4.
「ちょ、ちょっと通して!」
迂闊には身動きが取れないほどに凝集するクラスメイトたち。その間を縫って、僕は机で構成された円の中に分け入る。他のクラスメイトは誰も僕や
何度かよろけそうになりながらも、どうにかして言鳥のもとへと駆け寄る。
「言鳥、言鳥!」
僕が肩を揺すって声をかけると、言鳥はうっすらと
*
「……にい、さん?」
「言鳥……! ああよかった! 大丈夫かい!?」
「兄さん……」
言鳥は首だけを動かして応じる。
「何があったか分からないけど……身体は平気かい? どこか痛くはない?」
「ああ……、私、あのあとまた力尽きて……」
僕の呼びかけをよそに、言鳥はぼんやりとした瞳で僕を見つめている。その目には安堵の色が窺えたが、僕が微笑み返すと即座に顔を逸らされてしまった。
「大丈夫? 立てる?」
「べ、べつに兄さんの力を借りなくても、これくらい私一人で……」
「そうは言ってもさ」
「いいから……っ!」
言鳥は僕の手を振り払い立ち上がろうとする。しかし、足に力が入らないのか、少し身を捩らせただけですぐにすんと椅子に腰を落としてしまっていた。
*
「――ああ、今はあまり無理をしないほうがいい」
「ど、洞ノ木君、これはどういうことなんだい? 言鳥は大丈夫なの?」
「それは心配無用だよ、
洞ノ木君は穏やかに、諭すような口振りで言う。
「特に大きな怪我を負ったわけでも、病気に冒されているわけでもない。
「ほ、本当?」
「ああ、俺が保証しよう」
「私も! 私も保証するよ!」
と、
まあ、他人に何を言われようとも、言鳥がつらそうにしている以上は何も安心はできないのではあるが……それでも、事情を知っているらしい誰かに助言を貰えるだけで、多少は対処の判断材料にはなろうというものだ。
*
「しばらく安静にしていれば、体力も回復することだろうさ。ただ――」
そこで言葉を切った洞ノ木君はふっと目を細め、言鳥の膝の上へ視線を落とす。
黒い制服のスカート。その視線の先には、あの箱型のカメラがあった。
「その機械は我がシステム社の特別製でね。カメラのガワをしてはいるが、実はカメラとして使えるかどうかはさほど重要じゃないんだ」
カメラのような形態をした機械に、カメラ以外のどのような用途があるというのだろうか。怪訝に思った僕は、言鳥の膝からカメラを除けようとしたが、
「だ、だめ……っ」
言鳥がそれを拒絶するようにカメラを腕の中に抱え込んでしまう。一瞬、指先に触れたカメラの表面は先程よりもいっそうに熱を発しているように感じられた。
*
「その機械はさ、使えば使うほどに使用者や周囲の霊力を吸収する機能があってね」
背後から洞ノ木君のよく通る声が響く。
「それ、だいぶ熱くなっているだろう? この三日ばかり、霊的磁場の強い場所での連続使用を繰り返しているから――中のエンジンはそうとうにフル回転していることだろうさ」
「くっ、何を他人事みたいに。全部、あなたたちが仕組んだことじゃない……!」
淡々と語り続ける洞ノ木君を、言鳥が強く睨み上げる。
*
「君の疲労だってそうさ。その機械は今も粛々と君の霊的エネルギーを吸収し続けているはずだ」
洞ノ木君と言鳥が円の中心で対峙する。
何か目の前で会話の鍔迫り合いが展開されているような気もするが、何が二人をそこまで対立させているのだろうか。
「自分の力が吸い取られていく感覚とは如何様なものか……、是非レポートの提供をお願いしたいが……」
「誰がそんなことに協力するものですか」
「おや、君はすべて承知の上で心霊スポット巡りに参加してくれていたものと思っていたが、違ったろうか」
「……それじゃあ、あの心霊スポットマップも」
「そうだな。あれは、今回の実験に際して、脅威となり得る暮樫家の力を少しでも削ぐことが出来るかと思っての、いわば予備トラップのようなものだったのだが――」
「やっぱり、罠だったのね……」
「なに、君たち兄妹が自分から突っ込んでいってくれるものだからさ、こちらとしても実に手間が省けた。さすがの無双っぷり、感服したよ」
洞ノ木君は至極満足といったふうに両腕を広げた。
「ここまで上手くいくとは、俺も思ってはいなかった。それに――」
言いかけて、洞ノ木君は脇に立つ
「順調に霊的エネルギーの高い場所を巡ってくれたおかげで、須奧の憑霊能力も大いに刺激を得たようだ」
言及された須奧さんは「わ、わたしはただ、
*
「順調に刺激を得すぎて、途中に些か暴走しかけたようだが……、まあ、誤差の範囲内だろう――しかし分からないのは君だな、暮樫」
と、洞ノ木君は一転して僕に話を向けた。
「僕が?」
「須奧も、君の妹も、漏れなく霊的エネルギーの影響を受けているというのに――、君だけが何の変化も認められない」
変化。変化とは何か。
僕は数日一貫して写真を撮って回っていただけである。
「ふっ、あくまでをシラを切るか……。そうだな、あの
仕切りに頷き、ひとり納得する洞ノ木君。僕は何も分かってはいないのだが。
そんなことよりも、今は妹を安全な場所で休ませてやりたいという気持ちが勝り、その他の状況はほとんど理解できてはいなかった。
*
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