐」


 余計なこと言うな。

 しかし、意外にも会長は美汐の話には乗じず、次の会話の一手はおれのほうへと向けられた。



                  *



「先日の件では、ええ、跡木さんにはたいへん助けられましたね」

「え? おれ、何かしましたっけ?」


 まるで覚えがない。

 しかし会長は穏やかな笑みを浮かべておれを見つめている。

 その瞳は、おれという人間に全幅の信頼を寄せている……そういう含意のある微笑みに、おれには見えた。


 ……これはもしかして、自覚がないうちにおれの秘められた〝力〟が発動していた的な? 知らないうちにおれがみんなを救っていました的な?

 やっべ、おれの主人公的ムーブ来てるんじゃね?

 ていうか、もう来てた?


「跡木さんには、ええ、まさに現場の最前線に身を投じていただきまして」

「いえいえいえ! おれはただ命じられた任務を遂行したまでですよ!」


 実際、ずっと催眠術にかかっていただけである。

 いまだに事件時の肝心な記憶が抜け落ちているのがその証拠だ。



                  *



「跡木さんが洞ノ木どうのきさんたちに対して何ひとつとして抵抗せず、ただ暮樫さんと同じクラスにいてくださったおかげで、敵の能力の度合いを測ることが出来ました。本当にありがとうございます」

「あはは、そうですかね。会長のお役に立てたのであれば光栄です!」

「それ、おとりって言うんじゃ……」


 美汐が呆れ顔を晒しているが、知ったことではない。


「跡木さん」

「何でしょう、会長!」

「あのクラスでの潜伏調査、これからも、ええ、継続してお願いしますね」

「はいッ! 会長のお願いとあらばよろこんで!」


 おれは溌溂とした声で答える。

 会長が嬉しそうに笑う。

 針見会長がおれを見ている。

 針見会長がおれを見ていてくれている。

 そうだ、会長の隣に相応しいのは暮樫或人ではない。

 あの鈍感男などよりも、おれのほうがよっぽど主人公らしいということを世に知らしめてやるのだ。

 すべては順調に進んでいる。

 未来は明るい。

 輝かしい期待を胸に、おれは意識を新たにする。

 さあ、おれの異能生徒会物語は始まったばかりだ!


「……この馬鹿」


 傍らで美汐がぼそりと呟いた。

 だがすっかり気分が高揚していたおれは、美汐が呟いた言葉の意味を微塵も理解してはいなかったのだった。




                  *


















    

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