9.



 虚ろな目で狼狽うろたえ、惑うクラスメイトたちの中で布津ふつは、ただ唯一笑みを滲ませていた。皮肉っぽく笑う布津の口元は、普段の会話で僕に見せるそれと変わらぬように見えた。


或人あると、ちょっと訊くが」

「な、なんだい……?」


 布津は日常の会話と地続きのように僕に話しかける。


「この状況、お前はなんとかしたいと思うか」


 状況がどうこうというよりも、まず帰りたい。妹のために。

 だけれど、そのためには今どうにかしなければならないこともあるだろう。



                  *



「ならよ、なんとかしてやればいいじゃねえか、お前が」

「ぼ、僕が……」


 しかし、いったい僕に何ができるというのだろうか。須奧さんの相談内容の仔細も分からず、クラスメイトと協調することも叶わない――……何一つとして事態を理解していない、この僕に。


「そんなことないだろ。或人ならやれる」

「そ、そうかな?」

「そうさ」



                  *



 布津の声は確信に満ちているように思われた。

 すかさずそれに口を挟んできたのは、洞ノ木どうのき君であった。


「き、キミたちは何を言っているんだっ」


 洞ノ木君の声はやや震えていた。


「何って、このイカれた集会を解散してやるって話だよ」


 布津がふてぶてしく返答する。


「……大言壮語だな」

「何事もやってみないと分からんだろ?」

「この教室は、怨霊と化した〝リリーさん〟への畏怖と恐怖によって認識そのものを塗り替えられている……数日の共通体験を経て、霊が見えることがすっかり当たり前となった集団の中で、その認識を打ち消すのは難しいはずだ!」

「認識を打ち消すのは難しい……か。まあ、そうなんだろうな」


 激昂する洞ノ木君の前で、布津は静かに苦笑する。



                  *



「……布津、と云ったか」

「ああ」

「キミは霊能力も何もない一般生徒だろう。何ができると言うんだ」

「そりゃあ、俺は何の力もない凡人だよ」

「だと言うなら――」

「だけども、やるのは俺じゃあなくてだな――」


 と、布津は振り返って僕に目配せした。

 ……え。


「僕……?」

「他に誰がいるんだよ」


 布津は自信たっぷりに返した。

 何かまた勝手に話が進められている。



                  *


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