8.



「う、うわああぁぁァァっ――――!!」


 一人の男子生徒が悲鳴を上げた。

 それが第一声だった。


「きゃあああぁぁぁっっ!!」

「なっ、なんだあれっ!?」

「ヤバいヤバいヤバいヤバいっ!!」

「うひゃああぁぁッ――!!」

「ぎゃあああぁぁァァッ!!」


 教室のほうぼうから叫喚が頻出する。

 直前まで密に輪を形成して生徒たちが、一斉に瓦解して逃げ惑う。

 ある者は怯え頭を抱え、ある者は腰が抜けたように尻もちを突き、またある者は床に這いつくばって教室の隅を目指していた。

 にわかに混沌とするクラスメイトたち。

 疑似教室に響き渡る悲鳴、狂騒、呻き声――。



                  *



「素晴らしい! 実験は成功だ!」

「この調子で行くと、対象範囲を広げるのも難しくないんじゃない?」


 奇矯な事態を前に、洞ノ木どうのき君と烏目からすめさんが歓喜する。


「ああ。上手く運べば、市内全域を範囲としてもいい」

「それ、イケるかもね!」

「また理想の達成に近づいたな!」

「うふふ!」

「あはは!」


 笑い合う洞ノ木君と烏目さん。

 何が起こっているのか皆目分からなかった。



                  *



「えーと。ちょっと、須奧すおうさん? 大丈夫?」


 とりあえず、いまだにうずくまって震えている須奧さんの肩に僕は手を添えようとする。だが、その行為は須奧さん自身の声によって寸断される。


「だ、だめ……」

「え?」

「だめっ、暮樫くれがし君ッ!」


 須奧さんが僕を撥ねのけるのと、僕の背後で机と椅子が倒れる音が聞こえたのはほぼ同じだった。

 振り返ると、複数個の机が何か強い力で圧されたようにひしゃげて転がっていた。



                  *



「いいぞいいぞ。畏怖、恐怖、戦慄、不安、狼狽、悲嘆、失意、諦念、絶望……負の感情によって霊の力が増強される――――という設定が上手くきている!」


 クラスメイトたちの悲鳴が埋め尽くす中で、洞ノ木君は得意顔であった。

 悲鳴に交じって時折、「暮樫、何とかしてくれ!」だとか「暮樫君、助けて!」だとかいう僕を呼ぶものがあるのが聞き取れたのだが、それらの声に気づいたふうの洞ノ木君は「チッ」と僅かに舌打ちし、


「……暮樫、君がどうしてそこまで大勢に人気を得ているのかは、あまり興味はないが――一部の生得者が〝力〟を占有する時代もいずれ終わりを告げる」


 それは、先ほどまでとは打って変わったトゲのある声色であった。


「実際、霊界がどこにつながっているのかなんて根本はよく分からないんだ。ただ交霊技術をこうしてシステム化することで、よりコンスタントに実験を繰り返すことが可能となる。この学校はその試験場だ。この教室からすべてが始まる――!!」


 洞ノ木君は拳を振って宣言した。



                  *



 その間にも、周囲の混乱はなお続き、机と椅子はほとんどがなぎ倒され、心なしか教室全体に揺れを感じ、またどこからかジジジッと何かの計器が作動するが如き機械音がしていた――――。

 何が起こっているのかは分からないが、何かとんでもない状況に巻き込まれてしまっていることは否応なく看取された。


 言鳥ことりはといえば、僕の腕に縋りつきながらも「兄さんは私が守らなきゃ……」などとこの期に及んで、まだ身体を張る気概を失ってはいないようであった。

 その負けん気の強さはどこに由来するのだろうか。

 僕はまったく途方に暮れていた。



                  *



 そのときだった。


「――この瞬間を待っていたぜ」


 不敵な台詞とともに、クラスメイトの群衆からゆらりと抜け出る者があった。

 学ランの男子生徒だ。その背丈は高いとも、また低いともなく、容姿全体をとっても具体的に何にも譬え難い。


「よォ、或人」

「ふ、布津ふつ……?」

「布津先輩……?」


 困惑する僕たち兄妹の前に泰然と現れたのは――、

 我が無二の友人、布津智久ともひさであった。



                  *














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