10.


「はははっ! ああそうだ。慥かに暮樫くれがしの家の力が桁外れであることは認めるよ。だけれど、もとよりそれは想定の範疇さ――それも事前の計画の段階からね」


 先刻は布津ふつの言葉に少し動揺の色を見せた洞ノ木どうのき君だったが、すでに持ち前の演説めいた語り口を取り戻していた。


「……というよりかはさ」


 洞ノ木君はついと布津から視線を外し、僕たち兄妹のほうへと向き直る。


「この計画には、暮樫一族を始めとした一部の霊能者が持つ『特異な力』に対抗する環境を創り出す――という側面もあってね。あらかじめ心霊スポット巡りを通して主戦力たる妹の力を削いでおいたのも作戦のうちだ。兄のほうのキミの力は現在のところ未知数ではあるが……、それも〝霊的エネルギー〟と〝認識の力〟を集めに集めた今の〝教室霊リリーさんの怪異〟を相手にして、そう容易たやすく敵うものとも――俺には思えないな」


 洞ノ木君は饒舌に捲くし立てる。それは僕たちに向けたものというより、自分自身に何かを言い聞かせているようにも感じられた。



                  *



「容易く適うワケがない……それもまあ、そうなのかもな」


 一方の布津は怯む気配もない。

 それどころか、気だるげに肩をすくめ、さらに挑発的な態度を露わにする。


「そ、そうですよ布津先輩。本来、外部の人間であるあなたに、いったい何ができると……」


 布津の不可解なまでに強気な姿勢に、言鳥ことりも戸惑いを隠せない様子だった。

 ……しかし、とは?


「ああ。だがしかし……だ。或人ひとりなら敵わなくとも、クラス全員の力を合わせたら――どうだろうな?」

「……何だと?」


 洞ノ木君が顔を引きつらせる。


「なに、生徒たちの共通幻想によって強化された力なら、っつー話だよ」

「そ、それこそ、そんな易々とできることじゃあないだろう! 〝教室の幽霊〟への認識を固めるまでに、俺たちがどれだけ……どれだけの手間を費やしたと――!」

「そうかそうか。それがつまり、クラス全員の〝認識の力〟って理屈か」

「そうさ。盤石な〝想いの力〟だ」


                  *



「それじゃあ、逆に訊くがな」

「なっ、なんだ」

「その強大な霊を倒すことのできる……いや、、どうだ?」

「それは――……いや、そんな存在があるはずがない。交霊会が開かれている限り、この空間における〝教室霊リリーさん〟は最強の崇拝対象だ」

「なるほど。ここはお前たちが用意した最高のフィールドだと、そう言うんだな」

「……そうさ、この上なく整えられた実験場だ」

「それで、強化された共通幻想と催眠効果が、このクラス内で〝リリーさん〟を圧倒的な脅威に仕立て上げていると」

「だから、そうだと言っている!」

「それじゃあ――なればこそ、じゃないか」

「なんだと?」

「生徒間の共通認識さえ下敷きにあれば、状況は覆せるんだろう?」

「何を言って……」

「なんだ。お前が言ったんじゃねえかよ。って」

「そ、それは『教室の中に幽霊がいる』というストーリーがあってのことで……」

「それだ」

「な」

「その前提が、まず以て間違っている」


 布津は洞ノ木君の抗弁を一言で制した。



                  *



「だいたいだな、、或人が怪異解決のエキスパートであるかのような伝聞を広めまくっていたのはどうしてかって話だよ」

「いや待て。何故、そこで生徒会長が出て――……」


 生徒会長――その役職名を聞いて僕の脳裏を去来したのは、針見はりみりよん先輩が見せる、あの穏やかでどこか底の知れない微笑みだった。


「まあ聞けって」


 と、布津はあくまで自若として反論をかわす。


「話は、例の四月の怪談騒動に遡るというんだが……」


 四月の怪談騒動――先月の上旬、僕たちの高校で巻き起こった〝学校の怪談〟を巡るちょっとした

 あのとき僕は、流されるままに生徒会から怪異の調査を求められ、また流されるままに事件解決の立役者の称号を手にした。あの日々から、早くも一か月以上になる。



                  *



「あの騒動以降、或人のもとに怪異関係の相談が舞い込むように仕向けたのも、或人が全校生徒の怪異解決役であるかのような評判をつくり出したのも――全部、うちの生徒会長が、人海戦術を駆使して必要以上に噂を広め続けた結果だ」


 はて。なんだか似たような会話を、つい最近に布津と図書室かどこかで交わしたことがあったような、なかったような……。


「おかげで、今じゃすっかり或人が俺たちの高校の対怪異のヒーローであるというイメージが出来上がっているが……思えば、或人をわざわざ生徒会公認の怪異アドバイザーに据えたのも、今回のようなケースを見越しての措置だったというこった」


 ついでに鬼神の如き苛烈さで怪異を退治する「妹」の噂もどこかで広まっていたみたいだけどな――と付け加えて布津は、言鳥へと軽く苦笑してみせた。

 言鳥は僕の肩に力なくもたれかかっていたのだが、布津の言葉にやや目を見開いて反応していた。言鳥が僕の腕にかける指の力がぐっと強まるのが分かった。自然、僕の身体も言鳥の側に引き寄せられるかたちになる。



                  *



 それが何を意味しているのかと言えば、いつもであれば僕に頼ることをかたくななに拒否しているであろう妹が、今や僕に縋りつかなければならないまでに体力を消耗しているということでもあった。


 その事実が何より気にかかってしまい、布津と洞ノ木君との舌戦も、僕の心には今ひとつじゅうぶんに理解を受け付けない。

 妹の荒れた息づかいが、酷く近くに感じられた。



                  *







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