3.



須奧すおうさん……? い、いったいどうして……」


 僕の呼びかけにしかし、須奧さんは反応を示すことはなかった。ただ暗闇の中でスクリーンの反射光に照らされ、もじもじと顔をうつむかせている。


「みなさん、いいですかー? じゃあ、次は真ん中に円を作りますよー!」


 烏目からすめさんは引き続きクラスメイトたちを誘導しているようだった。彼女のうたうような声に従い、生徒たちはガタガタと席から立ち上がる。


 そうしておのおのの机を並べ替える作業が始まり、程なくして、部屋の中心には机に丸く囲まれた空白地帯が出来上がった。

 どことなくミステリーサークルを思わせるその円の中心には、ぽつんと椅子がひとつ置かれており、そこに座っていたのは――、



                  *



「えっ、こ、言鳥ことり……っ!?」


 そこには、妹の言鳥がいた。言鳥は酷く疲弊した様子でぐったりと椅子にもたれれている。目を閉じているために、意識の有無は不明だが、息が上がっているのかわずかに肩が上下している。そしてその膝の上には、例の心霊写真撮影カメラが抱えられているのが確認された。



                  *



「さて――、準備は整ったようだね」


 洞ノ木どうのき悠星ゆうせいが精巧に拵えたような笑みを湛えて、円の中に立つ。


「――


 彼は、物々しく宣言した。

 途端、スクリーンに【 交霊会 】の黒文字が大きく映し出される。


「それでは最初に、我々が信奉するところの心霊主義について簡単におさらいしておこうか」


 洞ノ木君が指を打ち鳴らすと、またパッと画面が変わる。円を取り囲むクラスメイトたちが、一斉に無感情な視線をスクリーンへと向けた。

 ……これは、この手順のために用意された動きなのだろうか。そして今更だが、このスクリーンの表示は如何様な仕組みになっているのか。


 僕が状況に着いていけないでいるうちにも、画面には小難しい文字列がずらずらと流れ出す。そのさまはあたかも、映画のエンドロールを彷彿とさせるものであった。



                  *



 ――……私の見解からいへば、神の本質は一大潜在意識であります、然し小なる我々の潜在意識の本質すら、判明せないのでありますから、其源泉たる大潜在意識(神)の本質を判明す得べき筈はないと思ひます……――


 ――――……潜在意識の活動は、種々なる場合に発現いたしますが、今日の処、其完全なる状態を試験するには、催眠に入れる場合を、尤も著きものとせらるゝのであります――…………

             高橋卯三郎  精神治療法 附信仰問題と潜在意識



 ――――宇宙社会と同一体にして太霊と融合して亦至上体たる我!我は是れ個性の我にあらずして宇宙と冥合して一面「宇宙我」を形成し、――社会と契合して一面「社会我」を形成し、――――両面の我を全合してば即ち太霊と融合して茲に「全我格」を大成せる我たるなり……――――

                        田中守平  太霊道の本義



 ――……吾等の意識は、精神の奥底に横る菩提心の働きによりて限り無く伸びて宇宙霊と一致しやうと求めて居ります。……――


                       福来友吉  生命主義の信仰



 ――交霊祈禱を行ひて交霊者が無意識状態になつた時には宇宙の絶対意志と如同するのである。……――吾々が受胎の時より宇宙意志は吾々の血の中に流れて居るのである。源素の化学的親和力と同じく、之の背後には宇宙意志が動いて居る。――――


                      西村天籟  交霊祈祷術極秘皆伝



                  *



 どれも末尾に出典らしき記載があるのを見るに、何かの書物からの引用だろうか。

 いつか見たかもしれない話に似た類の文言が、次から次へと画面に現れては消えていく。予備知識なしには、とても瞬時に呑み込めるような情報量とは思えない。


 しかし他のクラスメイトたちはみな食い入るように画面を凝視しており、それがまた僕に集団からの疎外感を倍加させた。



                  *




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